モブキャラばかりが増えていきます。
それはあまりにも自分を見失いそうになる、とても、恐ろしい行為なのだ。
「違うんです深見さん。言い訳になるかもしれませんがどうか聞いてください。昼休憩は確かに終わっているんですけどあれは仕方ないんです。だって仕事再開したらそこに松本副隊長が突然やってくるんですから!あっ、俺松本副隊長そんな得意じゃないんですよ。寧ろ苦手の部類で…。いやいやそれはそれは追っかけられましたよ。歩法だけはどうにも昔から苦手で、鬼ごとでもよく捕まることはあるんですけど、構われたくない一心で必死に逃げましたよ。まあ、元々午後はここに入り浸って仕事がありましたから良いんですけどね、運悪くというか体力切れてしまって昼寝をしてしまったわけで…」
聞いてもいないことをペラペラと。言い訳の様な内容なのだが本当に申し訳なさそうに言うもので、どこかその言い訳が可哀相に聞こえてくる。
そういえば最近よく若月さんは松本副隊長から逃げていると噂には聞いていた。といってもここ一週間の話だ。
それにしても、と深見は驚かされた。
初対面、というよりは初めて自分が若月を目にした時はあの一瞬だけであったし、話に聞く若月隊士は仕事の出来る平隊士にしておくには勿体なさすぎる平隊士であったからだ。実際はどうだか知らないが、聞けば十一番隊時代は隊へ回ってくる書類を全て管理し処理、期限内提出を怠ったことは一度もないだとか信憑性のない話だ。所詮噂は噂ということか。
目の前であまり宜しくない顔色をして近くに散らばっている書類をまとめる姿は何処か頼りな下げ。
深見は以前自分の班で行われた話で話題に上がった事を聞いてみることにした。
「あの若月さん!」
「はい、何ですか?」
「失礼かもしれませんが、若月さんって女性ですか?男性ですか?」
聞けば普段も今までも半開きがちだった瞼が持ち上がり結構大きな赤目が全貌を見せる。しかしそれも一瞬で、どこか諦めたようなため息と共にまた姿を隠した。
「因みに深見さんはどちらだと?」
「はい!僕自身は男性かと思ってます!」
「成程深見さん。貴方は見た目の通りはっきりまっすぐ物を言うんですね。大丈夫です気にしてません、よく皆さん周りはそうして間違ってくれますから。」
「じゃあ若月さんは女性なんですね」
「えぇ、一応は」
若月を仕事の出来る小さな男の子として捉えていた自分の班の班長へと手を合わせる。ごめんなさい残念です三条さん。若月さんは女性なんでこの恋は終わりですね。
彼の中で三条の恋は終わりを迎えた。
十一番隊から十番隊への移動・入隊をしてから早いもので四ヶ月ほどが経とうとしていた。
期待の新人なんて褒め言葉として影で言われる度に若月は否定したくなる。
そしてその度、元十一番隊隊士若月の脳裏を行くのは十一番隊副隊長草鹿やちるの姿だ。
本人に直接言えば絶対に移動を許さないだろうという理由から、草鹿がいつもと変わらず十一番隊隊長更木剣八の肩に引っ付き虚の討伐任務に出かけた時期を見計らいでっち上げた移籍書類で十番隊へ若月は移動になったのだ、弱一名の刺青の特徴的な部下の内通により。
移動当初は帰ってきた草鹿が癇癪を起こさないかと世話係り・教育係りをしていた若月は心配したものだが、いざ草鹿が帰ってこれば謝ろうとすれば思いもよらない計三発の容赦のない攻撃。話を何も聞いてくれない挙句結果としては馬鹿と罵られた若月に戻る気は欠片もなかった。
周りからは新人と言われ扱われているが、実際の所若月はもっと昔からちょくちょく十番隊に忍び込み仕事を手伝っていたので新人扱いされても困るだけなのだ。
後いい加減必要以上に勝手に距離感置いて接して欲しくない。
「じゃあ、その堅っ苦しい喋り方止めてみたらどうかな?」
資料室で奇妙な出会いを果たし、若干仲良くなった深見から言われた言葉を若月は噛み締め思う。
堅苦しくない以外の自分の喋り方とはどんなものかを…。
「あれ若月さんここにいたの?」
未だ資料室にいた若月は掛けられた声に振り返る。
同執務室で働く同僚の女性だ。
堅苦しくない喋り方、堅苦しくない喋り方と頭の片隅に起き、若月は口を開く。
「あぁ、楠木か」
自分の横を通過する楠木の足がピタッと止まる。
「えっ?」
「何か探し物か?良かったら手伝いけど」
参考は勿論一番身近な日番谷。
自分を揶揄い遊ぶ挑発的な態度ではなく、雛森に接するそれに近いもの。
「どっ、どっ、どうしよう!!」
つい十五分前。急ぎだからという理由で、よく資料室に探させに行く事の多い班員の楠木に必要書類を持ってくる仕事を頼んだ熊井はどうしたものかと頭を抱えた。
先刻、第三十班の新人深見に資料室で会った事を思い出す。頼んだ資料はキチンと届けてくれたのだが、何かあったのだろうか。
八番隊へ異動希望のある彼女、楠木隊士はどこか挙動不審だ。
「落ち着いてよ楠木。どうかしたの?」
彼女と一番仲の良い同僚が声を掛ける。
「あのね、あのねっ!今さっき資料室で若月さんに会ったんだけどっ、いつもみたいな口調じゃなくって柔らかかったっていうか、優しかったっていうか、手貸してもらっちゃったの!!」
さほど珍しくはなかろうに。
熊井はそんな事かとどうでも良さげに、とりあえず楠が持つ頼んでおいた書類を受け取ろうと近寄った時だった。
「何それ!!羨ましい!!」
「羨ましい?!」
思わず口にして聞き返してしまった。
届いたのかこちらも驚き、そちらも驚き顔で暫く二対一で見つめ合う。
「羨ましいのか、それは?」
「あったりまえじゃないですか!!若月さんですよ!あの若月さん!」
どの若月だ、どの!
入隊直後からその周りを寄せ付けない空気と仕事の出来。また固い口調と異例の降格から勝手な憶測噂は絶えない若月だが一体彼女らは何の話をしているのか。熊井は頭を抱えるしか残された道はない。
「呑みに行きません若月さん!」
背はそこそこ高め。真っ直ぐな黒髪に大きな穢れのない瞳の彼は実に正直で愚直そうな印象だ。人がいいことは見て分かる。じゃなきゃ今日の今日こんなに早くきっかけをぶら下げてやって来はしないだろう。気を利かせている点は、同隊のみならず見覚えのない顔もチラチラ混ざっているところか。
「そちらの方々は?」
「僕の同期の奴らです!他にも数人いるんですけど場所取りでこっち来てないんですよ!良かったら若月さんも来ませんか?」
そんな無邪気な目で見られれば断れるものも断れないではないか。
行きたいには行きたいのだが、問題は今夜の夕飯だ。
日番谷に何と説明するか。そう考えていると若月の伝令神機に連絡が入る。
【今夜松本たちと呑んでくるから夕飯はいらない。
日番谷】
何ともまあ都合のよろしいことで。
「てか今日って絶好の花見日和なんですよ!ね、若月さん行きましょうよ!」
これはもう行くしかないだろう。
「隊長ぉ、聞いてくださいよぉお!ま~た私ってば若月に逃げられちゃったんですぅぅ!」
頬を真っ赤に染め上げた松本は上司である日番谷の首に腕を回し、ベタベタと触れながらそのまま泣き崩れる。もう反対の手にはしかとお酒の入った瓢を抱えているのだから松本の酒への執念が伺われる。恐ろしい限りだ。
振り払うのも面倒なのか自分の近くに並べられた皿からまともに腹の膨れそうな夕飯になるものを摘む日番谷は心ここに在らずといった所か。
見つめる先はどこか遠く。別の何かに意識だけ向いている様な。
「ちょっと乱菊さん、そんなにくっついていたら日番谷隊長が潰れてしまいます、物理的に。」
「何よぉ、ウチの隊長は私一人なんかじゃビクともしない立派な隊長なんだからね!何だったら七緒、アンタも寄っかかってみちゃう?ほらほら~!」
「ちょっ、止めてくださいっ!!」
今度は一緒に飲みに来ていた八番隊副隊長―伊勢七緒へ絡み出す松本はもう何がいいたいのやら始終死滅状態だ。日番谷から離れたことで彼が潰される心配はなくなったのだが、今度は伊勢が潰される可能性が出てきてしまった。酒的に、間接的に。
「どうかしたんですか日番谷隊長?っていうかちゃんと聞こえてます?」
入れ違う様に松本の代わりに隣へそっと腰を下ろしたのは十一番隊第五席の綾瀬川弓親だった。
ああ、なんて返事をする気の無い返事に話しかけても意味はないと。綾瀬川は日番谷の視線の先を自分も目を向けることにした。
結構視力には自信のある彼は暫くして日番谷の意識を持っていく存在に気付いた。
「あぁ、若月ですねあそこにいるの」
「そうだな」
それにはちゃんと反応を返すのかと、無意識で応えてくる日番谷に綾瀬川は感心した。
いや、綾瀬川は昔から若月に関することでは日番谷に感心しすぎだった。
彼女が自分のいる隊でつい最近まで四席をしていたわけだが、それ以前、日番谷が只の十番隊隊士だった頃から彼は事ある毎に時間を見つけては直々と若月の様子を見る為だけに十一番隊へ訪れ、帰っていっての繰り返しだった。それは五年以上、自分の見ている限りで毎日続いたのだ。副隊長に気に入られ世話・教育係りとして忙しいからこそ声は掛けず、ただ本当に見に来るだけなのだからどうにも出来ない話だ。
この間の件もそうだが、と思い出すのは四ヶ月前の案件。
隊長副隊長のいない期間を狙って勝手な十一番隊から十番隊への異動許可申請の書類の偽装。確定期間の確保。他への根回し、承認の獲得。よくやる話だ。
面白そうだからという理由で止めるわけもなくただ見ていた自分に彼に文句を言う資格はないのだが、本当に若月に対する日番谷の執念と関心は凄まじいものなのだ。
それが今現在、これはどうなのだろう。
「偶にはああして自由にさせるのも必要かと思ってな」
「初めまして!自分三番隊に新しく入りました松山新一言います!以後お見知りおきを!!」
「ばっかお前…んなの言ったらここにいる奴ら皆新しく入りましただろ。よっ!新人!」
「皆さん飲み過ぎ注意ですよぉ~。明日は別に休みじゃありませんからね~」
「そういうアンタが一番先に酔ってるじゃないの!ほらこっち来て!危なっかしいわね!」
「直ちゃんの膝枕ってぇ!茜ちゃん羨まっ!ウチも!ウチも直ちゃんの膝枕ぁ!」
「どうも若月さん!ウチの深見がお世話になってって…ほら本人ここ座る!!」
「出ました深見オカンのきったざわさーん!!」
「随分と個性的な人達だな…」
「エヘヘへ、楽しいですよ結構」
桜の木の下。大きく広げられた風呂敷の上にどこかで買ってきたであろう料理と安い酒を用意して盛り上げる宴会というよりは小宴会。
移動中、何人か先に紹介を受けた時点でも皆個性豊かで楽しげな面子だとは思っていたが、彼の言う全員は揃えばそれだけで大所帯だった。彼を含めた九人はぶっちゃけ皆が皆ばらけた隊に所属していた。
三番隊に所属していると言う彼はあまり戦闘向けではなく、雑務が得意だとか。元々他隊に比べれば討伐任務よりも書類作業の多い三番隊といえば三番隊向けだろう。
彼の続いて声を上げた人は五番隊。
甲斐甲斐しく先に落ちた女性を開放する彼女は六番隊で戦闘員向き。介抱される側の彼女は四番隊だという。二人に絡む京都弁の女性は十三番隊。深見に構う彼は自分と同じ十番隊。そんな彼を呼んだ男性は二番隊だそうだ。
入隊試験合格時期はどれも違うそうだが、それでも院生時代の付き合いは長くここまで続いているのだそうだ。
因みに一番遅く入隊試験が受かり、護廷十三隊に所属したのは深見だそうだ。
こういうのを友達というのなら、自分ももっと友達というものを作っておけば良かったと一人後悔する。
彼を失って以降今日までずっと必要以上に深く関わるのは後で辛い想いをするだけだと思っていた。
怖かったのだ、あんな想いをまた味わうことが。
「ただいま」
日はまだ越えていない。
本当は超えてからの桜の木の根元だけのライトアップが一番綺麗だから残ってみようと誘われたが、明日も早いからと言って断った。
冷たい戸口を静かに開けると、既に玄関には草履が一組綺麗に並べられていた。
腰掛け、自分も草履を脱ぐ。戸締りの確認をし、冷えきった廊下をそっと行く。
自分だけの空間が欲しいと我儘を言って用意されたたった二畳の物置にしか使えないスペースに入り、着ていた死覇装を脱ぐ。壁に埋め込まれた箪笥から替えに少し厚手の肌着を出し羽織る。脱いだ死覇装と、持って帰ってきた弁当の入った巾着袋を腕に抱えそこを出る。台所へ向かい空の弁当箱を水に付ける。
直結している服の洗い場の籠へ死覇装を入れる。
置かれた桶に蛇口から水滴が落ちる音を聞く度に、先程まで一緒に騒いで盛り上がっていた自分が遠い存在に感じる。
何を今更そんなことで楽しいというのか、子供じゃあるまし。
「馬鹿馬鹿しい」
そうだ、馬鹿馬鹿しいじゃないかそんな事。今になって望んだってどうになりはしないんだから。
「今までと同じでいいじゃないか」
投げられた声に振り向く必要はない。
滑り込んでくる指を受け入れ絡めとる。
雁字搦めに取り込めてしまえれば何も気にすることはない。
「シロウ君」
「おかえり。遅かったな」
「うん…ただいま」
答えは今日も見つからないまま
また明日
それはあまりにも苦行だ。
自分には向いていないと気付いたのは、遅くはない三回目の時。
しかし彼はそれを止めたりはしなかった。
何と不器用な人。
それ以外術を知らないかのように彼はそれを求めた。
そうすることでしかつなぎ止める事が出来ないのだと言うように。
それは母親へ縋り付く赤子の様に酷使していた。
「好きになんてなれるわけないのに」
「そこに愛はありはしないのに」
三話の後半から戦闘シーンを入れれればと考えています。もう少しお待ちを