公爵令嬢の愛馬〜剛腕ケンタウロス娘の騎士道物語〜   作:ケモ耳はヒト耳を置き換える形が好き太郎

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公爵家の赤毛のケンタウロス⑤

 

 公爵家の屋敷は基本的に静かなものだ。

 主人である公爵が静かな状態を好む為。

 本人も滅多に声を荒げるような事はなく、抑圧的な空気が漂っている。

 だかからこそ、だろうか。

 屋敷が騒がしくなった時は、大きな波乱が起きる時なのだ。

 

 私室にて、公爵と彼の長男ルーファスが並ぶ。

 安楽椅子に深く腰掛け酒を呷る公爵と、その横に立つルーファス。

 共に酒を楽しむような事はしない。

 窓の外は未だ明るく、公爵はもう一日中酒を飲んだ後だからだ。

 

「父上、あまり飲まれてはお身体に障りますよ」

 

「お前が公爵になる日が早くなるだけだろう」

 

「まだ父上から学ぶ事が多くありますから、ご自愛ください」

 

「上辺の言葉だな。本心では反発している程度、分かる」

 

「既に終わった事ですから。医者によるとラシェルは問題なく、ケンタウロスには傷が残ると」

 

「……クソが!」

 

 声を荒げて、酒杯を放り投げる父の姿を、ルーファスは冷ややかに見つめていた。

 瞬間的な怒りが収まり、上下する肩が落ち着いた頃、ようやくルーファスは口を開く。

 

「落ち着かれましたか」

 

「これで、十余年の計画も終わりか。傷跡の残った醜い馬に価値はない」

 

「そんなにも王家の関心が得たいのですか。公爵家の威信は、もはや並ぶもののないものであるかと」

 

 レッドメイン公爵家の強さとは何か?

 それは質の良い馬。それを元に集めた資金。更にその資金を投じて開拓した広大な農地。そしてその農地からは馬の飼料を得て……この国で馬を扱おうと思うと、レッドメインに行き当たる。

 軍事行動であれ、質の良い馬を探そうとも。

 

「だからこそだ。妬む者にいつ脚を引かれ、転落するとも限らない。王家でさえも、我らを危険とみなすやもしれん。争いは望まん。恭順の意を示さねば……」

 

「それでレッドメイン家の象徴である赤毛の馬を?なんて迂遠な」

 

「だが金で買える進物には価値が無い。金は幾らでもある。戦争に際しての供出を求めれた時、金と物資で解決出来る程度にはな」

 

 レッドメイン公爵家の強みは資金力。

 であるならば、それは軍事力にも転用出来る。

 良い軍馬を揃え、良い装備を揃える。あとは傭兵でも良い、兵を集めれば良いのだ。

 だが、現在のレッドメイン公爵家ではそれをしない。

 

「軍事力を多く持たなければ、不興をかう事なく存続出来る……父上の考えは理解しています。均衡を保ちたいのだと」

 

「ならば何が不満だ」

 

「今回の件、無理に猟場を広げ、管理の手が行き届かなかった事が原因かと。隣国との戦争で馬の需要が高まっているのです。現状維持ですら財は増える一方ですよ。欲をかきすぎていたのでは」

 

「だからなんだと? 王族すら招く猟場が必要なのだ。これこそがレッドメインの領分だろう」

 

「金勘定ばかりで自意識の肥え太った、惰弱な者のやる事でしょう」

 

 少し、空気が張り詰める。

 少しであったのは、ルーファスの父への反抗的な言葉、態度が無言の圧にて咎められたから。

 何を言わずとも、相手は父親であり大貴族。背負うものも纏うものもまるで違った。

 ルーファスが怯み、言葉に詰まれば沈黙が続く。

 公爵には話す事が無い。ルーファスは苦言を呈したかったが、口にするのを躊躇ってしまった。

 そんな気まずさを破ったのは……激しく開けられた扉の音。

 

「お父様!」

 

 ラシェルの大きな声が響き、公爵は眉間に皺を寄せる。

 対してルーファスは穏やかな笑みを浮かべ、怪我をしたばかりの妹を気遣った。

 

「ラシェル……まだ安静にしているべきだ。部屋で寝ていなさい」

 

「大丈夫よお兄様、それよりも──」

 

「戻れ、ラシェル」

 

 だが、ラシェルへ父親から向けられたのはたったこのこれだけ。

 ルーファスは眉間に皺を寄せ、当のラシェルは気にしない。

 自身を心配する言葉や態度よりも、明確な目的を持ってここに来たから。

 臆せずに父親の前へ……公爵の前へ歩み出る。

 赤い長髪の向こうの、鋭い瞳を真っ直ぐに見つめて。

 

「お父様、ローリーを助けて欲しいの! ローリーは私を助けてくれた、全部私が悪いの! 狩りに着いていきたいと言ったのも私で、私が無事だったのはローリーのお陰で!」

 

「ああ。それは理解している」

 

「なら!」

 

「……治療はしてやろう。だが本来の目的に適さない以上、ただ屋敷に置いておくつもりもない」

 

「どうするつもりなの……? お願い、ローリーを助けて……」

 

 懇願。ただの子供に出来るのはそれだけ。

 相手が大貴族としての顔しか見せないのであれば、返ってくるのは無慈悲な返答。

 

「辺境伯への軍馬の提供、あれに加えれば良いだろう。戦争にはどれだけ人手があっても良いんだろうからな」

 

「せ、戦争……ローリーは戦った事なんてないのよ! きっと殺されちゃうわ……」

 

 ラシェルは顔面蒼白で、力無く座り込み公爵の膝に縋る。

 それを見ても貴族としての顔でラシェルに対する公爵は、眉一つ動かさず瞑目するばかり。

 そんな光景にルーファスは兄として心が痛むのだろう、ラシェルの背中をさすって幾ばくかの慰めを口にする。

 

「それはどうでしょうか。訓練も無しに熊を屠ったのですから、悲観的になる事もないかと。それに辺境伯閣下は父上の盟友、悪いようにはしないでしょう」

 

 だが慰めは慰めで、救いにはならない。

 ラシェルは知っている。ルーファスはローリーの事をあくまでケンタウロス、馬、物であり資産と見做していると。

 愛する兄であっても、その価値観の違いがラシェルの不安、悲しみを癒す事はなく……代わりに、深く年輪の刻まれた声が響く。

 

「失礼いたします、公爵閣下」

 

「何の用だ」

 

 個人的な時間を過ごす公爵の前へ、呼ばれてもいない老騎士が歩み出れば、少なからぬ不興を買ってもおかしくはない。

 だが数多の戦場を越えてきた老騎士は怯む事なく、姿勢正しく、凛々しく、淡々と言葉を紡ぐ。

 

「ラシェル様が抜け出したのを確認し、見守っておりました。何度も脱走を企てたので、一度満足させた方が良いかと思いまして」

 

「抜け出した事、気付いていたのね……」

 

「ええ、ですから失礼ながら話も。あのケンタウロスを軍馬として辺境伯領へ送るのであれば、戦う術を叩き込む時間を頂きたく」

 

 それは明らかに我儘。家臣の領分を超えた行いだ。

 立ち聞きに、時間と公爵家の資産を使わせる提案。

 公爵は興味なさげに視線を向けると、何も言わずに鼻で笑う。

 ただ無言で睨み合うような時間が続き、見かねたルーファスがため息を吐き、そこでようやく時間が動いた。

 

「父上、軍馬としても騎兵としても中途半端なモノを送っても、ただ迷惑をかけるだけでは」

 

「好きにしろ……ラシェル」

 

「は、はいお父様。ローリーの事、ありがとうございます」

 

「違う。お前は第二王子と結べ」

 

「父上? 第二王子派閥に着くのですか?」

 

「奴らも金が必要だろう。敵対する意思が無い事を示す、絶好の機会だ」

 

 公爵の頭の中に絵図はある。

 だがそれを他人と共有しようとせず、聞いても会話をする気がない事をルーファスも老騎士も経験から理解していた。

 だからただ続く言葉を待つ。

 

「ケンタウロスは辺境伯領へ。猶予としてこの冬と、その次の戦争の季節は与えてやろう。そしてラシェルは第二王子との婚約を。以上だ、下がれ」

 

 公爵はそのような男だ。

 だが約束を違えない事も、2人はよく知っていた。

 与えられた時間の猶予は短くも長くもならず、ラシェルの慰めに足りるか否かは老騎士の指導と、ローリーの回復と成長にかかっている。

 顎で退室を促され、自室へと戻る道中、ローリーは付き添っていた老騎士に不安げに尋ねた。

 

「ローリーは大丈夫かしら……」

 

「大丈夫、とは無責任に申せません。ですがこの老骨、これでも騎士として幾度も戦い、こうして生き延びた猛者であると自負しております。その経験の全てを教え込みましょう」

 

「お願い、ローリーはとても良い子よ。私のせいでこんな事になったのに、私は何も出来ないなんて……ほ、本当に酷い事を……」

 

 もしあの場にラシェルが居ない、いつも通りの狩りだったなら。

 襲われるのはケイレブのみ、そのケイレブも馬に乗って逃げて、誰も傷付かなかったかもしれない。

 ローリーの傷の責任を自覚して、ラシェルは震える。

 

「ラシェル様のおっしゃる通り、ローリーは良い子です。熊に立ち向かい、傷を負った時も貴女様の身を案じておりました。ですから、落ち着いたらあの子に会ってやっては貰えないでしょうか」

 

「でも……合わせる顔がないわ」

 

「それでも、会うべきです。労を労う、それも貴族の責務でしょう」

 

 ラシェルは懸命に不安を飲み込み、見せかけで笑う。

 

「そう、ね。貴方の元で戦い方を学んだら、ローリーは騎士になれるかしら」

 

「それは……難しいでしょう。ケンタウロスが騎士になった例などありませんので」

 

 それは現実的な話。だが老騎士が何より話したかったのは、ローリーの成長を見守ってきた立場からの別の話、

 

「ですが、あの時のローリーは微塵も躊躇わずに身を挺して貴人を守る、そんな高潔な行いをしたのです。あれこそが騎士の持つ真の強さ。敬愛する方からの激励があれば、より力が湧く筈」

 

「ローリーって、私の事をそんなふうに思っていたの?」

 

「ええ、実に慕っておりますとも。それにローリーは実に力が強い。熊の巨体を持ち上げる剛腕の持ち主なのです。そこに技術を加えれば、勇名が轟くまでそう時間は掛からないでしょうな」

 

 押さえ込んだ不安を飲み込んで、ラシェルは軽く息を吐く。

 これ程言葉をかけて貰ったのだ。そろそろ落ち着かなければと、見栄の部分も働かせて。

 

「決めたわ。ローリーに謝って、感謝して、そして約束する。だから、戦う方法をローリーに教えてあげて」

 

「御意に」

 

「騎士になれなくたって、騎士になれるくらい強くするのよ」

 

「ええ、お任せを」

 

「……鞭を打ったり、する?」

 

「必要とあらば」

 

「駄目よ。女の子にそんな事するなんて!」

 

「ですが痛みこそが最も強い教訓となります……その点で言えば、此度の出来事はローリーにとって重要な教えを与えたのでしょう」

 

「教えって、なにを?」

 

 老騎士は優しく、そして心の底から湧き出る愉しみが漏れ出た笑みを浮かべた。

 

「敬愛する主君をお守りする、その誓いを胸にした時の力強さを、です。その強さを知る者は必ずや大きく成長するでしょう。ご安心を。ローリーは大器でございます」

 

 騎士は馬を扱う人である。

 ではあるが、やはり心より満たされるのは同じ騎士を相手にした時。

 口ではどうと言いつつも、心と身体が備わった若者を前に老騎士は心が躍った。

 持ちうる全てを教えてやって、アレを一角の騎士にしてやりたい、と。

 

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