公爵令嬢の愛馬〜剛腕ケンタウロス娘の騎士道物語〜   作:ケモ耳はヒト耳を置き換える形が好き太郎

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第1の乗り手、女騎士コンスタンス③

 

 この野営地は何年も使われた場所だ。

 それ故に、便利に使えるようにと櫓を建てたり堀を作ったりと、都度都度改修が重ねられていた。

 馬に関しても、ただ繋いでおくだけに留まらない。

 馬小屋を建てる程度の手間を数年掛けて重ねた結果、ローリーは簡素ながら屋根と壁のある場所で眠る事が出来るようになっている。

 

「初陣、初陣……あぁ眠れない……」

 

 だがローリーは初陣を前に緊張して、眠る事が出来ずにいた。

 日々高まる緊張と共に覚悟するような、時間を掛けた心の準備は出来なかった。

 明日が初陣だといきなり伝えられて、今のローリーは眠ればもう戦場に向かわざるをえない。

 

「コンスタンス様め……」

 

 眠ろうとしても上手く眠れず、思わず緊張の原因への恨み言も漏れる。

 そうして苦戦して……何度も睡眠と覚醒を繰り返しては緊張を高めていった。

 そうすると些細な物音が気になりだす。

 風の音、他の馬の身じろぎや寝息、時折巡回の足音なども。

 

「夜ってこんなにうるさかったけぇ……?」

 

 なんとかそれらを意識の外に追いやろうと、頭に毛布を被って硬く目を瞑る。

 こうまでして眠ろうと必死になるローリーだが、馬小屋に入って来る足音が聞こえた時には、いよいよ我慢が出来なくなった。

 

「う、うるさい……! こんな夜によりによって馬小屋に来る必要、あるのでありますか!?」

 

 眠気と苛立ちで気が大きくなったローリーは、耳を後ろに倒してすっくと立ち上がる。

 文句のひとつでも言ってやろうと蹄を鳴らして、深夜の訪問者を探せば……男がひとり、馬を撫でていた。

 

「夜でありますよ!? 眠れないのでありますが!?」

 

「む、ローリー君か。すまないね、起こしてしまったか」

 

 ローリーが誰かも確かめずに文句を言ったその相手は、辺境伯。

 悪戯が見つ勝った子供のように、口髭の下に笑みを浮かべていた。

 

「あっ、辺境伯閣下……えっと、こんな夜遅くに本当に迷惑──じゃなくて、えーと」

 

「ハハ、眠れないのかな? 明日は君の初陣だものな、それは昂ってしまう事だろう」

 

「そうなのであります……眠りたいのでありますが、上手く眠れなくて。辺境伯閣下もでありますか?」

 

「ああ、そうだ。実は私もさ。もう何年も戦争の季節を迎えているにも関わらず、目前にするとな」

 

「辺境伯閣下も緊張するのでありま──」

 

「実に楽しみで心が踊らないか?」

 

「あれ?」

 

 同じ眠れない、でも理由は正反対。

 世の人間をおおまかに分けた時、辺境伯は戦いを楽しむ類の人間。

 であるならば、戦争を前にした辺境伯は祭りを前にした子供のように、期待に胸を高鳴らせて眠れない。

 ローリーの未知への緊張とは正反対の、よく知る楽しみを前にした浮つきだった。

 

「鍛え上げた肉体、そして技を振るう舞台。戦場に立つ者は皆、己が手に入れる事の出来る最高の装備で着飾り、命を賭す。素晴らしいとは思わないかね」

 

「いや、よく分からないであります」

 

「もしや……戦いは好きではないのかね?」

 

 辺境伯はこの世の大半の人は戦いが好き、という前提で驚き目を見開く。

 辺境伯とはまさにそのような常識で生きてきた人物だ。

 王国辺境、東に敵を睨む地に産まれた彼にとって戦い、戦争とは父祖から受け継がれた家業。

 それに従事する事は伝統的で誇らしい事。そこで起きる一切を含めて、辺境伯は人の営みとして戦争を愛していた。

 あるいは、そうしなければ心が保たないか。

 だが当然、ローリーはそんな世界や価値観に生きてはいないので、

 

「戦った事がないので分からないですね……」

 

「ああそうだった。ならば後日、初陣を終えた後にまた聞くとしようか。だが槍を振るう練習はしただろう? どうだ、それは楽しいだろう?」

 

「うーん、上手くなって褒められるのは嬉しいのであります」

 

「そうかそうか! 上達の過程を楽しむ事は重要だとも。それに素晴らしい武功を挙げれば、それに相応しい褒美を取らせてやらねばな」

 

「褒美……!」

 

 ローリーは耳をパタつかせ、瞳を輝かせる。

 褒美という言葉のなんと魅力的な事か。

 それが少なくとも、コンスタンスに勝った──少なくともローリーはそう思っている──戦果として得た鎧と槍よりは良い物だろうから。

 

「褒美が欲しいのかね? 君は何を求める?」

 

「自分は……! えっと」

 

「言ってみなさい。他に誰も聞いていないからね」

 

 望みを口にして良いものか、ローリーは躊躇う。

 直近でそれを口にした時、諍いになったのだから、今回も良くないのかもしれないと考えて……それでも抑えきれない欲求が素直な言葉を口にさせた。

 

「自分は、騎士になりたいのであります」

 

「騎士ときたか。随分と大きく出たものだが、何故騎士になりたい?」

 

「約束をしたのであります! いつか騎士になって、ラシェル様をお迎えに行くと!」

 

「ラシェル……ああ、公爵家の。だが騎士である必要があるのかな?」

 

 ローリーの言葉は素直なものだったが、それは他人からの受け売りの、あまりにも素朴なもの。

 辺境伯に問われても、反論する言葉が何も無いローリーは、口籠るしかなかった。

 

「騎士……と、約束したので……」

 

「約束を守り貴婦人を迎えに行く、結構じゃないか。だが騎士である必要はないだろう。君が騎士になる、というのであればそこには覚悟や理由が必要だ」

 

「でも、約束したのであります!」

 

「そうか! よし分かった! ならば騎士を目指せ!」

 

「えっ!? もっと反対されると思っていたのでありますが!」

 

 辺境伯はローリーの身体を叩いて激励。

 激励されても、急に背を押されては精神的につんのめった状態になったローリーは困惑が勝る。

 

「いいや、君はただ戦いなさい。ケンタウロスが騎士になった前例は無いが、君に騎士と認めるに足る名誉と礼節があれば、ケンタウロスであれ騎士にも出来るだろうね」

 

「本当でありますか!?」

 

「分からないが、それでも君が実現してみせれば良いだけの話だろう?」

 

「そんな単純な話なのでありましょうか……騎士になりたいと言ったら、コンスタンス様に怒られてしまいました」

 

「そんなものは気にしないでいい。コンスタンス卿もそうだが、騎士なんて多少頑固なくらいが良いのだからね」

 

 会話で昂りも収まったのだろう、辺境伯は軽く手を振り馬小屋を去る。

 ローリーはその背中に向けて、固く決めた思いを叫んだ。

 

「なら、自分は絶対に騎士になるのであります!」

 

「夜だぞ! 大きな声で叫ぶんじゃないッ!」

 

「えぇ……閣下だって叫んでる……」

 

 深夜の会話はローリーの緊張を解きほぐし、寝床に戻った後にはあっという間に眠りについた。

 翌朝までぐっすり、起き抜けから活力に満ち溢れた状態。

 初陣を迎えるにあたり万全の状態で、出陣前にはいつも通りにコンスタンスが迎えに来た。

 

「服は着たな。顔は洗ったか? 食事は済ませたか? 鎧着ろ、槍を持て。準備はいいな?」

 

「一気に全部言われても分からないであります!」

 

「鞍はボクが着けてやる。今日は暴れるんじゃないぞ」

 

「えー……」

 

 渋々、といった様子でローリーは鞍を着けられる。

 馬体の背中はローリー自身も手が届かないので、装着するには人の手を借りるしかない。

 自分の手の届く範囲では、鎧を着ようと四苦八苦して……時折コンスタンスが口出し、手出しをして手伝った。

 

「チュニックみたいに、被って終わりじゃダメなのでありますか!? すごく面倒!」

 

「駄目に決まっているだろう馬鹿者め。さては公爵家では鎧を着せてもらっていたな? これからは自分で着るんだ!」

 

「面倒くさいであります……」

 

 コンスタンスの手伝いで、ローリーは訓練ではない、実戦の装備を身に付ける。

 鎧は軽装、兜は歩兵が被るようなもの。馬体に鞍を着けてはいるものの、それはローリーが誰かを乗せる事を拒んでいる為、高価な馬鎧の代替だ。

 総じて間に合わせ、より良い物は幾らでも存在する装備。

 だがこれはローリーを取り巻く状況で用意出来る、最大限の物。

 それらで鎧った自分の姿を見回して、ローリーは感嘆の声を漏らす。

 

「ほほぉ……似合うでありますか?」

 

「これから初陣なんだぞ? 完全に鎧に着られている。似合う訳がないだろう。これから慣らしていくんだ」

 

「どれくらい戦ったら、慣れるようになるのでありますか?」

 

「そんなの人による。ボクだって初陣でいきなり慣れたりはしなかったんだからな。今でも慣れたとは言い難い」

 

「コンスタンス様でも、そうなのでありますか!」

 

「当たり前だ。これは生涯を通して磨き上げる生業。20と数年しか生きていないボクでは、美学も未だ途上にある」

 

 珍しく殊勝なコンスタンスの発言に、ローリーは目を丸くする。

 そして同時に、その美学が行き着くところまで行ってしまった人の事も思い出した。

 

「そういえば、辺境伯閣下は戦争が楽しいと言っていたのであります」

 

「そうだろうな。閣下はどうにも……」

 

「変な人ですよね」

 

「変だとか言うものじゃない! まったくお前には礼節が足りない。いや、獣に無駄な期待をしたボクが間違っていたか。やはり貴様は騎士になどなれないな。騎士とは幼少の頃より礼節を学ぶものなのだから」

 

「えー。でも閣下はただ戦えと。戦争ならば騎士に相応しい名誉を得られるのではないのでありますか!」

 

 ローリーの言葉に、コンスタンスは珍しく反射的な反論ではなく、顎に手を当て考える時間を作ってからの返答をした。

 

「たしかに騎士としての誉は戦いの中にある。だがその戦いとは必ずしも戦争の中だけではなく、トーナメントや決闘でも得られるだろう。戦争は必ずしも騎士に必要なものではないが、騎士が身を立てるには戦争が良い舞台になる」

 

「……? どういう事でありますか?」

 

「騎士に相応しい名誉が欲しいのだろう。そも順序が逆なんだ貴様は。騎士でない貴様が戦争で名誉を得たとて、それはただ戦争が上手いだけ。戦場にて武功を挙げた貴様に礼節が備わっていた時、初めて真の騎士に近づくのだ。戦争など賤しい傭兵でも上がれる、その程度の舞台なのだからな」

 

 騎士とは、名誉と礼節が備わった存在。

 ただ強いだけでなく、ただ礼儀正しいだけでない。

 その磨き上げた力を、勇気と誠実さと高潔さを備えた精神で振るう者。

 騎士は無軌道な暴力ではなく、美徳を守り、善行を成す者として戦場に立たなければならない。

 だが戦場には数多の人が居る。

 平民、傭兵……騎士の規範を持たない者達だ。

 それらが存在する戦いを、コンスタンスは道徳的潔癖により苦手としていた。

 

「つまりコンスタンス様は、戦争が嫌いなのでありますか?」

 

「そうは言っていない。言っていないからな! そんな事言ってみろ、騎士に相応しくない腰抜けだと思われる……! ただ、雑なんだ。戦争、戦場というものは。それに金も掛かる」

 

「へえー」

 

「何がへえー、だ。貴様の食事とくれてやった装備が金を持って行くのだ!」

 

「えっ!? ごちそうさまでした……」

 

 だが、どんな考えを持っていたとしても、どんな美徳を守っていても、腹を満たさなければならないのだ。

 清貧も美徳の内だが、少なくともこの戦争への参加は義務なのだから。

 

「さあ行くぞ! 騎士だなんだと嘯くよりも、まずは貴様が貪り食った分は働いて貰わなければならん!」

 

「あの、ひょっとして沢山働いたら今よりご飯貰えるんでありますか!?」

 

「まだ食べる気なのか貴様!?」

 

 ローリー、14歳。

 騎士になるという夢を抱えて、初陣へ。

 




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