貞操観念ぎゃくてん・ざ・ろっく!   作:テト

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第2話

 

 

「―――ねぇ見て、あの子今日も男性専用車両じゃなくてこっちに乗ってるよ。これもう誘ってるよね?そうだよね??」

 

「マジさいこ~、通勤時間帯で女だらけのむさくるしい空間の中に男が入ってくれると潤うわ……まあアタシのアソコも今ぐしょぐしょに潤ってんだけど」

 

「マンマン車両に一本のチンチンが乗車したらそれはもうチンチン車両と化すんよ!チン!」

 

 

卑しく瞳を光らせ、日本語でありながらもはや未知の言語としか思えない彼女達の発言。こんなの毎朝の事、ただ残念ながら未だに慣れる気はしない……チケットノルマの件は2人で何とかしようと押し入れの中の話し合いで決まった翌日。現在は朝の電車通学中だ、金沢八景から下北沢までの約2時間。俺はどこぞの弓兵と同じように心は硝子なのだが、この時間に限っては心を鉄にしていつも耐え切っている。いやそこまで苦しむなら普通に男性専用車両を使えばいいのでは?という疑問はごもっともだが、俺には出来ない理由があって……それは。

 

 

「ひ、人が……いや哺乳類が多すぎる……」

 

「後藤さん、流石に人間を哺乳類呼びはやめた方がいいと思うよ??」

 

 

俺の隣で固まっているピンク色のジャージを着用した女子高校生……幼馴染であり、大切な親友でもある後藤さんを守る為だ。ただでさえ人混みが超の付くほど苦手な彼女に、この満員電車というギチギチに圧迫されたシチュエーションはもはや死刑宣告と言ってもいい。確かに純粋に後藤さんと一緒に通学したい思いから普通の車両を選んだ所もあるけれど、結局はそれ以上にこの少女を守らねばという使命感が割合的には大部分を占めている。伊達に幼い頃からの付き合いなので身に染みて分かっているが、精神に負荷がかかりすぎると後藤さんは物理的に溶けて再生困難な状況に陥ってしまう。車内でそんなホラー映画的絵面になるのは出来るだけ避けたい……

 

 

今日は特に混雑している事から、人に挟まれ大きく揺れる車内。後藤さんの顔色は青ざめており、耐えるように唇をギュッと強く噛みしめている。その姿にこちらも見ていて心が痛い……彼女の不安を少しでも軽減させてあげる事は出来ないか?俺は必死に考え……やがてとある一つの方法を思いついた。

 

 

それは―――後藤さんの妹であるふたりちゃんと遊ぶ際によくやってあげている頭ナデナデだ、5歳な事からいつでも走り回り元気溢れる彼女だが、俺が頭を撫でると穏やかにその顔をほころばせながら気持ち良さそうに目を細め膝に座ってくる。活発の象徴とも呼べる幼稚園児でさえこの効き目、間違いなく最強のリラクゼーションだと言えよう。ただまあ……頭を撫でるたびに上目遣いでこちらを見上げながら「男の人なのにこんな事しちゃうなんて……本当におにーちゃんはふたりがだぁいすきなんだね?」と妖艶な笑みを向けてくるのは一体……いやふたりちゃんが頭良いとはいえ、まだ5歳児なんだからそんな深い意味は無いはずだ。うん間違いないね。

 

 

「……ぼっちな私にはハードルが高すぎる、うぅ……気分悪い……」

 

 

……とりあえずふたりちゃんの話は今は後回しにするとして……善は急げと言わんばかりに、俺は後藤さんの頭にそっと手を置いた。

 

 

「じゅ、淳くん……!?」

 

「―――落ち着いて、大丈夫だよ」

 

「なな、何が……あ♡」

 

「後藤さん、リラックスして……ね?」

 

「アッ落ち着く♡そ、そっか……私は満員電車なんかじゃなくずっと家の押し入れの中にいたんだ……♡」

 

 

後藤さんの不安を溶かすように、俺は微笑みかけながら優しく頭を撫でると……彼女はふたりちゃんと同じように目を細め気持ち良さそうにしている。まさか自分の家とまで感じるほどリラックスしてくれるなんて、効くか心配だったけど後藤さんが気力を取り戻してくれて嬉しいなぁ。

 

 

こうして俺と後藤さんは無事学校へ向かい、お互いクラスは別々の為1階の廊下で別れ……電車内から別れる際に至るまでずっと後藤さんが潤んだ瞳で俺の右手を物欲しげにジッと見つめていたのはどうしてだろう?

 

 

 

 

(じゅ、淳くんのゴツゴツとした大きい手で頭撫でられちゃった……で、でもどこか手慣れてたような気が―――ダダッ、ダメだよ!?男の子がそんな気安く女の子に触れるなんて。もしかしたら襲われちゃう危険性だってあるし、だ、だからこれは幼馴染の私だけの特権って事でウヘヘッ……!)

 

 

まさか張り合ってる相手が自分の妹だとも知らずに、廊下の隅っこで独占欲じみたニヤケ顔を浮かべている幼馴染少女は置いといて……彼が自分のクラスへ入り席に座ると、真っ先にその前に現れたのは。

 

 

「―――佐伯君!おはよ!」

 

「おはよう、喜多さん」

 

 

弾けるような明るい声と、キターンと輝かしいオーラを放つ美少女―――喜多郁代さんであった。ウェーブがかった赤い髪を揺らし、まるで太陽のような笑顔を浮かべる彼女はこのクラス……いや学校全体でもトップクラスの陽キャ女子である。そんな上位カーストに属する喜多さんと、前世に今世と合わせて二つの人生で陰キャという対人スキルザコな事で定評がある俺がどうして関わりを持っているかというと。

 

 

「昨日も私と後藤さんの放課後ギター練習に付き合ってくれてありがとね!毎回見てくれてるけど改めてお礼を言いたかったの!佐伯君の指摘やアドバイスってすっごく的を得てて、いつも助かってるわ!」

 

「……その、俺は結束バンドのマネージャーだからね。バンドのみんなの力になりたいと思ってるし……えっと、役に立ててるのなら良かったよ」

 

 

俺が結束バンドのマネージャー、そして喜多さんはバンドのボーカル兼ギターだからである……彼女は心の底からの本音と言わんばかりに嬉しそうに感謝の言葉を伝えてきた。俺はただ後藤さんのギターヒーロー活動を傍で見ていたから音楽に興味を持ち、色々と個人的に調べたから人より多少詳しいだけで演奏なんてロクに出来ない……だからそんな素人以下の存在が意見を言っていいものかと正直ずっと自信が持てずにいる。だから真正面から感謝されて、ついたどたどしい返答になってしまった。

 

 

何ともマネージャーとして情けない話だが……一人複雑な心情を抱いていると、気が付けば喜多さんが机に両手をつき、体をグイッと前に押し出して……至近距離でこちらを真剣な表情で見つめてきていた。

 

 

「ど、どうしたの……?」

 

 

意図が分からず困惑する俺だったが、喜多さんはゆっくりとその口を開き語り始めた。

 

 

「……私、後藤さんと佐伯君にすっごく感謝してるの。バンドから逃げた私を偶然とはいえまた勧誘してくれて、下北で先輩達と会ったときはビックリしちゃったけど……また入る事が出来て良かったって心の底から思ってるのよ」

 

「……喜多さん」

 

 

伊地知さんが急遽代役となるギタリストを探し、後藤さんが結束バンドへ加入するきっかけとなった「逃げたギター騒動」……簡単にだが説明すると喜多さんは路上ライブで見かけた山田さんに一目惚れし、本当はギターを弾けない事を内緒にしたまま勢いで結束バンドに加入。上手く理由を付けて合同練習を回避しながらも密かにギター練習に励んでいたが、結局初ライブ当日に逃げ出してしまったのである……そこら辺はそもそも元の楽器からして重大な問題があったのだけれど、喜多さんの尊厳の為にも明かさないでおこう。

 

 

そしてバンドのギターボーカル候補を探していた俺と後藤さんは、2人でいたときに偶然見かけた喜多さんを勧誘しようと決めた。彼女に声を掛けるも後藤さんが突然のヒューマンビートボックスを炸裂させてしまい、本人は羞恥心のあまり逃走……そこから色々あって学校で後藤さんの演奏に惹かれてギターを教えてもらおうと下北沢へ向かった矢先、彼女と待ち合わせていた伊地知さんと山田さんに再会してしまったのだ。

 

 

「今があるのは2人のおかげね、だってあのときSTARRYで2人が私を引き留めてくれたから!」

 

「……あれは後藤さんが喜多さんはちゃんとギターを練習してるって気づいたからだよ、俺は何も……」

 

「―――喜多さん!ダメだよ行かないで!って必死に私の腕を掴んだじゃない?ふふっ」

 

「……ま、まあそんな事もあったけどさ?」

 

「あの瞬間、私嬉しかったわ。だって男の子はみんな女の子の事を煙たがり嫌っている、そう思っていたの……でも佐伯君みたいな子もいるって知れたから……本当にね……」

 

 

喜多さんは頬を赤く染め、まるで絵本のプリンセスのように瞳を輝かせながら微笑んでいた。そしてホームルームのチャイムが鳴ると、喜多さんは前のめりになっていた体を元に戻し……

 

 

「つまり私が伝えたい事は―――佐伯君はもっと自分に自信を持っていいと思うの!」

 

 

そう言って、可愛らしくウィンクすると自分の席へ戻って行った。

 

 

……その、出来るだけ善処します。

 

 

 

 

「喜多ちゃん!佐伯君と何話してたの!?教えて教えて!」

 

「ごめんね!それは内緒かしら!」キターン

 

「えぇ~、羨ましいなぁ」

 

 

そして彼女は……STARRYで彼に掴まれた腕の部分を愛おしそうにさすりながら。

 

 

(リョウ先輩に抱く感情とも違う、こんなの今まで生きてきて初めて……腕だけじゃない。もっと……もっと彼に色んな所に触れてほしい、それこそ―――男と女として仲を深めたいと思ってしまうの)

 

 

この貞操観念逆転世界で彼というイレギュラーとの接触により、女に目覚めた少女―――喜多郁代はそう心の内で呟くのであった。

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