公爵令嬢の愛馬〜剛腕ケンタウロス娘の騎士道物語〜 作:ケモ耳はヒト耳を置き換える形が好き太郎
青空の下、開けた野原を馬が駆ける。
複数人が隊列を組むようにして、連携して動くのは獲物を追い詰める為。
草原を跳ねるように逃げ回る鹿を、槍を持った数人が追い詰める。
「このままケイレブ様の前まで追い立てるぞ!」
「あれは良い牡鹿だ、今日こそケイレブ様も機嫌良く帰れるだろう!」
「無駄口を叩いている場合か! ……まずい! 横に逸れる!」
「自分が行きます!」
馬に乗った一団から、一騎が突出し鹿の逃げ場を塞ぐ。
美しい赤い毛並みの馬体には、首の代わりに人間の上半身。
赤い髪を肩で切り揃え、勇ましく槍を手にした少女。
ローリー、初めての狩りから6年が経った12歳。
誰より──どの馬よりも走るのが速く、狩りの時はその健脚が存分に活かされる。
「よし……! あとは──」
ローリーが追い立て、理想的なコースを選ばされた鹿はそのまま走り……首筋に矢が突き刺さる。
深々と埋まった鏃は太い血管を引き裂いて、鹿は脚をもつれさせ転倒。
歓声が上がり、矢を射ったその人を称える声が叫ばれる。
「お見事です! ケイレブ様!」
「流石でございます! 狩り腕前はもうルーファス様を越えて久しく……」
遠く、目の前の開けた場所に鹿が誘導されるのを待っていたケイレブは賞賛を浴び、満足そうに笑う。
短く切り揃えた黒髪に、活動的で憎たらしい笑顔。
腰巾着を引き連れたボンボンそのものではあるが実際、ケイレブは見事に鹿の動きを一矢で止めた。
だが、まだ息はあるのだ。
歓声を遠く、ローリーは手にした槍で鹿にトドメを刺す。
「よし……!」
「どうだローリー! 今回の獲物はデカいだろ! なぁ!」
「はいケイレブ様! これ程の大きさの鹿を、いとも簡単に一撃で射止めるとは!」
「ハハハ! そうだろうな! お前には分からないかも知れないが、多くの技巧が詰まってるのさ!」
手を叩いて大声で叫び合い、ケイレブへの賛辞を口にする。
気楽で自尊心の高い貴族の令息は、ローリーの練習にちょうど良かった。
「ラシェル様の言った通りにやったら上手く出来た……!」
だがケイレブの相手をする事に関しては、その妹であるラシェルからのアドバイスが役に立つ。
相手に機嫌良くしてもらうおべっかや、狩りを上手く進める為の技術など。
ローリーは初めて狩りに出てからの6年で、これら多くを学んだ。
そして、そんな学びを与えたのはいつも老騎士だった。
背後から近付く蹄の音に、ローリーは表情を明るくして振り返る。
「ローリー、上手くやれたようでなにより」
「先生! これで自分は一人前でありますか?」
「いや、まだまだ。狩りは戦争と同じく、集団行動。ひとりが突出すれば良いものではなく、周囲をよく見て状況を掌握せねば」
老騎士がローリーの頭に手を伸ばすが、距離を取られて空を切る。
ローリーは照れ臭そうに非難の目線を送り、老騎士は少々の落胆。
「それに……もう、お爺ちゃんとは呼んではくれないのですかな?」
「も、もう! 自分は子供じゃないんです! ちゃんと先生とお呼びしますからね!」
「ううむ……子供の成長は早く、嬉しいやら寂しいやら……何度経験しても驚きばかりかな」
6年という年月は、子供を成長させるには十分なもの。
幸いな事にローリーは、少なくとも公爵肝入りの計画にて扱われる最重要の
様々な資源を投じられ栄養状態も良く、毛並みも整い見目麗しい。
老騎士らはそれ以外の教育や、精神面での安定や成長に関わった。
だがローリーはケンタウロスで、この国では珍しい馬と変わらない。
老騎士のようにローリーの成長を見守る者も居れば、明確に一線を引く者も居る。
「おいローリー! こっち来い! ルーファス兄様が来たから、ボクの武勇伝を語れよ!」
「はい! ただいま!」
ローリーが駿足にて駆け寄れば、公爵の長男であるルーファスが。
父親譲りの赤い長髪を纏めて、弟とは反対に静かな、理知的で穏やかな笑みを浮かべた青年。
ローリーは彼の事が苦手だった。
ケイレブはまだ扱いやすい。
おだてればそれで大概、気分良くなってくれるのだ。
だがルーファスは……そのようか打算的な言葉に目敏く気付く。
だからローリーは、ルーファスの前に出る時は普段よりも気を張り、背筋を伸ばして気を引き締めるのだ。
「ルーファス様、ごきげんよう。ケイレブ様は大きな牡鹿を仕留められましたよ」
「その調子で狩り以外も上達してくれると、兄としては嬉しいものだけどね」
「家の事は兄様がやるからいいだろ? 誰もボクに跡を継がせたいとは思わないだろ」
「遊び呆けていてはレッドメインの名が廃る、と言いたいんだ。それに、そのケンタウロスはもう十分仕上がっているだろう。怪我でもして傷が残れば価値が下がる」
ルーファスは徹頭徹尾、ローリーを公爵家の資産として扱っていた。
多大な手間と時間を掛けているのだ、それ相応の丁寧さはありつつも、そこに情を絡めはしなかった。
「えっと、ケイレブ様は自分が狩りを学ぶ機会を作ってくださり──」
「君には聞いていない。君は命令されれば、断る事が出来ないだろう。庇おうとする程度の頭はあるようだが、もう少し利口さを身に付けてくれ。君の言葉には、そう大した価値は無い」
年上で、少なくともローリーやケイレブよりも弁の立つルーファスを前に、2人は黙るしかない。
ルーファスは無言で屋敷への道を指して帰宅を促し、ケイレブは意気消沈してトボトボとした足取りで帰路に着く。
「さあ帰ろうかケイレブ。父上が呼んでいるし、熊を見たという話も聞いたからね──まあ確かに、お前の狩りは見事だよ」
「兄様にはこれでしか敵わないからな」
「そうかな。馬に乗るのも、剣だってお前の方が上手だよ」
「でも兄様に勝てた事、無いじゃないか」
「お前より数年早く産まれただけさ。そのうち差も埋まる」
結局のところ、ローリーはひとりだ。
肩を並べて歩く兄弟を見送り、同じ目線に立つ存在が居ない事を噛み締めるしかない。
ケイレブの狩りを補佐するという点で、彼の従者らと轡を並べる事もあるが、それでもローリーは腫れ物に触るような扱いだ。
まず種族が違う、立場に関しても自分では弁償のしようがない高級品が歩いているようなもの。
それにローリーの父親に関する噂もあった。
命令により関わる人員以外、誰も関わろうとせず……その唯一の例外が、公爵令嬢のラシェル。
夜になると自室を抜け出し、厩舎にあるローリーの部屋へやって来るのだ。
「ローリー、会いに来たわ」
「ラシェル様……いつか怒られてしまいますよ」
「もう怒られているけど。でも気にしないわ、私がローリーに会いたいんだもの」
誰に言われるでもなく、会いたいからという理由でローリーの元へ。
ただ友人として、会話のみを目的に時間を過ごす。
もちろん他の人と同じく、立場の違いはある。
だがローリーにとって、友人と呼んでてくれたラシェルは唯一無二の存在だった。
「自分もお会い出来て嬉しいです……でもラシェル様が怒られたら……」
「私が、会いに来ているのよ? ローリーが気にする事ないわ」
「でも……」
「でもじゃない。ローリーが嫌ならもう来ないけどね」
「嫌じゃないです! ラシェル様はいつも自分が知らない事を教えてくれて、本を読んでくださって、ケイレブ様と狩りに出た時どうしたら良いかも教えてくれて……!」
ローリーは記憶の中からラシェルと過ごした日々を掬い、懸命に言葉にしようとするが……
「他には?」
「ほかっ!? えっ……」
「無いのかしら。残念だわ」
「あります! 友達になってくださいました……凄く、嬉しいです」
「私も嬉しい。お母様に連れて行ってもらうパーティは、楽しい事もあるけれど窮屈なの。でもローリーと一緒の時は心が休まるの」
ラシェルはクッションに沈み込むように、ローリーの馬体に身体を預ける。
そうして赤い毛並みを撫でて、楽しげにクスクスと笑うのだ。
「ローリーはこの背中に誰かを乗せた事はあるの?」
「ありません。背に乗せても、騎手は馬のように視界が確保出来ないので……」
「ふーん。ねぇ、いつか私を背中に乗せて?」
「乗せっ!? だ、大丈夫でしょうか……?」
「何が不安なの? 普段ローリーがどんな景色を見て走っているのか、知りたいわ」
ローリーも上半身の人間部分であればラシェルとそう変わらない体躯だ。
だが下半身の馬体を含めれば、目線の高さは成人男性と並び、越えるもの。
ローリーはラシェルと会う時は、いつも藁山の上に伏せて寝ているから、目線の高さはそう変わらない。
だからこそ、ローリーは少し想像をする。
「ラシェル様と、並んで同じ景色が見られたら素敵だと思います……」
「そうよね? 素敵な平原を、風を浴びながら2人で走るの。夕陽が差して、ローリーの毛がもっと真っ赤になるまで、ずっと」
「怒られてしまいますよ……」
「じゃあ、もういいわ。新しい本を読んであげる。騎士のお話よ。ローリーはこういうお話が好きだものね」
「えっ、あ……違くて……」
ラシェルは傍から本を持ち上げ、軽く拗ねてみせる。
それだけでローリーは面白いように狼狽えるので、ラシェルの拗ねた演技はあっという間に崩れて、笑いに変わってしまう。
「ふふっ。ローリーはどんどん身体が大きなって、物語の騎士様に憧れて話し方を真似ても……相変わらず心は小さな仔馬ちゃんね」
「かっ、からかったんですか!?」
「静かにしないと、今日の読書は中途半端な所で終わってしまうかも」
「えぇ……? それも気になりますが……!」
少なくとも、ラシェルを前にしたローリーはヒトだった。
心を動かし、動かされる相互の関係がある。
産まれてからずっと、言われるがままに学び、走ってきたローリー。
公爵家に産まれ、その窮屈さで溜まった鬱憤を晴らすように活発なラシェル。
姿形も性格も立場すら違う2人だが、互いを友達と呼んでいる。
ローリーは本心からラシェルの無茶を心配しつつも、やはりラシェルが会いに来てくれる事を楽しみにしているのだ。
そして、そんなローリーを楽しませたいと、ラシェルは突拍子もない事だってする。
例えばそう、屋敷の前で狩りの準備をする兄、ケイレブの前に立ち、高らかに要望を伝える、など。
「ケイレブ兄様! 私も行きたいわ!」
「駄目だ。無断で連れて行ったら父様が怒るだろ」
「狩りに行くだけでしょう? 森番が管理しているのなら、危険だってないはずよね?」
「だとしても駄目だ」
取りつく島もない様子で突っぱねられて、ラシェルは不満を露わにするが、その程度で兄というものは動かない。
代わりに効くのはそう……母親の言葉。
凛とした声が空気を引き締める。
「屋敷の前で騒ぐものではありませんよ。ラシェルを連れて行けば良いではないですか、その為の護衛でもある」
「母様! ほらケイレブ兄様、母様だってこう言ってるわ!」
黒髪に緑の瞳、ラシェルとケイレブに引き継がれた特徴を持った貴婦人──公爵夫人は家中での強い影響力をそのまま存在感に変えたように、その場の全てを威圧する。
「あの方は少々慎重すぎる。ラシェルは抑圧しているから、こうも落ち着きがない。ケイレブ、妹の事を任せましたよ」
「はい母様……行くぞラシェル」
立ち去る際、公爵夫人の視線はローリーを掠めた。
一瞬鋭く、嫌悪を強めて。
(っ……今の……)
とはいえ、それはほんの僅かな出来事。
誰にも気付かれず、ただローリーだけが今まで感じたことのない、鋭いモノに貫かれたような気分になっただけ。
怯んだ僅かな間に、身体を寄せてきたラシェルの機嫌の良い声で我に帰った。
「ローリー、陽が登っている時間にも会えたわね?」
「は、はい……でも本当に良いのでしょうか」
「大丈夫よ。ケイレブ兄様は狩りが上手だし、爺だって居るもの。それに──」
普段よりも角度がついた、ラシェルの見上げる笑顔。
それを見るだけで、ローリーは強張った心が解れる気分だった。
「ローリーが居るでしょ? お願いね、私の騎士様?」
お気に入りなど、入れてくださると嬉しいです〜