貞操観念ぎゃくてん・ざ・ろっく! 作:テト
「―――いい?淳は男の子なんだから、絶対に夜道は一人で歩いちゃダメよ? 物騒な女の人が多いんだからね」
最初に言っておくと、俺には前世の記憶が存在する。ただ地味で退屈な変わり映えしない人生であったので、ここでわざわざ語る必要はないだろう。死因はトラックに轢かれそうな子供を庇って代わりに……という形で、その16年という短い生涯を終えた。悔いと言えば俺は漫画やアニメ、映画等が趣味な為好きな作品達の最後を見届けられなかった事ぐらいである。生活や人間関係などといった現実世界に関する後悔が一つも無い事実に対し、多少の虚しさを感じなくはないが……結局今更嘆いても仕方が無い話だった。
……とまあ、前世の説明も終わり今世でのお話に移るとしよう。上で挙げられている台詞は、俺こと佐伯淳が物心付いた頃から高校1年生の現在に至るまで母親に耳にタコができるほど言われてきたもので……察しの良い方は既にお気づきだろうが、ここはいわゆる―――貞操観念逆転世界だ。男女比は1:10という割合で男性は皆おしとやかで身持ちが固く、そして社会から貴重な存在として重宝されている。二度目の人生があるだなんて正直予想外だったし、生まれ変わったときは前世に関する後悔もあり今度こそは沢山の友達に可愛い彼女にと充実したリアルライフを送ってやるぞ!と内心意気込んだものだが……道を歩けばこちらを欲望の混じった卑しい瞳で見てくる女性達、そして男子は皆そんな女性を恐れ細々と息を潜めるように生きており、まともに友や恋など望める世界ではない事を幼きながらに思い知らされ想いは無事鎮火されたのであった。
……ただ、そんな俺にも長年気の許せる存在が1人だけいる。
「じゅ、淳くん……い、今の演奏どうだった……?」
「めっちゃ良かったよ、後藤さんの演奏は何度聴いても感動するなぁ。流石ギターヒーローだね」
「ウ、ウヘヘッ、どうも将来は人間国宝な女です……!」
薄暗い押し入れの中、俺の目の前でギターを抱え嬉しそうに頬を緩ませながら(物理的に)溶けかけているピンク色のジャージに身を包んだ少女―――彼女の名前は後藤ひとり。後藤さんとは家が隣同士な事から小さい頃から親ぐるみの友好があり、彼女自身とも幼稚園から小中とそして高に至るまでずっと一緒な言わば幼馴染というやつである。昔から俺以外に対して極度の人見知りを発動し友達を作れなかったという過去を持つ後藤さんだが、彼女には家族と俺のみが知るもう一つの顔……中学時代から毎日何時間も必死にギターを練習し続け腕を磨き、今や動画投稿サイトでギターヒーローとして、ギター演奏動画を上げて数万人もの登録者を獲得しているのだ。
俺はそんな後藤さんに尊敬の念を抱いているし、陰キャコミュ障という点だってこちらも前世からの筋金入りなのでシンパシーを感じ……人見知りなだけで根は優しく、何よりこんな世界でも男である俺に対し変な目を向けてこない彼女は大切な幼馴染であり親友だ。だからこそ「高校は誰も自分の過去を知らない所に行きたい……」と県外から片道2時間以上かかる下北の学校を選んだ後藤さんに、俺も付いていく形を取ったのだから……まあ毎日の通学時の電車内での女性達からの目は怖いけどね?長時間なのもあり俺は別々より後藤さんと一緒にいたいと思い、男性専用車両を使用していない故のデメリットである。幼馴染か身の安全か、今の所痴漢被害を一度も受けてないのは間違えなく幸運と言えよう。
ただ下北へ通うメリットは後藤さんと一緒というだけではない……入学して早1ヶ月が経ち、別々のクラスになってしまった俺達は相変わらず高校でも友達が作れないと、放課後公園のブランコに座りながらお互い愚痴り合っていたときの事だ。「あっ!ギター!」と大きな声を上げ、金髪でサイドテールを結っている可愛らしい女の子がいきなり俺達の元に走って駆け寄ってきて……
「―――それギターだよね!弾けるの!?」
どうやらギター担当がこれからライブであるにも関わらず突然辞めてしまい、代わりのサポートギターを急ぎで探していて……その役目を後藤さんにお願い出来ないかと頼んできたのだ。そしてそこからは怒涛の展開続き、詳細はかなり省くが、後藤さんがダンボールに入って演奏したり……彼女はその場限りのサポートではなくバンドへ加入し俺もマネージャーとして加入。そこから初バイトの苦労や逃げたギターの人、喜多さんもまた加わり4人となったバンド―――いや結束バンドとの日々はアー写撮影や、ひと悶着あったが無事オーディションライブ合格を果たしたのがつい先日の話である。
メンバーである伊地知虹夏さん、山田リョウさん、喜多郁代さん、特に喜多さんとはクラスが一緒なのもあって彼女がバンドへ再加入してからは教室でも色々会話を交わすようになったのだが……彼女らがどういう人物なのかは語ると長くなるし、今は目の前の問題に対処しなければいけないのでまた別の機会にさせてもらうとしよう。ただ一つ言えるのはみんな良い人という事だ。
そして対処せなばならない問題というのは……
「父、母、妹、犬―――あ、後1枚足りない……たった1枚のチケットノルマでさえも解決出来ない弱者が人間国宝とかイキってすみませんでした……」
「……後藤さん、ジミヘンは無理だと思うしふたりちゃんも年齢的にライブハウス入れないんじゃないかな?」
「そそ、それって事はつまり残り3枚!?アッ人生終わった今までこんな陰キャコミュ障の傍にいてくれてありがとね淳くん……」
そう言って後藤さんは正座をし、ギターを腹に当て切腹ポーズを取っていた。ギターで自決するのは流石にギタリストとしてロックがすぎるのでは……?そんなツッコミをグッと飲み込み、俺は大丈夫だと言わんばかりに後藤さんに優しく笑いかける。
「チケットノルマの件は俺も一緒に考えるよ、だからそんなに気を落とさないで」
「ば、バイトのときも未だに助けてもらってるしマネージャーに迷惑かけるダメンバーでホントごめんなさい、この積もり積もった借りを私はどう返せば……」
「借りに思う必要なんて微塵も無いよ、これは結束バンドのマネージャーとしてとかそれ以上に……純粋に後藤さんの幼馴染として力になりたくて言ってるんだからさ」
俺は心の底からの本音を告げると、後藤さんは驚いたような表情を浮かべた後。やがて少しずつこわばった頬を緩ませていき、最終的に「……わ、私には理解のある幼馴染くんがいます……!」と安心したように微笑んでいた。
暗い押し入れの中、2人して笑い合う……こんな道を歩くだけで発情される世界でも俺にとって大切な友達と呼べる存在がいる。そしてそれは後藤さんだけでなく、バンドの3人もそうだ。俺もかなりの陰キャ気質な為、慣れないバイトやマネージャー仕事にはいつも苦労してばかり。だが、前世でこんな生活を送りたいと願っていたものを多少なりとも叶えられてるのが本当に嬉しいから頑張れるのである。これからも結束バンドのマネージャーとして、4人の友達としてこの大変ながらも楽しい日々を歩んでいきたいなぁ。
「いや~、そろそろ7月なのもあって押し入れの中にいるとだいぶ暑さを感じるようになってきたね……ちょっと1枚脱ご」
「ッ……!????」
俺は上に羽織っていた半袖のカーディガンを脱ぎ、薄手のTシャツ1枚になった。
「これで少しは涼しくなるよ」
「フーッ……!フーッ……!」
一息つく俺だったが、後藤さんが顔を赤くしながらまるで穴が空くと言わんばかりの強い眼力でこちらを睨みつけている事に気がつき……
「……後藤さん、どうしたの?」
「アッ!?なな、何でもないです……」
「?」
彼女は慌てて顔を逸らし、そして「ち、ちょっとトイレ行ってくるね……!」と飛び出すように押し入れの外へ出て行ってしまった。一体何かと思ったけれど、そういう事情なら仕方ない。
「お、男の人が密室であんな薄着になって、そんなのもう―――犯してくださいって言ってるようなものだよね……でも淳くんはこんな私に寄り添ってくれる理解者なんだ、せっかく幼馴染としての関係性を築き上げてきてるんだから我慢しなきゃ。頑張れ私……うぅ……」
彼は親友と思っている幼馴染の少女が長年己の理性と格闘している事を知る由もない。