貞操観念ぎゃくてん・ざ・ろっく! 作:テト
「さ、最近色んな事を頑張ってこなしてきて、もしかしたら出来るんじゃないかと思ってたけどやっぱり陰キャコミュ障が通行人に声を掛けるとかよく考えなくても無理に決まってた……どうも、身の程知らずの勘違い自惚れ女です……」
後藤さんは自嘲するようにそう言うと、どこぞの初号機パイロットの如く体育座りで落ち込むように顔を俯かせてしまった……いやシンジ君は頑張ってるよ!マジであの環境でよくやってると思う!
おっとエ○ァ好きによる魂の叫びがつい漏れ出ちゃった……話を戻そう、金沢八景駅より徒歩数分程度の平潟湾に面する神社。その鳥居近くにて、後藤さんと……そして彼女と同様に俺もうなだれるように力無く座り込んでいた。金沢八景の駅前にてフライヤー配りををしようと決め実際に足を運んだ所、後藤さんはその場で自分が配る姿を想像して耐え切れず溶けてしまったのであった。そして何故俺もダメージを受けているかというと。
『ライブねぇ……バンドは嫌いじゃないけど、それよりもお姉さんは貴方とホテルで2人きりで夜のセッションをしたいわ♡』
『ガールズバンドって事は君マネージャー?女子達の中1人男の子って色々大変で苦労してるでしょ、良ければ私の部屋のベッドで君を癒してあげよっか?』
『フライヤァン♡』
後藤さんの為にと、俺は彼女の分のフライヤーも手に持ち全て配ってみせると固く決意し挑んだのだが……結果はまあ御察しの通りで声を掛ければ必ず狙われ、肝心のライブの話には誰も聞く耳を持ってくれなかった。後最後の人は論外すぎるでしょ、何だよフライヤァンって……そして俺達は完膚なきまでに敗北し今に至るというわけだ。
「ご、ごめんね淳くん、私のせいで……」
「後藤さんのせいじゃないよ、むしろ謝るべきなのは俺の方なんだからさ。力になるって言ったのに全然頼りになれなくてごめん……」
後藤さんがこういった事を最も苦手とするのは十分分かっていた、だからこそ俺が頑張ろうと思ってたのにこの有様だ……だがしかし、彼女はそんな俺の言葉を否定するように勢いよく首を横に振り。
「そそ、そんな事ない、淳くんはフライヤーを作ってくれたしそれに私と違って実際に声を掛けて配ってくれた……つ、つまり結果とかの話じゃなくて私は淳くんの気持ちが凄く嬉しかったよ……!」
「後藤さん……」
彼女はたどたどしくも、されど確かな意志の籠った力強い瞳を真っすぐにこちらへ向けてきた……大切な幼馴染であり親友の嘘偽りない言葉に、俺の雲がかった心が照らされ晴れやかな青空へと変わっていく。落ち込んで何もしないのではなくもう一度頑張ってみよう。
俺は笑みを浮かべながら、ありのままの感謝の気持ちを後藤さんへ―――
「ありがとう、俺、後藤さんに沢山……元気注がれちゃったよ」
「……お、犯したい……」
伝えるのであった……何かをボソッと呟いたように聞こえたけれど、まあただの気のせいだろう。
そして無事気力を取り戻し、俺はリベンジマッチだと言わんばかりに力強く立ち上がろうとしたそのとき。
「うぅ……」
「え」
「ひ、人が倒れ!?」
苦しそうにうめき声を上げながら、人がバタリと地面へ倒れるのをこの目で目撃し……あまりにも突然すぎる事態に頭が回らない。それに何より前世での己の最期を思い出してしまい、俺はその場で心身共に凍りついてしまったのだが。
「じゅ、淳くん!きき、救急車呼ばなきゃ……!」
「……そ、そうだね……」
後藤さんの声で何とか我に返り……だが番号を間違えてしまったらしく、117へ連絡し機会音声の時報が場に響き2人して額から汗を流しながら固まっていると。
「み、水ください……それと酔い止め、後しじみのお味噌汁……あっお粥も食べたい。介抱場所は天日干ししたばっかのふかふかのベッドの上で……」
「「…………」」
何だ、ただの酔っ払いか……いやまあ大事じゃなくて良かったんだけど……欲する物は後藤さんにすぐそばのコンビニで買ってきてもらい、俺はここで彼女の面倒を見る事となった。
「水ぅ、今すぐ水が飲みたい……」
「今俺の友達が買ってきますので、もうちょっとだけ待っててください」
「…………ん?」
倒れ伏す彼女を落ち着かせるように俺は地面に膝をついて優しく声を掛けていたのだが、ふと不思議に思ったように疑問の声を漏らしゆっくりと顔を上げ……ちょうど至近距離で目が合った。
「―――ぇ、男の子……?」
彼女は自分でも実感が無いような声色で俺の存在に目を見開き、その顔はみるみるうちに真っ青に染まっていってしまった。
「えっと……大丈夫ですか?」
「ひ、ひいっ!?」
彼女は大きな悲鳴を上げ……そして、青ざめた顔のまま気まずそうに俺から目を逸らしながら。
「―――あっ助けていただき誠にありがとうございます、この廣井きくり、一生御恩は忘れません。お礼は後日菓子折りでも持って行きますので……ってこんな奴の礼なんか貰っても迷惑ですよね、ははは……」
「い、いやそんな事は全然、迷惑だなんて」
「無理しなくていいんですよ、所詮私なんて酒が無ければ昔の日陰者なジメジメ時代に逆戻り。周りの女子達が男の子について熱く盛り上がる中、その輪にも入れず一人孤独に机に伏していましたから……」
「…………」
「……ってごめんなさい、機嫌損ねちゃいましたよね。私男の子と会話するのもういつ以来か分からなくて……いや別にまともに話した経験なんて一度もないんだけど……もう無理耐えられない早くお酒飲みたい……」
バンドメンバーであり正の感情溢れる陽キャ代表の喜多さんと対極と言わんばかりの負の感情に満ちたこの女性……廣井さんと言っていたか、俺は彼女を何も知らないが今のを見て一つ断言出来る事がある。それは彼女は紛れもなく俺や後藤さん側……つまり陰キャであるという事だ。
何と返していいか分からず、重々しい沈黙が数分間にも渡り場を包み込んでいると。
「か、買ってきました……」
手にビニール袋を持って後藤さんが戻ってきた、良かったぁ。
「お帰り、後藤さん!待ってたよ……!」
「つつ、妻の帰りを待つ夫、これ昼間にリビングでお母さんが見てたドラマであったやつだ。後藤淳……最高の響き……」
「?」
まるで人生の未来図を思い描くようにニヤケ顔を浮かべる彼女に首を傾げていると、廣井さんが「はっ、早く飲まなきゃ……!」と生死を分かつかの如く目にも止まらぬ速さで後藤さんの持つビニール袋からお酒であるおにころのデカい瓶を取るとそれを一気に飲み干し……
「―――助かった~!いやぁ、肝臓に染みる染みる。やっぱりお酒は最高だね!不安や辛さとか何やら全て消し飛ばしてくれるんだもん!」
「い、一気飲み!?」
「ホントにありがとね~」
「おお、お礼なんて」
「そうだ、名前なんていうの?」
「アッ後藤ひとりです……」
「へぇ~、可愛い名前」
先ほどまでが全て幻だと錯覚してしまうほどに普通にコミュニケーションを交わす彼女、後藤さんからすればただの酒飲みにしか見えないだろうけれど……『所詮私なんて酒が無ければ昔の日陰者なジメジメ時代に逆戻り』って死んだ瞳で語っていたから要は廣井さんにとってお酒とは自分を変える魔法のようなものなのだろう。まああまり良いとは言えないが……ともかく、方法はどうであれ元気を取り戻してくれて一安心だ。
倒れた姿を見た瞬間は自分の事を重ねてしまったのもあって、本当に心臓が止まるかと思ったから……
「―――廣井さん、何事もなくて良かったです」
「……うっ!?」
彼は純粋な想いから彼女へ向けて微笑みを浮かべ、そして声に反応し彼の方を向いた廣井きくりはピキッと固まってしまった。彼女はデジャブの如くまたもや顔を青ざめさせていき、その様はまるで酒という魔法が解けていくよう。
廣井きくり、彼女にとってお酒とは自己を強化する上で欠かせない武器である。だがしかし、それが。
「……お酒、抜けちゃった―――アッその私なんかを心配する必要全然ないですよ……」
通用しないとき、果たして彼女はどうなってしまうのか―――
大ピンチじゃないですか…
次回はきくりさん後編回です!