公爵令嬢の愛馬〜剛腕ケンタウロス娘の騎士道物語〜   作:ケモ耳はヒト耳を置き換える形が好き太郎

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公爵家の赤毛のケンタウロス⑥

 

 レッドメイン公爵家の屋敷周辺は、馬を用いた様々な活動をするための施設や設備が数多ある。

 それは主にレッドメインの子女に馬術を教える為のものであり、来客とともに乗馬を楽しむ為のものでもある。

 そんな場所は現在、訓練場としての顔を見せていた。

 簡素な鎧を着せた木人を地面に突き立てて、そこに向かって騎馬が疾走する。

 単純な騎馬突撃の形だ。

 

「怯むなローリー! 実戦で脚を止めれば死ぬと何度言えば分かる!」

 

「っ! はい先生!」

 

 走るのは傷跡を持った馬……赤い毛のケンタウロス。

 下半身は馬ながら、上半身は簡素な胸当てや兜を装備している。

 このように人馬一体を文字通りに体現したケンタウロスを兵力として扱うのであれば、それは人間基準ならば騎兵が近いだろう。

 その機動力を活かした突撃は、戦場で最高の破壊力を見せる事請け合い。

 鐙など無くとも、人馬が一体ならば疾走の勢いをそのまま槍に乗せる事が可能。

 だからこそ、だろう。

 ローリーはよく怯む。

 衝撃が逃げ場なくそのまま全身に襲って来るので、当たる直前に勢いを弱めてしまうのだ。

 その度、老騎士から厳しい叱責が飛び、再度同じように突撃をする。

 

「行きます!」

 

「槍の持ち方が甘い! 脇を締めよ! 腕を持っていかれるぞ!」

 

 バン、と軽い衝突音が響く。

 所詮木人、どう当たっても軽く吹き飛ばされて、地面に転がる。

 老騎士はそれを拾い上げ、再び訓練場に突き立てた。

 まだ訓練は終わらない、満足出来る状態ではないと、言外に示すように。

 

「どう……でありましょうか?」

 

「どうかと問われれば……まるで駄目、ですな。これが出来なければ戦場に出たとて、物珍しい死体として帝国の兵に記録されるのが関の山でしょう」

 

「……他の事は学ばなくて良いでしょうか? 訓練が始まってから、自分はこれしか学んでいません」

 

「これが人間の騎士を育てているのであれば、下馬した際の戦い方を教えたでしょうな。ケンタウロスでは話が別。突撃の一度で勝負を決めねば、そこで死を迎えるのがケンタウロス」

 

 文字通りの人馬一体とは、言い換えれば一蓮托生。落馬という形で衝撃を逃し、次に繋げる保険が効かない。

 となればローリーが競り負けた時、辿る末路は……

 

「人間であれば、敵の槍を喰らえば落馬する事もあろう。だがローリー、お前はその衝撃を全て受け止める事になる。即ち、身体に大穴を開けての死」

 

「自分は……弱いのでありましょうか」

 

「それはどのように見るか、そして考えるかでしかないのだ、ローリー」

 

 ローリーは首を傾げて頭を捻り、少しの間考え、考えても分からず苦笑い。

 傾げた拍子に固定の甘い兜が傾き、老騎士の呆れを招いた。

 

「自分は考えるのが苦手で……」

 

「ならば戦場では考えずとも良い。ただ他の馬と並んで走り続け、目の前の敵を倒していれば、それで良い。同じ敵には一度だけ、交錯した瞬間に討ち倒す。これがお前の戦い方となる」

 

「ほー……なるほど」

 

「本当に分かっておるのやら……ともかく恐れを捨てるのだ、ローリーよ。数多の名馬を擁するレッドメイン家であっても、お前程に速く力強い馬はおらぬのだ。ならば後は、一人前の戦い方を身に付ければ、並ぶ者の無い(つわもの)となる」

 

 叱責も、期待の言葉も全て偽らざる本音。

 どちらも相手を思うが故の、優しから来る言葉である事はローリーも分かっていた。

 だがそれを理解しても、身体は恐れを素直に表す。

 陽が登ってから沈むまで、何度も何度も走り、木人に槍を突き立てる。

 その流れ作業のような訓練で、本能的な恐怖を削ぎ落とす……軍馬が戦場で恐怖を感じ、制御不能に陥らないようにする訓練と同じだ。

 ローリーは突撃と、馬上での槍捌きを叩き込まれた。

 

「お前は分からぬのであろう。屈強な軍馬が迫る恐ろしさ、その圧力を。お前は常にそれを振るう側に居るのだ」

 

「そ、それでは向こうでお会いした方を、怖がらせてしまうでしょうか……」

 

「いいや。並び立てば、これ程頼もしい存在はない。だから置いていかれぬよう、怯まず突き進むのだ。ローリーよ」

 

「はい!」

 

 当然、時には老騎士の槍──とは言っても訓練用の布を巻いた棒だが──がローリーを強かに打つ事もあった。

 痛みを堪えて喰らい付き、汗と血を流して訓練を終えた日には、寝床に辿り着くなり眠ってしまう事も頻繁にある。

 そんな日にも、ローリーは重い瞼を閉じる寸前まで思う事があった。

 

「ラシェル様……」

 

 老騎士は時折、騎士とは何かについて口にした。

 忠節を重んじる、美徳を実践する人の事。

 ローリーは自分が、そのような騎士になれない事は理解している。

 それでも自分の中にある想い……それを忠誠心と呼び、そして誰に捧げたいのか、それも自覚しているのだ。

 

「ラシェル様が語ってくれた、物語の中の騎士のように……」

 

 ローリーに日々の厳しい鍛錬を乗り越える力を与えるものは、この憧れひとつ。

 12の頃にラシェルを守り、一冬を傷を癒す時間に充てて、そこから1年戦い方を学んだ。

 急拵えもいいところの、兵士としては未熟なローリー。

 それでも決められた猶予がやって来れば、辺境伯領へ送られる。

 春の農作業を終えた戦争の季節を前に、辺境伯領へと送られる様々な物資や兵と共に、ローリーも出立する手筈となっていた。

 公爵家で過ごす最後の日には、老騎士が手配した装蹄師により真新しい蹄鉄に履き替えて、調教師や厩舎係によってある程度見綺麗に。

 

 そうして公爵領から出立する一団の中に、ローリーは居た。

 数多の物資、馬、兵士、騎士。

 見送られる者も居るが、ローリーはひとり。

 悪目立ちする彼女は周囲から距離を取られて、余計に孤独感を強めているが……それでもローリーは待っていた。

 尻尾は内側に巻き込まれ、耳はあちこち動いて不安を如実に表しているが。

 それでも心の何処かで来てくれるのではないかと、期待して……遠くから自分へ向かって近付く人影に気付く。

 

「あっ! ……先生、来てくれたんですね」

 

「期待外れでしたかかな?」

 

「え? ……いやー先生は来るかな、とは思ってましたから」

 

「まあ、その図太さがあれば心配はないようですな」

 

「ホントでありますか? 安心したなぁ」

 

「結局、戦い方ばかりで礼儀を教えられなかった事だけが心残りか……」

 

 ローリーの能天気な笑いに、老騎士は呆れてため息をひとつ。

 これから戦場での集団行動をするのなら、他者との円滑なコミュニケーションは必須技能。

 その点で言えばローリーが受けた教えは戦い方の一辺倒。

 老騎士の不安は、向こうでローリーは人間関係を上手くやっていけるのか、その点にあった。

 

「公爵は最低限の兵力を辺境伯領へお送りになられます。その中には儂の子がおります故、道中はアレに頼ると良いでしょう」

 

「先生の! その方も騎士ですか?」

 

「ええ。少し頑迷な所はありますが、それでも将来有望な騎士。戦場にて轡を共にする相手でもあるのです、共に学びを得る事もありましょう」

 

 不意に、ローリーの表情に翳りが差す。

 今までが空元気であったように、本人ですら分からないくらい、押し込めていた不安が急に湧き出てしまった。

 

「先生、自分はちゃんとやれるでしょうか……よく分からないんです。先生に叱られても褒められても、自分は成長しているのか……轡を並べるも、共に学びをも、分からないんです。先生以外と一緒に何かをした事、無いんですよ?」

 

 ローリーにはあらゆる経験が無い。

 特に無いのが人と関わった経験。

 物珍しさから、そして腫れ物に触るように遠巻きにされ続けたローリーは、その未知を恐怖で認識してしまった。

 今までも新たな環境に踏み出した事はあったが、公爵領の中、屋敷の周辺のみ。

 辺境伯領には、ローリーの知己は誰も居ないのだ。

 

「ローリー、お前は騎士では無いかもしれない。だがこの儂、【鉄拳】アドレイの教えを受けたのだ。これでも、かつては戦鎚を振るい戦場で勇名を轟かせた身。故に分かる。戦場は特別な場所、戦いの中でこそその者の価値が測られる。ならば心配はいらぬと、断言しましょうぞ」

 

「先生……そんな名前だったんですね」

 

「うむ……」

 

 ローリーは師からのお墨付きを貰った訳だが。

 それでも不安自体は消えない。

 問題なくやっていける能力があるからといって、精神面がどうなのか。

 遠くへ移るのなら、元居た場所に心残りが残っていては、新天地まで引き摺る足枷になってしまう。

 だからこそ、その声(・・・)が聞こえた時にはローリーの表情から陰りの一切が吹き飛んだ。

 落ち着きなく動いていた耳は一方を向いて、尻尾は高く持ち上げられる。

 

「ローリー?」

 

「ラシェル様!」

 

「元気そうね。良かった」

 

「元気なのが取り柄なので! どんな馬より長く速く走れるって褒められるんです」

 

「流石ね。ローリーは凄い……きっと、他の事でも……」

 

 ラシェルはローリーの手を取り、手の中に一枚の布を置く。

 ローリーとは反対に、沈痛な面持ちで。

 

「これ……渡したかったの」

 

「ケンタウロスの、絵。これって」

 

「初めて会った時、約束したでしょう? 他にも断片があって、背景がこの屋敷の庭園だった。だから、その絵のケンタウロスは貴女のお母様だと思うの」

 

 2人とも、もう色々な事が分かる年齢だ。

 家中の噂は聞こえてくるし、それを判断する頭もある。

 だからそう、意図的に伏せた情報がある事は分かった上で、見ない事にした。

 それを踏まえれば、互いを別の関係で再定義する事も出来ると、知りながらそうしなかったのだ。

 ただこの絵に描かれたのはローリーの母親である、という事実のみを受け入れて。

 

「自分とこの人、似てますか?」

 

「うーん……どうかしら」

 

「脚の数は同じですよね。あと手の数眼の数耳と鼻の数も」

 

「それはそうでしょうけれど……ふふっ大丈夫。ローリーはひとりきりじゃない。この世に産まれてきたのなら、両親が居たはずなんだもの」

 

 何処まで踏み入るべきか、探りながらの会話だった。

 ローリーは元よりラシェルとの会話に緊張しがちで、ラシェルには罪悪感がある。

 どれだけ本心を曝け出すか、わがままになれるのか。

 

「私、第二王子殿下と婚約をしたわ。お父様がレッドメインの為には必要だって」

 

「それは……自分には、婚約するとどうなるか、どう言えばいいのかも分かりません……」

 

「気にしないで。むしろ良い事かも? だって第二王子の奥方様よ? きっとわがままだって聞いてもらえる……いつか、貴女を迎えに行く事だって」

 

 不可能ではないかもしれない。

 ただそれには、絶対的な条件がある。

 

「死なないでね、ローリー。きっと今より素敵になった私が、必ず迎えに行くから」

 

「はいっ! 自分はラシェル様の1番頼もしい馬になります!」

 

「ええ。貴女は私の……愛馬で、騎士だから」

 

「なら、なら……騎士になります! ラシェル様がそう言ってくださるなら、頑張ります! それなら自分がラシェル様の元まで行けるかもしれませんから!」

 

「それなら競争ね。どちらが先に迎えに行けるか」

 

 それは荒唐無稽な約束だ。

 ローリー自身も、ものが分からないなりにどれほど無茶な事を言っているのか理解している。

 だがそれでも、それを言わなくてはいけなかった。

 ローリーが信じ、守りたいと思った友人、あるいはいつか主君と呼ぶ事を夢見る人の笑顔の為に。

 

「それでは、行って参ります!」

 

 そしてこれからの道行は、公爵令嬢ラシェル・レッドメインの愛馬として、いつか仕えるべき人の元へ馳せ参じる為に。

 ローリー、赤毛のケンタウロスの少女。

 14歳になる年にて、辺境伯領へ向かう。

 




ケンタウロスって人間部分の上体を何処まで倒せるんでしょうね?
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