貞操観念ぎゃくてん・ざ・ろっく! 作:テト
「―――ほら、早くパチ代よこしなさいよ」
「……つい先週渡したばっかりだよ、もう……?」
「チッ……うっさいわねぇ、今月分の稼ぎ、もう入ってるんでしょ。私知ってるんだからっ!」
「や、やめて!?痛いよ!」
「だったらゴチャゴチャ言わずにさっさと金渡しなさい!」
「…………ごめん、流石に1回ストップ。これおままごとにしてはちょっと生々しすぎないかな……?」
「えー!?ここからが良い所だったのにー」
不満の声を上げるふたりちゃん、ここからが良い所とは……?
ツッコミを入れたい気持ちをグッと飲み込む俺であった……説明に移らせてもらうと、現在俺はふたりちゃんと後藤さんの部屋にて幼稚園児らしいキュート(???)なおままごとを行っている最中だ。だがしかし、そもそも俺が後藤家に居る理由というのも今日は後藤さん、そして喜多さんに伊地知さんと一緒に結束バンドのライブで着るTシャツのデザイン案を考える事になっているからだ……ちなみに山田さんはおばあちゃんが峠という理由で欠席している。本人からそれを聞いた俺は心配になり山田さんと親しい伊地知さんに「大丈夫なんですか!?」と尋ねた所、もはや慣れたと言わんばかりに「リョウのおばあちゃん、今年に入ってからもう10回は峠越えてるから」と呆れた様子で真相を話してくれた。いやそんな高頻度で峠越えを行うとかおばあさんは頭文字Dのキャラか何かで……相変わらずな山田さんは置いといて、俺が心配しているのは後藤さんである。
彼女は幼馴染以外を家に招くのが初めてな事から、浮かれに浮かれてしまったらしく部屋をパリピ風に装飾し、家の外には歓迎の横断幕が堂々と垂れ下がっている。どうやら夜の間に準備を行っていたそうで、俺も気づかずに止められず。先ほど「わ、私の最高にイケイケなお出迎えで2人をテンション爆上がり縦ノリさせながら連れてくるから待っててね……!」と言い残して、下へ降りて行ってしまい……今も光るサングラスを掛け玄関前で待機しているのだろう。手の込んだ下準備と後藤さんがあまりにも楽しそうにしているものだから、結局最後まで指摘する事が出来なかった。もう結果は見えているのに防げず親友として申し訳ない……そして彼女の言う通りに部屋で待っていると、突然5歳になるふたりちゃんが「あそぼ!」とやってきて、そのままおままごとに興じていたという訳だ。
「でもまあ、別にいっか―――それよりおにーちゃん!ふたりを抱っこして!」
「うん、いいよ」
「やったー!」
幼稚園児らしいと言うべきか、熱を上げていたのにサラリと切り替るとふたりちゃんは勢いよく俺の膝の上へと飛び乗ってきた。そして普段通り頭を撫でてあげると、彼女は気持ち良さそうに笑っている。
「えへへ……ふたり、おにーちゃんのナデナデ大好き。おにーちゃんはふたりの頭撫でるの好き?」
「もちろん好きだよ、髪はサラサラしてて気持ちいいし何よりふたりちゃんが喜んでくれるからね」
「……そうなんだぁ」
ふたりちゃんはとろけるような声色で呟き目を細めている、その様はまるで俺の言葉を心に刻みつけているように感じられて……まあ自分なんかに対してそんな感情を抱くわけないかと結論付けていたそのとき。
「……ねえ、今日はおにーちゃんのバンド仲間さんが遊びに来るんだよね?」
「正確には遊びにではないけどね、喜多郁代さんと伊地知虹夏さんって人なんだ」
「……そのおねーちゃん達は可愛いの?」
少し間を置いた後、こちらを覗き込むようにして尋ねてくるふたりちゃん。俺はそれに対し素直に。
「可愛いと思うよ、2人ともね」
そう答えたのだが……
「……ふ~ん、おにーちゃん、ふたり以外の女の子を褒めちゃうんだ……」
「えっ今何て」
「…………」
「?ふたりちゃん?」
こんな至近距離でありながら聞き取れないレベルの小声で何かをボソッと呟いたふたりちゃんは、表情から不機嫌さを表に全面に醸し出しながらそのまま黙り込んでしまった……一体どうしたのだろう―――いやそうか。さっきはケロッとしていたが、おままごとを中断した事をまだ怒っているに違いない。流石にあの内容を続行させたくはないけれど、悪い事しちゃったな……
俺はふたりちゃんを宥めるように、頭を……優しく、そして怒りを溶かすように撫でた。
「ぁ……」
「……怒ってるよね、ごめんね」
「う、ううん、そんな事ないよ……」
頬を赤らめながら体をモジモジと揺らすふたりちゃん。
「本当?俺の事許してくれるの?」
ふたりちゃんはコクリと小さく頷き、俺は顔をほころばせながら彼女に。
「―――ありがとう、ふたりちゃんは優しい子だね」
「……♡」
感謝の言葉を伝えるのであった……ふたりちゃんはただでさえ赤い顔を更にりんごのように真っ赤に染め、100%錯覚だろうがその瞳にはハートマークが宿っているように見える。そして彼女は手を伸ばし俺の頬にそっと触れると、膝の上という至近距離ながらにその顔をこちらに近づかせて……
「―――おにーちゃんが、悪いんだよ……?」
「ふ、ふたりちゃん……?」
ゆっくりと両者の影が重な―――
パァァァン!!!
「えっ!?」
……1階の玄関の方から、クラッカーを鳴らす音と「イ、イェーイ!ウッ、ウェルカーム!」と後藤さんの叫ぶ声がこちらに響き渡ってきた……どうやら喜多さんと伊地知さんが来たらしい。
「……あーあ、来ちゃった」
ふたりちゃんはぽつりと残念そうに呟くと、俺の膝からすとんと降りた。そして次の瞬間には、先ほどまで見せていたどこかじっとりとした雰囲気は幻かのようにいつもの5歳児らしい太陽のような明るい笑顔を咲かせている。
「じゃあジミヘン連れてくるね! ふたり、おねーちゃんたちにじこしょーかいしたいから!」
「あ……そ、そっか、俺も一緒に行こうか……?」
「ううん! おにーちゃんはお部屋で待ってて!」
ふたりちゃんは小さな体を弾ませるように、元気よく走って部屋から出て行った……一人静まり帰った部屋。俺は何故かどっと押し寄せてきた疲労感に思わずため息をつく―――あの瞬間、タイミングよく玄関でクラッカーが鳴り響いたことに命を救われたかのような底知れない安堵を抱いてしまっている自分がいる。あのとき、ふたりちゃんは一体俺に何をしようとしたのだろうか?
…………いや、そんな考える事でもないか。きっとクラッカーが無くとも何も起きなかったはずだ、俺は拭えない不安という感情に蓋をし心の奥底へ封印するのだった。
―――その頃、部屋を出て廊下を歩く後藤ふたりは思考を巡らせていた。
(本当ならあのままおにーちゃんにちゅーしたかったなぁ……でも、お楽しみはとっておくものだってふたり、前にテレビのドラマで見たからいいけどね!)
思い出すのは彼の大きな手のひらのぬくもり。
(幼稚園でもね、みんな男の人とイチャイチャしたいーっていっつも騒いでるんだ。ただ、みんなはあくまで望みってだけで実際にその人物はいない……でもふたりにはいるよ。しかも優しくて、お膝にも乗せてくれて、頭まで撫でてくれる……とびきりの人がいるんだもん)
この世界において男性という存在がどれほど貴重で、されど女性を拒絶して生きているか。5歳とはいえ、聡明な後藤ふたりはしっかりと理解していた。だからこそ、男であるにもかかわらずこんなにも無防備で愛を注いでくれる彼という存在。それが異常で、同時に……絶対に逃してはいけない獲物であるのも分かっている。
(ふたりがこんなに悪い子になっちゃったのは……おにーちゃんが、ふたりをたくさん可愛がりすぎたのが悪いんだよ。だから狂わせた責任はちゃんと取ってね―――おにーちゃん♡)
彼女は小さな手のひらで自分の火照った頬を包み込みながら、恍惚とした笑みを浮かべるのであった。