空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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二次創作・オリ主・能力借用・ダーク描写があります


「神野」

 

第一話「神野」

その夜、悪の根源が、消えた。 斬られたのでも、倒されたのでもなく。 ——最初から、無かったかのように。 そしてそれを成したのは、十にも満たぬ、一人の子供だった。

 その夜のことを、八木俊典は、生涯忘れないだろうと思った。

 

 神野区。爆豪勝己が囚われたヴィラン連合の牙城を、ヒーローたちはついに突き止めた。包囲は完璧だった。住宅街の夜を引き裂いて降り立った精鋭たちの先頭で、オールマイトは、久方ぶりに、宿敵の気配を間近に感じていた。

 オール・フォー・ワン。生涯をかけて対峙してきた、悪の根源。今夜、決着をつける。彼は、そのつもりでいた。

 戦闘は、すぐに始まった。閑静だった街が、一瞬で戦場と化した。

 その混戦の中に、オールマイトは、奇妙なものを見た。

 白い髪の、子供だった。

 十歳にも、満たないだろう。その子供が、戦場の中心に、ぽつんと立っていた。怯えもせず、昂りもせず。まるで、放課後の教室に居残っているような、退屈そうな顔で。

 そして、その子供の周りでだけ、戦いの理が、狂っていた。

 ヒーローの攻撃が、届かない。当たっているはずなのに、傷一つつかない。拳も、刃も、その子供の肌の上で、滑るか、止まるかした。逆に、子供が無造作に手を振ると——触れられた敵が、消えた。

 斬られたのでも、吹き飛ばされたのでもない。オールマイトの目には、こう映った。そこに在ったはずのものが、欠け落ちて、「最初から無かった」ことになる。だるま落としのように。

 化け物だ、と、ヒーローの誰かが呟いた。

 いや、と、オールマイトは思った。あれは——子供だ。

 その違和感の正体を、彼が掴む前に。戦況が、動いた。

 追い詰められていたのは、AFOのほうだった。包囲は厚く、オールマイトの猛攻が、その肉体を確実に削っていた。かつての全盛には、もう、ほど遠い。

 そのときだった。

 AFOが、戦場の後方へ、手を伸ばした。

 オールマイトは、初めて気づいた。そこに、もう一人、子供がいたことに。黒髪の、小さな少女。戦いから離れた場所で、息を潜めるようにしていた、その子を。

 AFOの手が、少女の腕を掴んだ。引き寄せ、白い髪の子供から見える位置に、盾のように突き出す。そして、何ごとかを、叫んだ。喧騒に紛れて、その言葉までは、聞き取れなかった。脅しているのだ、と、それだけは分かった。子供を、人質に取って。

 ——卑劣な、と、オールマイトの中で、怒りが湧いた、その瞬間。

 世界が、止まった気がした。

 白い髪の子供が、こちらを——いや、AFOを、見た。

 その顔から、退屈そうな色が、消えていた。代わりにそこにあったのは、何だったか。オールマイトには、うまく名づけられなかった。怒りではない。憎しみでもない。もっと、静かな、何か。長い計算の、最後の答えに辿り着いたような。

 子供の唇が、動いた。

 戦場の喧騒の中で、その声は、オールマイトのところまでは、届かなかった。短く、何かを言ったように見えた。AFOに向かって。問い質すような、あるいは、宣告するような。

 その言葉が何だったのか、オールマイトは、ついに知ることはなかった。

 ただ、その一言を聞いた瞬間、AFOの顔から、血の気が引いたことだけは、はっきりと見えた。

 次の瞬間、子供の姿が、掻き消えた。

 誰も、目で追えなかった。オールマイトですら。気づいたときには、子供はもう、AFOの傍にいた。少女を掴む、その腕の、すぐ脇に。

 白い指が、触れる。

 ——AFOの腕が、消えた。

 少女が、解き放たれる。子供は、空いた手で、そっと少女を自分の後ろへ回した。乱暴ではなく、ただ確実に。戦場の真ん中で、その所作だけが、ひどく静かで、優しかった。

 それから、子供は、淡々と作業を続けた。

 AFOの脚が、消えた。残った腕が、消えた。世界で最も多くの個性を束ねた男が、為す術もなく、地に転がった。

 AFOが、何かを口にしていた。命乞いか、誘惑か。掠れた声で、必死に。

 子供は、答えなかった。あるいはごく短く何かを返した。けれどその横顔には勝利の悦びも、復讐の昂りも、憎しみすらも、浮かんでいなかった。

 蠅を払うときと何一つ変わらぬ顔だった。

 そして、子供が最後に手を伸ばす。

 オール・フォー・ワンの首は、撥ねられた

 絶望を顔に貼り付けたまま。生涯をかけてオールマイトが追ってきた、悪の根源が。たった一人の子供の手で、人形のように。

 戦場が、凍りついた。

 誰も、動けなかった。ヒーローはたった今、目にしたものの意味を、脳が処理しきれずに。

 オールマイトは、立ち尽くしていた。

 勝ったとは思えなかった。安堵も湧かなかった。彼の胸を満たしたのは、恐怖と——そして、深い痛みだった。

「……子供じゃないか...」

 掠れた声で彼は呟いた。

 十にも満たぬあの手が。世界を変えた。利用されて兵器にされて。そして、あんなにも空っぽな目で。オールマイトは悟った。あれは倒すべき敵ではない。救うべき子供だ。なのに——今の自分には、あの子に触れることすらできなかった。守ってやれなかった。何一つ。

 子供は、もう、戦場に興味を失っていた。

 彼は、ただ、振り返った。背後の黒髪の少女を。その無事だけを確かめるように。何か短い言葉を交わす、少女が小さく頷く。それを見て、子供の張り詰めていた何かが、ほんの少しだけ緩んだように見えた。

 オールマイトは、その光景から、目を離せなかった。

 なぜだ、と思った。

 世界を変えたばかりの子供が。最強の悪を消したばかりの手で。勝利にも自分が成したことの大きさにも一切目を向けず。ただ、たった一人の少女の無事だけを、確かめている。あの子にとってはそれがすべてだとでもいうように。

 そこに、何かがある。

 オールマイトにはそれが何なのか、まだ分からなかった。あの子はただ利用された被害者なのか。それともこれから世界を脅かす新たな災厄なのか。——そのどちらの枠にも、あの光景は収まりきらなかった。

 二人の子供は誰にも止められぬまま、神野の夜の中へと走り去っていった。白い髪の少年が、黒髪の少女の手を引いて。

 止めることも、救うこともできなかった。オールマイトは、ただその小さな背中を見送った。そして、祈った。いつかあの子を救える日が来ることを。利用され、兵器にされ、それでも——たった一人のために、世界を変えてしまったあの子を。

 悪の根源が消えた夜は、ヒーローにとって、勝利の夜には、ならなかった。

 それは、一つの終わりであり。同時に、もっと長い、何かの、始まりだった。

 オールマイトは、まだ知らない。

 あの子が、なぜAFOを消したのか。その本当の理由を。

 あの夜子供が口にした、聞き取れなかった一言の意味を彼が知るのは——ずっと、後のことになる。

 




次話より、ここに至るまでの物語を描いていきます
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