公爵令嬢の愛馬〜剛腕ケンタウロス娘の騎士道物語〜   作:相竹空区

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第1の乗り手、女騎士コンスタンス⑧

 

 ローリーがコンスタンスを窮地から救い出して数日。

 幸いな事にローリーが大きな罰を受ける事もなく、代わりに沢山叱られて罰の掃除や荷物運びを言いつけられた今日この頃。

 文句を言いながらも渋々罰を受け、額に浮かぶ汗を拭ってひと息。

 

「はぁ……なんで掃除ってこんなに面倒くさいのでありますか……」

 

 言いつけられた場所を巡って、大きな体躯を窮屈に縮めて掃除をするばかりの1日に飽き飽きしていると……刺々しい声が届く。

 

「おい貴様、サボっていないだろうな」

 

「コンスタンス様? もう歩き回って大丈夫なのでありますか?」

 

 松葉杖を突いて、折れた右腕を固定したコンスタンスは痛々しい姿ではあるものの、いつも通りの機嫌の悪そうな顔で立っていた。

 肩に鞍、手には釣具を抱えて怪我人にしては大荷物。

 亜麻色の髪はいつもよりも少しボサボサで、片手で不便な生活を送っている事がよく分かる。

 

「1日中陽の当たらない場所で寝ていろとでも言うつもりか? キノコじゃないんだぞ、そんな生活をしていたら気が滅入る……」

 

「まあ、大丈夫ならいいですけど……何しに来たんです? 自分を馬鹿にしに来たのでありますか」

 

「貴様も雑用ばかりで気が滅入っている事だろう、気分転換だ。少し付き合え」

 

 担いだ鞍を弾ませて、顎で指し示すコンスタンスに対してローリーは訝しげ。

 

「またコンスタンス様を乗せるのでありますか……」

 

「もう既に一度乗せたんだ。変わらんだろう。それともあれか、怪我人に歩かせるつもりか?」

 

「うぅん……そう言われると……」

 

 などと当てこするような言い方をすれば、ローリーは苦虫を噛み締めたような表情をして、馬体をコンスタンスに向けるしかない。

 それを見てコンスタンスは鼻で笑って勝ち誇るものだから、ローリーは尻尾を振り回して不満を露わに。

 

「ふん、無駄な抵抗だったな」

 

「そんな事言うから嫌なんですー」

 

「鞍は着けてやるから、コレは持っていろ」

 

 と言って釣具を押し付け、コンスタンスは片手で苦戦しながらローリーに鞍を着ける。

 そのぎごちない手付きにローリーはハラハラしっぱなしだったのだが、手を出そうとすると叩かれるので非常に心許ない。

 とはいえコンスタンスは騎士、鞍を着ける事自体は慣れたもの。

 時間は掛かれども鞍を着け、ローリーの背に乗れば拍車を掛けて早速出発の合図をした。

 

「よし、行くぞ」

 

「何処にでありますか?」

 

「釣具を持ってきたんだぞ、釣りに決まっているだろう。釣りの経験は? 無いか、ある訳ないな。やるぞ」

 

「なんなんでありますか……」

 

 コンスタンスに指示されるまま、ローリーは歩く。

 周囲は草原、花や木々が見える程度の特段何もない道。

 前回コンスタンスを乗せた時はほとんど勢い任せであったので、今回は傷を気遣って緩やかなペースで。

 

「……何故騎士なんだ?」

 

「何の話でありますか?」

 

「何故貴様は騎士になりたい?」

 

「約束したからであります。いつか騎士になって、ラシェル様をお迎えすると」

 

「騎士である必要があるのか、それは」

 

 野営地から川へ向かう道では、同じように川へ用事がある者、あった者とすれ違う。

 その度にケンタウロスとそれに乗る女騎士という、奇妙な存在にギョッとする視線を向けられる。

 が、ローリーもコンスタンスもあまり気にしていなかった。

 共に死線を潜り抜けた仲であるからだろうか、十分に認め合う互いの存在だけで胸を張る事が出来たのだ。

 

「辺境伯閣下にも同じ事を言われたのであります。騎士である理由だとか、覚悟だとかが要るって」

 

「その通りだな。騎士道とは生半可な覚悟で歩める道ではない。強く己を律し、美徳を実践しなくては暴力ばかりの野蛮人が出来上がるだけだ」

 

「自分は向いてないって話でありますか」

 

「今の貴様は野蛮人に近いと言っている。確かにその剛腕には目を見張るものがある……が、それ故に未熟な精神が暴力に溺れる様も容易に想像出来るのだ」

 

 コンスタンスの物言いは穏やかで、今までは含まれていた非難や否定などの角が取られたもの。

 ローリーはそれを感じ取ってか、ムキになっての反論が口をつく事はなく、返答は実に素朴なもの。

 

「自分は騎士ってカッコいいって思います。それだけじゃダメでありますか?」

 

「……ボクもそうだ。最初はそうだった」

 

「へぇー! コンスタンス様も騎士をカッコいいって思うのでありますね! もっと堅苦しい感じかと思っていました」

 

「驚く程の事か? ボクにだって子供の時分では騎士ごっこをして遊んでいた」

 

「えぇ? 意外でありますねぇ」

 

 コツコツと、小気味の良い蹄音が響く中で2人の会話は和やかだ。

 反目し合う事もなく、心地の良い陽気に包まれ言い難い事も話しやすい。

 

「知っているだろう、ボクの父……貴様の師でもある【鉄拳】アドレイを」

 

「先生からは色々教えてもらったのであります! 走ると楽しいとか、槍の使い方とか」

 

「貴様の酷い槍捌きを見ていると、あの老人も耄碌したのかと疑ってしまう……」

 

 太陽はおおよそ頭上に位置する昼頃。

 照り付けるという程は激しくなく、心から負の感情が取り除かれるような暖かさ。

 強張った筋肉、感情をほぐすにはうってつけだった。

 

「ボクは親父殿が歳を食ってから産まれた子供でな、歳の離れた兄姉に比べると随分と可愛がられた」

 

「えー? コンスタンス様の可愛いところ、想像出来ないでありますね」

 

「貴様がボクの事をどう思っているかは知らんが、可愛がられてたんだ。都にも連れて行ってもらってな、そこで騎士達の競技大会を観たがあれは壮観だった……騎士達が磨き上げた技を披露して、ただ純粋に名誉の為に戦うんだ」

 

 コンスタンスの口振りも、表情も、子供の頃の純粋な憧れを映したもの。

 なんと不安も負い目もなく、ただ目を輝かせていた頃の話だ。

 

「そこにそれはもう強く、誰も歯が立たない騎士が居てな。その騎士を夢中になって見ていたら、彼は近付いて来て親父殿に敬意を表していた。驚きだったよ。まだボクも幼く、父親は父親でしかなかったからな。まさか親父殿がこんな凄い人に敬意を払われるような存在だとは思いもしなかった」

 

「それで、その騎士ってどなたなんですか?」

 

 強い騎士、という物語の続きをせがむようなローリーもまた、ラシェルから騎士道物語を読み聞かせて貰っていた頃の憧れへの回帰をしていた。

 生まれが違う、育ちが違う、種族が違う。それでも同じものへの憧れを持つ2人は、案外と話せば分かる仲だったのかもしれない。

 

「辺境伯閣下だ。顔を隠した謎の騎士だとかって触れ込みだったか。親父殿は騎士としての歴が長い、辺境伯閣下とも既知で……まあ、ボクはその時から【鉄拳】アドレイの子だったんだな」

 

「産まれた時からコンスタンス様は先生の子供では?」

 

「お前にとっては先生(・・)で、ボクにとっては父親だ。だがそれ以外の多くの人にとっては偉大な騎士。ボクを見る時、必ずその向こうに【鉄拳】アドレイを見る」

 

「うーん? コンスタンス様はコンスタンス様じゃないですか?」

 

「貴様のその単純な所は愛らしいよ、犬のようでな……ああ、そうか。貴様は言わないんだな」

 

 ひとりで納得した様子のコンスタンスに、ローリーは怪訝な顔で振り返る。

 珍しい事に見上げる形のコンスタンスは、怪我こそしているものの視線の高さで分かりやすい上位者だ。

 ローリーの知らない知識を有する年長者、社会的立場もそう。

 まだ単純な理解で世界を見るローリーにとっては……この見下ろされながら自分では理解出来ない事を話される状況でようやく、コンスタンスへの尊敬の念も生まれ始めるのだった。

 

「何の話でありますか? コンスタンス様はたまに、何を言っているのか分からないのであります」

 

「前を見ろ馬鹿者が! 親父殿の名前を出さんだろう貴様は。比べてどうだとか……いや、一度言っていたな。拍子抜けしたが」

 

「言いましたっけ? 比べるようなとこありますかねぇ……先生ってそんなに凄かったのでありますか? いやぁ、自分はただのお爺ちゃんなのかと……もっと早く知っていたら、コンスタンス様と比べていたかもしれないです」

 

「貴様のその飾らない点は……ううむ、ある種の美徳ではあるが」

 

 周囲から微かに水音が聞こえ始める。

 川へ向かう小径を進み、徐々に大きくなるせせらぎに導かれれば煌めく水面が顔を出す。

 

「この辺りの釣りは、ある程度の自由が辺境伯閣下によって許されているんだ。戦場で士気を保つ施策だな」

 

「へー。よく分からないですけど、辺境伯閣下が凄いのは分かるのであります。自分にも応援の言葉をくださったんですから!」

 

「閣下はな……悪戯心があるというか、下々の兵にも気軽に声を掛けるんだ。確か以前、ここで兵士に混ざって釣りをしていたとか」

 

「暇なんですかね?」

 

「そんな筈はないのだがな……」

 

 コンスタンスに導かれるまま歩いて……やがて辿り着いた川のほとりで歩みを止める。

 コンスタンスは下馬して深呼吸をひとつ。

 

「──ふぅ、清涼な空気はこれだけで川に来たかいがあるというものだ。後の釣果は天に任せるしかない。魚は食べた事、あるか」

 

「ないです。美味しいのでありますか?」

 

「ボクは好きだ。嫌いな物もそうないが」

 

 ローリーから釣具を受け取り、適当な石を蹴飛ばして裏返す。

 それを幾らか繰り返した後、石の裏に隠れていた虫を摘み上げて針につけ、竿を振る。

 

「まあ、これで釣れるだろう」

 

「思ったよりも簡単なのでありますね。自分でも出来そう」

 

「ふん、貴様のような堪え性のない奴には無理だな。貴様は乾いた枝を拾ってこい」

 

「自分の分の、その棒を作るのでありますか?」

 

「は? 薪木にする物だ。貴様に魚を食わせてやろう」

 

「ご飯でありますか!? ちょうどお腹が空いていたところでありますよ!」

 

「ならばさっさと枝を拾ってこい」

 

 ローリーは枝を探しに走り出し、コンスタンスは糸を垂らす。

 ローリーは目の前に食事を吊り下げられてウキウキ。

 慣れないながらも枝を拾い集めて川へと戻る。

 骨格的な問題もある、相応に時間が掛かった筈なのだが……ローリーが枝を集め終わった時点で、コンスタンスの釣果はゼロ。

 

「あれ? まだ何もないのでありますか」

 

「釣りをした事のない者は黙っていろ」

 

 と、取り付くしまもなく。

 無言と定期的な針へ餌を付ける往復が繰り返されて、その度に「まだでありますか」と尋ねて「まだだ」か「うるさいな……!」が返ってくる。

 太陽も徐々に落ち始め、このまま何も起きないのかとローリーがそこらの草を喰み始めた頃……ようやくコンスタンスが釣り上げた。

 

「よおっっっっし! 釣ったぞ! 見たかローリー! このボクが釣り上げた魚だ! 焼くぞ! 貴様に食わせてやろう!」

 

「あー、はい。なんでコンスタンス様がこんなに頑張ってるのか、もう全然分からないのでありますが……」

 

 焚火を準備し、魚の下処理をして……コンスタンスはやたらと張り切るものの、ローリーはすっかり飽きていたので無心で時間が過ぎるのを待つばかり。

 火を見て、意気込み過ぎて肩に力が入ったコンスタンスを見て、徐々に火が通ってゆく魚を見る。

 

「そろそろだな」

 

「やっと帰るのでありますか!」

 

「いや、魚が焼けた。もういいだろう、食え」

 

「えぇ……もう仕方ないでありますね」

 

 枝を串にした魚の丸焼き。

 ローリーは生まれて初めて見るものだ。食べた経験もない。

 受け取ったそれをまじまじと眺めて、頭から齧り付く。

 

「おい! 頭……まあ食えるのか、貴様は」

 

「うーん……」

 

「どうだ? 初めて食べた魚は」

 

「……味がいっぱい?」

 

「生麦に比べればそうだろうな。貴族や騎士は、貴様が食べるような物は食べないんだよ」

 

「ほへ……コンスタンス様もでありまふか」

 

「口に物を入れたまま喋るな……まったく、貴様は己の事しか知らんのだ。大抵の場合、その魚ですらもう少し凝った調理をする。少なくとも頭から齧り付いたりはしない」

 

「美味しいのに……コンスタンス様も食べましょうよ」

 

「食べるが貴様のように頭を食べたりはしない。普通はな」

 

 コンスタンスは念押しして腹を数口食べ、あとはローリーにくれてやる。

 大変な苦労と時間を掛けて得た、ただひとつの釣果の大半はローリーの巨大な胃袋の中へ。

 

「まあ、美味しかったです。でも自分は麦の方が好きでありますね」

 

「なんだそれは。骨折した腕で苦労して釣り上げたというのに……騎士らしく施しでもしてやろうと思ったのだが、どうにも上手くはいかんな」

 

「騎士っぽい事したかったから、こんな面倒くさい事してたのでありますか……? 必要でした? コレ」

 

「ボクには必要だったんだよ! ……貴様の正直さに報いる為に、ボクも正直になろう」

 

 コンスタンスは深く息を吸う。

 意を決して、腹を据えて、言い難い事を言おうとしている。

 コンスタンスはプライドが高い。

 それにより他者と衝突する事も珍しくない程度には、プライドが高い。

 それでも……

 

「ローリー、正直に言えば貴様の騎士になるという願望には腹が立つ。理由は貴様が言った通り、ボクの努力を飛び越えられているようで己が小さく感じるからだ」

 

「あっ、やっぱりそうだったんだ」

 

「そうだ、実に腹が立つ。腹が立ちはするものの、もしそれで貴様が騎士へ向けて成長する事に嫉妬をしようとも……ボクがそれにどうこうと言うのは、人間として不出来だ」

 

 コンスタンスは自分を客観視して、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 実のところコンスタンスは常にそのような顔をして、そのよう思いをしているようなものだ。

 自分自身の不出来な部分を常に痛感し、それが改められない事に強い憤りと焦燥を感じて、それらを他者との衝突の原動力にする。

 結局のところ、コンスタンスの敵とは自分自身だった。

 

「だからボクは清廉たる騎士として、騎士道精神に準じた振る舞いをしよう」

 

「つまり自分が騎士を目指すの、応援してくれるって事でありますか?」

 

「……そうは言っていない」

 

「えぇっ!? 絶対その流れでしたよ!」

 

「都合の良いように言うな。ボクはただ……」

 

「ただ?」

 

「貴様の無遠慮な振る舞いに腹を立てる以外で、ボクの個人的な感情により怒る事──これは品がない。騎士道に反する。騎士ならば格好をつけなくてはな」

 

 コンスタンスはすっくと立ち上がる。

 格好つけた立ち上がり方だったが、傷に響いたようで表情を歪めており些か格好がつかない。

 

「さて、帰るぞ。さっさと準備だ」

 

「もー、まだ帰らないとか帰るとかコンスタンスはわがまま!」

 

「コンスタンス()だ」

 

「はい?」

 

「貴様の呼び方だ。騎士に対しては卿を付けて呼べ。そちらの方が格好が付くだろう?」

 

ローリーの脳裏に、ここまでコンスタンスと交わした言葉がよぎる。

 ものが分からないなりに、それらの言葉と今日の言葉や行動が結び付いて……

 

「……あぁ! コンスタンス様、色々教えてくれてるのでありますか! あんな事言ってるけど、自分に騎士っぽい事教えてくれてるんだ!」

 

「コンスタンス卿だと言ったばかりだろう馬鹿者が!」

 

 火の始末をするコンスタンスに怒鳴られながらも、ローリーは飛び跳ねて喜ぶ。

 帰り道も弾むように歩いて、背に乗るコンスタンスの傷に響かせる。

 釣りとしては散々な結果。

 だが、それよりも余程大きいものが得られた。

 コンスタンスは成長を、ローリーは騎士道精神の最初の1歩を。

 方や既に騎士、方や騎士を目指す者。

 共に憧れを胸にして、戦場を生き延びた。

 第1の乗り手、女騎士コンスタンス──ローリーにとっては、初めて出来た戦友だ。

 




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