貞操観念ぎゃくてん・ざ・ろっく!   作:テト

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第4話

 

「―――私の夜のワンマンならぬワンマンマン♡ライブに興味はありませんか?ちなみに喘ぐ声量には自信があり「ライブをお楽しみください」……今日も私の観客は0かぁ……」

 

 

ライブハウス『STARRY』の受付にて、俺は押し寄せる女性客達のセクハラすれすれ――というか完全にアウトな発言とねっとりとした視線に耐えながらひたすら笑顔の仮面を貼り付け何とか接客をこなしていた。思わずツッコミを入れたくなるが、俺はスタッフで相手はお客さんだから必死に感情を押し殺し……いやワンマンマンって何だよ、一文字変えたらどこぞの最強ヒーローが主人公の作品になっちゃうじゃんまずいでしょ……あっツッコミしちゃった……

 

 

こんな感じで精神をすり減らしながら接客を続け、ようやくライブの開演時間が近づき客足もひと段落ついた。今日は出演グループが皆人気バンドな事から、普段より客入りが多く貞操の危機も大きかったが……無事乗り越えたぞ。俺はそんな達成感に一人酔いしれていると。

 

 

「お疲れ佐伯君!今日はお客さん多くて仕事も大変だったでしょ?頑張ったね、偉い偉い!」

 

「……ありがとうございます」

 

 

ひょっこりと受付に顔を出したのは、金髪の髪色でサイドテールを結っている可愛らしい少女―――このSTARRYの店長の妹でもある伊地知虹夏さんであった。彼女は結束バンドのメンバーであり、性格は明るく元気なムードメーカーだ。演奏ではドラムを担当し、ライブのMCをこなしたりそれ以外でもバンドの統率役と言ってよく……何より俺と後藤さんにとっては結束バンドへ関わるきっかけとなった大きな存在である。

 

 

いつも浮かべる明るい笑顔と彼女の持つまるで天使……いや大天使のような優しさを浴びて、俺の心がじわじわと浄化されていくのが分かる。

 

 

「あれ、そういえばリョウは?一緒にここで接客してるはずだよね?」

 

「…………山田さんはですね」

 

 

俺は後ろへ振り向き、居場所を伝えるように山田さんへ向けて指を指した。

 

 

「……すぴー……」

 

「……は???

 

 

丁寧に隙間なく並べられた椅子達に寝そべる形で睡眠を取っている、青い髪を揺らす少女―――彼女の名前は山田リョウさん。結束バンドのベース担当だ。

 

 

「ねぇ佐伯君、リョウはどうして寝てんのかなぁ」

 

 

額に青筋を立てながら尋ねてくる伊地知さん……山田さん曰く「私、最近金欠でまた草を食べる生活してる。だから1日中ずっと空腹で仕方がない―――」

 

 

「……それで?」

 

 

俺は気まずさで目を逸らしながら。

 

 

「……だから沢山寝て体力を補おうと思う、淳、接客よろしく。だそうです……」

 

「―――おいこらリョウ!起きろゴラァ!!」

 

「伊地知さん!?ここ狭いんでちょっと2人以上は無理です!そ、それにその、山田さんもロクに食べれず疲れている事ですし……」

 

「あのね、リョウの金欠はいつも自業自得なの。どうせまた古着や楽器とかにつぎ込みまくったのは分かってるんだよ!佐伯君も絶対にリョウを甘やかしちゃダメだからね!」

 

 

……伊地知さんのごもっともすぎる怒りに返す言葉もない俺は、このままだとジャイアントスイングで山田さんを起こしそうな勢いの伊地知さんを宥めつつ、長椅子の前にしゃがみ込み声を掛けたのだが……

 

 

「ん……」

 

 

反応と言えば少し体を揺らすだけで目を覚ますまでには至らず……この賑わいの中よく寝れるなともはや感心しつつ、スイングされる未来が待ち受ける山田さんの為にも俺は……彼女の耳元に口を近づけ。

 

 

「―――山田さん、起きてください」

 

「!?」

 

 

そう囁くと、山田さんは目を覚ました。だがしかし、いつも無表情が多い彼女にしては珍しく目を大きく見開き、まるでタコのように顔を真っ赤に染め酷く動揺している様子であった……驚かせてしまっただろうか?

 

 

山田さんは耳に手を当てながら、ジッと俺の顔を見つめる事約1分……この謎の気まずさに耐え切れず俺の方から口を開こうとしたそのとき。

 

 

「……私、ちょっとドリンクの方行ってくる。先輩としてぼっちと郁代の2人が上手く仕事出来てるか確かめないと」

 

「え? ちょっと山田さん!」

 

 

上ずった声色といつになく早足で、何故か耳を押さえたまま行ってしまった……

 

 

「……怒らせちゃったかな」

 

 

……後で彼女に謝っておこう、そう思い俺は真正面に向き直ると……こちらを氷のような凍てつく瞳でジッと見つめくる伊地知さんの姿とちょうど目が合った。えっ。

 

 

「……佐伯君、自分のした事の重みをちゃんと分かってるのかな。男の子が女の子の耳元で囁くだなんてね、そんなのエッチのOKサインと実質同じなんだよ

 

「そ、その」

 

もしかして、佐伯君はふしだらさんなのかな?ダメだよそんな事したら女の子がビックリしちゃうんだからね。でもまあ……私だったら別に構わないんだけどさ

 

「いっ、伊地知さん……?」

 

 

普段俺が知っている感じとは正反対と言えよう、異様で底知れない闇のようなオーラを纏う伊地知さんだったが……俺が声を掛けると「―――佐伯君!そろそろライブ始まるよ!今日の出演バンドはどれも人気があって魅力的なグループばっかりだから楽しみなんだ、でもここからだと音しか聞こえないのはちょっとだけ残念だね。あはは!」と何事も無かったかのようにいつもの明るい彼女へ戻っていた。今のは俺の錯覚だったのだろうか……いやそうに違いない。俺も色々あってかなり疲れてたからな……

 

 

 

「……ホント、佐伯君は可愛いなぁ」

 

 

彼女の小さな呟きは、彼の耳に入る事なく消え去るのであった。

 

 

 

 

 

―――重低音のドラムに心臓の奥深くに直接響くようなギターサウンド、ファンの溢れ出る歓声。

 

 

「盛り上がってるね!流石人気バンド!」

 

「満員のライブハウスが醸し出す熱気って凄いですよね、ここにいてもそれが伝わってきます」

 

「えへへ、私はこの熱気が大好きなんだ」

 

 

心の底からの本音と言わんばかりの笑顔を浮かべる伊地知さん……俺と後藤さんの初バイトの日に彼女が言っていた事が脳裏に思い返される、『私ね、このライブハウスが好きなの―――』

 

 

ここはお姉さんである伊地知星歌さんが店長を務めており、ちなみに住まいもこの上のマンションらしいので伊地知さんにとってSTARRYは自分と密接に繋がり合う場所なのだろう。詳しい話は知らないけれど、彼女を見ていればそれぐらいは分かる……そんな事を思っている中、ふと伊地知さんが目を細め……そして優しさを感じさせる微笑みをこちらに向けてきた。

 

 

「佐伯君、私ね、今すっごく幸せなんだ―――オーディションも無事に合格してさ。そしてライブへ向けて新曲の制作にも取り組んで……一時はどうなるかと思ったけど……これもぼっちちゃんと佐伯君があのときバンドに入ってくれたおかげだね」

 

 

……後藤さんはともかく俺なんて、と口に出そうとして踏み止まった。数日前に喜多さんから言われた言葉、『佐伯君はもっと自分に自信を持っていいと思うの!』。前世と今世でも冴えない俺が正直そんな自信なんて持てる気がしないけれど、でも少しぐらいは―――

 

 

「……マネージャーとして、伊地知さんの言葉は凄く嬉しいです」

 

「……うん!」

 

 

肯定してあげてもいいのかもしれない……

 

 

「俺、後藤さんとの帰り道のとき……伊地知さんが自販機の前で話してくれた事。忘れてませんから、伊地知さんがバンドをやる理由……」

 

「え?そ、その話って」

 

「はい」

 

 

俺は伊地知さんの瞳を真っすぐに見つめ。

 

 

「俺には何の取り柄も無いし演奏だって出来ないですけど、でも結束バンドのマネージャーとして……伊地知さんの言っていた武道館ライブのその先にある本当の夢。絶対に一緒に叶えましょう、俺にとって伊地知さんは大切な存在(友達)なんです。だから―――幸せになってほしいんです!」

 

「ッ!????」

 

 

……彼の発言はバンドマネージャーとして「あなたの夢を叶えるサポートをします」という、100%純粋な好意からの言葉だった。だがしかし、ここは貞操観念逆転世界である。社会的に貴重で、常に守られるべき存在である『男の子』から『お前を幸せにする』という言葉を投げかけられる。それが持つ意味を咄嗟に考えた伊地知虹夏、そして彼女が辿り着いた結論とは―――

 

 

(そっか……これ、プロポーズなんだ……)

 

 

伊地知虹夏の脳内で、チャペルの鐘が鳴り響く。表面上は何とかいつもの明るい笑顔のままで偽れている彼女だが、その内心は完全にパニックを通り越し理性が吹き飛びかけていた。

 

 

「な、何か顔がめちゃくちゃ赤いですけど大丈夫ですか……?」

 

「あ、えっと……私……」

 

 

伊地知さんはまるで己の内側に潜む何かと必死に戦うようにプルプルと震えながら。

 

 

「リョウがまた居眠りしてないか確認したいから、ちょっとドリンクの方見てくるねっ!」

 

 

そう言い残し、山田さんと同様……いやそれ以上に上ずった声と早歩きどころかもはや走ってこの場から去ってしまった……そうか。随分と様子がおかしかったけど理由が分かったぞ。

 

 

「山田さんに対しての怒りで顔を赤くしたり、震えてたんだなぁ」

 

 

分かればまだ助かるのかもしれないが、彼は鈍感ボケ野郎なので察せるはずもなく順調に己の貞操の危機へと近づいているのだった―――




次回はリョウさん回です!
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