公爵令嬢の愛馬〜剛腕ケンタウロス娘の騎士道物語〜   作:ケモ耳はヒト耳を置き換える形が好き太郎

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第1の乗り手、女騎士コンスタンス⑤

 

 戦争の季節は慌ただしく過ぎてゆく。

 夏へ入る頃になると、帝国の攻撃も本格化。

 疲弊する兵士も多くなり……精神的に追い詰められ、捌け口を求め始める。

 戦場にて生き死にの中に居るというのに、暴力的な衝動を持て余して、それを他者へぶつけるのだ。

 

「そぉいや!」

 

 晴天の中、ローリーの裂帛が響く。

 野営地の中、平民らが集まる区画にて、人集りの中央に彼女は居た。

 簡素な木のテーブルの上に、対面に立つ相手の腕を叩き付ける競技……ローリーは腕相撲をしていた。

 

「すげぇ! 何連勝中だよ!?」

 

「14だ! めっちゃつええ!」

 

「ふふん。自分はまだやれるでありますよ?」

 

 テーブルの前に伏せたローリーは居丈高。

 とはいえ見た目は少女なのだから、そう威圧出来るものでもないのだが。

 そんな見た目なので、ローリーが腕相撲に参加した時は誰もがナメていた。

 それが軽々と大の大人を打ちまかし、ふざけていると思った次を打ち負かし、半信半疑の3人を打ち負かし、確信した力自慢を打ち負かし、そして次々と挑戦者を打ち負かす。

 こうなればもうローリーの剛力は疑いようもなく、テーブルの上に腕が叩き付けられる度に歓声が上がる大盛り上がり。

 

「おい! 力強いやつ探してこいよ!」

 

「これ以上がいるか!?」

 

 この野営地で、平民らは娯楽に飢えている。

 食事は味気なく、会話を楽しむにしても、側に居るのは自分と同じように気分の落ち込んだ陰鬱な男達。

 それに対してローリーはどうか。

 明るく、ケンタウロスという物珍しい種族で、そして腕相撲が強い。

 こんなに面白いものがあるかと、率先してその一部として負けにいっている。

 

「ほらほら、負けたんなら払いな!」

 

「ほらよ、乾パンだ」

 

「やったー! これだけあれば、ちょっとはお腹が満たされるであります!」

 

「あっ、おい待てこれ硬えから──」

 

 ローリーは腕相撲の勝ちで得た、保存食の乾パンを一気に頬張る。

 保存を優先したそれは、槌で叩いて砕くような代物。

 調理によって食べやすくする前提の、とにかく硬いそのまま食べるような物ではないのだが……ローリーの口から、激しい破砕音が響く。

 

「うお……そのまま食うのかよ……」

 

「木が倒れるとき、こんな音するよな」

 

「これおいひいであひまふね!」

 

 このようにローリーは形はどうあれ、平民からは好かれていた。

 力自慢の変な奴、として。

 であれば他はどうか?

 ローリーを取り囲む人垣の向こうから、なにや性質の違う騒がしさが聞こえて来た。

 

「何を騒いでおるか!」

 

「うおっなんだ押すんじゃねぇ……って騎士様でしたか、へへ。失礼しやした」

 

 体格の良い騎士が、肩で風を切って群衆をこじ開ける。

 平民達を押し除けて、従者を連れて現れた彼はローリーらが何をしているか気付くと、鼻で笑って嘲笑う。

 

「腕相撲か。貴様らの貧相な身体で、そうも盛り上がるものがあるか。騒ぐでない」

 

「いやぁ、実はこのケンタウロスのローリーが、大層力が強くてですね」

 

「ほう。そうなのか、ケンタウロス」

 

「自分にはローリーという名前があるのでありますが」

 

 と、名前を呼ばれない事に不満を持ったローリーが苦言を呈すると……顔を赤くした従者が前へ出て、甲高い声でローリーを咎める。

 

「貴様! ソーンウェル卿に無礼だぞ!」

 

「ソーンウェルと言うのでありますか。自分はローリーです」

 

「貴様ァ!」

 

「よい。度胸には感心するが、所詮は獣の吠え声よ」

 

「自分はいつか騎士になるケンタウロス。度胸を持っているのは当然でありますよ!」

 

 胸を張って恥ずかしげもなく野望を口にするローリーが、騎士からはどのように見られているのかといえば……当然、看過できないもの。

 

「ふん。噂には聞いておったが、騎士になるなどと嘯いているのは本当だったか。ケンタウロスの女が騎士だと? ならば少しばかり、身の程というものを教えてやる必要があるだろうな」

 

 ローリーの前に立ち、テーブルに肘を立てた騎士。

 金属鎧ではない、そこまで体格が隠れない布鎧姿だ。

 にも関わらず、明らかに大きかった。

 ここまででローリーが負かしてきた力自慢とは違う。

 平民と騎士という、栄養状態から違う存在。

 そもそも戦う事を生業とする、その為の機能を備えた肉体。

 そんな存在に、挑まれた。

 

「自分が勝っても、文句は言わないでありますね?」

 

「当然。我輩はあのコンスタンス卿のような半端者ではない、真の騎士であるぞ」

 

 ローリーはこの連勝で気が大きくなっている。

 元より調子に乗りやすい質ではあるが、分かりやすく喝采を浴びて闘志に火が着いてしまった。

 断る選択など微塵も浮かばず、騎士の手を掴んで肘を立てる。

 まさか騎士が参加するとは思わず、審判のような事をしていた平民は呆気に取られながらも、勝負を盛り上げる為の確認を行う。

 

「それで……何か賭けますかい?」

 

「いいや。我輩が勝ったとて、このケンタウロスに要求をするのは酷であろう。これは互いのプライドを賭けた勝負である」

 

「これで騎士に勝てたら、自分の力が証明されるでありますね」

 

「勝てれば、であろう。騎士と平民には隔絶した差が存在する事を教えてやろう」

 

 両者、組んだ腕を間に睨み合う。

 審判が2人の拳の上に手を置いて、この手を上げた時が勝負の開始。

 

「……始め!」

 

 審判の手が振り上げられたと同時に、強い圧力が掛かってテーブルが軋んだ。

 ローリーも騎士も全力で、腕には筋が浮き出る。

 そしてその競り合いは……拮抗。

 

「ほぉ、中々やる……!」

 

「そっちこそ、中々やるでありますよ!」

 

 ローリーを相手にここまで競る者の存在に、観客は湧く。

 そして同時に、従者は驚愕。

 

「ソーンウェル卿を相手に拮抗するだと!? 騎士相手に負けなしの剛腕が!?」

 

「これで負けなしなら、騎士も案外ひ弱なのでありますね……!」

 

「それは聞き捨てならんな……大人げないが、本気を出して騎士の名誉を守らねばな……っ!」

 

 ローリーの腕が、徐々に手の甲側へ傾く。

 どれだけ抗っても押し込まれるスピードが変わらないのでローリーは、焦りよりも膂力で自分をこう上回る相手の存在に対する困惑が強く出た。

 

「う、わ! ちょっ……強い!?」

 

「すげぇ! 誰も敵わなかった嬢ちゃん相手にこんなのありかよ!?」

 

「当然であろう! ソーンウェル卿は数多の一騎打ちを制した猛者! レスリングの腕で敵う相手などいない!」

 

 そしてローリーの手の甲はテーブルに触れ、歓声が上がる。

 最後は殆ど勝負にならず、この歓声はローリーにとって生まれて初めての敗北を告げるもの。

 

「ハァー! これが騎士の剛腕よ!」

 

「騎士ってすげぇんだなぁ……」

 

「田舎に帰ったら自慢するぜ、コレ見たの」

 

「負けた……これじゃ」

 

 屈辱を感じる為のプライドも無いローリーにとって、この敗北は騎士になれるかどうかの裁定に近い。

 勝たなければ、活躍しなければ、そんなプレッシャーを自分に掛け続けていたローリーは項垂れ、テーブルの上の手のひらを見つめていたのだが。

 その下向きの視界に、大きな手のひらが差し込まれた。

 

「素晴らしい剛腕だった。我輩には敵わなかっただけでな」

 

「ほんと、敵わなかったですけどね」

 

「その落ち込みよう、負けたのは初めてであろう」

 

「そうですけど……」

 

「ならば良い負けをしたな。我輩に負けたとて、笑う者はおるまい。このソーンウェルに負けるとは、ごく自然な事だからな! ワハハ!」

 

 負けをこうも強調されては、ローリーも面白くない。

 面白くはないが、負けである事は確かなので返す言葉もなく、ただ唇を噛む。

 

「まさか負けるとは思わなかったのであります。自分は人より力が強いんだって思ったのに……」

 

「いやいや、常人を凌ぐ素晴らしい剛腕であったとも。辺境伯閣下の馬でなければ、我輩の従者にしたかったものだが……」

 

「自分は従者じゃなくて騎士になりたいのであります!」

 

「従騎士にするのはなぁ……平民が騎士になる例はあれども、人間以外の騎士とは例のない珍妙な話よな」

 

「やっぱりそうなのでありますか……もっと力が強くなれば騎士になれるかと思ったのに。次はどうしたものか考えなければ」

 

 かくして、ローリーは初めての敗北というものを経験した。

 己よりも力の強い存在に負けて現実を知り、少しずつ無邪気に夢を語れなくなる。

 とはいえその現実とはローリーの主観。

 成長途中かつ、物足りない食事量で発揮する膂力で騎士に競る事の意味を、ローリーは知らない。

 ローリーは初陣を経て、その後何度かの突撃を経験したものの、まだ知らない事が多いのだ。

 

 例えば人間関係というものを、よく知らない。

 この辺境伯領に来てから、まともな関係を築いた相手は騎士コンスタンス程度。

 その関係性というのも、互いの立場や役割によって受動的に生じたもの。

 ローリーはコンスタンスによく話し掛けるが、それはコンスタンス以外に話す相手がいないから。

 コンスタンスがその相手をしているのは、ローリーが辺境伯家への負担にならないよう、公爵家の瑕疵にならないよう、気を遣っているからだ。

 

「コンスタンス様! 聞いてください! 自分、ソーンウェルという騎士と腕相撲をしたのでありますよ! そうしたら、常人を凌ぐ剛腕なんて言われまして!」

 

「ああ、そうか」

 

 コンスタンスにとってローリーとは?

 公爵から辺境伯への贈り物。

 珍しいケンタウロス。

 あとは……

 

「あとは技を磨いて、勉強もすれば騎士になる日も近いでありますね!」

 

 身の程知らずにも、騎士になろうと喚く存在。

 物を知らないローリーは、無邪気にも夢を語る。

 それがどうにもコンスタンスの癪に障るのだ。

 

「なれる訳がないだろう」

 

「でも力はソーンウェル様にいい感じに──」

 

 余裕があれば、物を知らないガキの囀り。受け流す事だって出来る。

 だが今は戦争をしていて、そのほか大勢の騎士の視線に晒されている時期。

 常に騎士としての理想像を自身に課して、強いプレッシャーとストレスに曝される。

 溜まった鬱憤が、このきっかけで噴き上がる事だってある。

 

「たかだか暴力が上手いだけで騎士になれるとでも!? どれだけ取り繕っても貴様が獣である事に変わりはない!」

 

 突発的な激憤は、ローリーに発言を許さず滝のような言葉を……コンスタンスの個人的な鬱憤を浴びせ掛ける。

 

「そいつも貴様を珍妙な見せ物程度にしか思ってないんだよ! 騎士になれるだと!? 勘違いして思い上がるな!」

 

「なっ……そんなの、コンスタンス様が決められるものじゃないのであります!」

 

「そうだ、そしてお前が決められるものでもない! 騎士はそんなに安いものじゃないんだよ! 大声で言った程度で容易く騎士になれたら、騎士の格が落ちる!」

 

 コンスタンスは歯を食いしばり、息を整えようとして、それでも抑えらずに吐き捨てた。

 

「誰が認めてもボクが認めない! 従者で満足していろよ、お前は!」

 




この話は後々、書き直すかもしれないです
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