空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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後継者編
第10話「勿論さ」


 

後継者編・第一話「勿論さ」

 

帝王は空っぽの器を見つけた。何でも注げると喜んだ。 ——だが、注いだものはすべてこぼれ落ちた。 ただ一つ、こぼれずに残ったものが、 やがて彼自身を消すことになる。

 

 報告は断片的に上がってきた。

 夏祭りの夜に町外れで起きた原因不明の災害。多数の意識不明者。焼け落ちた山の一画。だが死者はなく、目撃証言は要領を得ない、闇が広がっただの巨大な騎士が立っていただの、夜が明けたら何もかも元通りだっただの

——常人には、悪い夢としか思えぬ話の数々。

 

 私はその断片を繋ぎ合わせて、すぐに事の本質を見抜いた。

 

 あの少女の力だと八体の災害級の式神。その最強の一体が、御し手を失って暴れたのだろう。国を二日で滅ぼす災害が、ただの夏祭りの夜に、解き放たれかけた。

 だが、止まった。

 

 誰が止めた。ヒーローではない。あの規模の災害を、一夜で被害を最小に抑えて鎮められる者など、この国のヒーローにはいない。

 止めたのはもう一人の器だ。

 

 私は確信した。あの白い少年が最強の夜の王の前に立ち、それを退けた。世界を断つ刃も終末の業火も、彼の絶対不変には届かなかったのだろう。そして——ここが肝心だ——彼はその不変を、長く保ち続けたはずなのだ。

 

 「不壊」の、あの致命的な欠点。発動中術者自身の心臓も止まる。数秒で死ぬ。あの少年が、災害を鎮めるほど長く不変を保ち、なお生きているということは。

 眠っていた二つめの力が、目を覚ましたということだ。

 

 「寄心」心から信ずる一人に、予備の心臓を宿す力。それがついに発動した。

 

 私は思わず書類を取り落としそうになった。

 据えられぬと思っていた。あれだけは私の手で仕込めぬ部品だと。信頼など命じて作れるものではない。

だから私は場所だけを用意して、あとは待つしかなかった。育つかどうかもわからぬまま。

 

 それが——成った。

 

 二つの欠落は、私が手を下すまでもなく、ひとりでに噛み合った。少女の暴走は少年の存在で鎮まり、少年の止まる心臓は少女の裡で灯り続ける。互いが互いの器となり、欠点が根こそぎ塞がれた。

 完璧な兵器が、完成した。

 

 いや——完璧な、宝物が。

 

 気づけば、私の口の端は吊り上がっていた。普段、何ものにも動かぬこの心が、確かに震えていた。

 

「……素晴らしい」

 

 蕩けるような声が、ひとりでに漏れた。

 私は長く生きすぎてたいていのものに飽いていた。美も、富も、力も、人の死すら、私の心を一片も動かさない。だがこれは違う。

 

二つの欠陥品が寸分の隙もなく噛み合い一つの完成された存在になる——その図式の、なんと美しいことか。しかもその最後の一片を、私自身ではなく二人の子供が、勝手に、自力で嵌めてみせた。傑作が、私の想像の上を行った。

 

 手元に最強の盾がある。最強の矛がある。そして、二つを永遠に繋ぎとめる絆という名の楔が、すでに打ち込まれている。

あの少年はもうあの少女なしには生きられない。あの少女ももうあの少年なしには己を御せない。互いが互いの命綱。引き離せぬ、一対の宝。

 

 これを、どう扱おう。

 

 乱暴に使い潰すなど、もってのほかだ。弔のような出来損ないとは、わけが違う。丁寧に、大切に、育て上げねばならない。

 私は笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。

 

「迎えに行こう」

 誰にともなく囁いた。

「大切に、大切に育てよう。——私の、大事な大事な宝物を」

 

 恍惚の笑みのまま、私は自らの墓穴を“宝物”と呼び、その縁を愛おしげに撫でていた。あの少年の絶対不変が、いつか私の喉笛に届くことも。

あの少女が、その引き金になることも。何一つ見えてはいないまま。

 

 そして、その日が来た。

 孤児院の空気が変わった。職員たちは息を潜めていた。誰も廊下を歩かない。誰も声を上げない。まるで、神が降りるのを待つように。あるいは、災厄が通り過ぎるのを。

 

 私が自ら足を運ぶことはない。世界のほうが私のもとへ運ばれてくるものだったから。手駒が、玉が、糧が。私が出向く必要など、どこにもなかった。

 ただ一つ、本物の玉を、この手で迎えたいときを除いて。

 

 応接の間に二人の子供がいた。

 

 白い髪の男の子。赤い瞳は、私を見ても揺れなかった。恐れもなく、媚びもなくただ空っぽの水面のように、静かにそこにあった。

 

 その隣に少女。男の子の袖を小さな指でつまんでいた。私を見る目には剥き出しの警戒。鋭く刺すような拒絶。気の強い子だと私は思った。それでいい。気骨のない道具に用はない。

 

 私は膝を折った。子供の目線に合わせるように。慈愛に満ちた所作で。

「初めまして」

 

 声は甘く、温かかった。

 

「私はね、君たちのような子を探していたんだ。——こんな所は、君たちにはふさわしくない」

 

 私はゆっくりと約束を並べた。何不自由のない暮らしを約束しよう。寒さも、ひもじい思いも、二度と知らなくていい。望むものは何でも与えよう。学びも、力も、世界そのものも。今のこの暮らしより、ずっとずっといい場所だと。

 

「シュンカ」

 私はその名を愛おしげに呼んだ。

「私の、後継者になりなさい」

 

 それは、世界を相続させるという申し出だった。並の人間なら、足元が崩れるほどの。膝をつき、涙を流し、生涯を捧げると誓うほどの。

 

 少女の指が男の子の袖を強く握った。行っちゃだめ、とでも言うように。この私の底にあるものを、本能で嗅ぎ取ったのかもしれない。彼女はただ、私を怖いと感じていた。理由はわからぬまま、近づいてはいけないものだと肌で告げられて。

 

 けれど。 

 

 シュンカは、その壮大な約束のどれにも、心を動かさなかった。

 世界も、力も、何不自由ない暮らしも。彼の中のどこにも引っかからなかった。空の器に黄金を注いでも、ただこぼれ落ちていくだけだった。私の言葉は、彼の表面を滑り、消えた。

 ただ、少年はゆっくりと口を開いた。幼い、平坦な、何の駆け引きもない声で。

 

「そこなら」

 

 袖を握る小さな指を見ないまま。

 

「ミカと、ずっと一緒にいられる?」

 

 応接の間が静まった。

 世界を約束された子供が、世界に何の興味も示さず、たった一つ、隣にいる少女のことだけを訊いた。

 

 私の内側で、何かが満ちた。喜びに近いもの。

 これほど扱いやすい器があるだろうか。野心も欲もない。動くのはただ一点、あの少女。鎖はもう目の前にある。ただ引けばいい。それだけで、この器はどこへでも従いてくる。

 

 無欲とはなんと都合のいい性質か。弔のように、憎しみや渇望で膨れた器は、染めるのに苦労する。だがこの少年は競い合う意志がない。

何の色にも染まっていない。ならば、私の色に染め上げるのも思いのまま。空の器ほど注ぐのにふさわしいものはない。

 

 私は微笑んだ。慈父のように。

 

「勿論さ」

 

 軽く。何の重みもなく。私にとってそれは、何の対価も伴わぬ、ただの「はい」だった。タダで配れる、安い約束。

 少女がようやく男の子を見上げた。男の子は彼女を見返さなかった。けれど、握られた袖を振り払いもしなかった。

 シュンカは、私に向かって小さく頷いた。

 

「わかった」

 

 それだけ。条件は満たされた。彼にとって、世界の相続も、後継者の冠も、どうでもよかった。ミカと、ずっと一緒にいられる。私がそう言った。ならば、それでいい。

 

 私は二人を伴って、優しい西日の差す廊下を抜けていった。完璧な取引だった、と思いながら。無欲な最強の器と、それを繋ぐ一本の鎖。後継者を育てる条件は、すべて揃った。

 

 知らなかった。

 たった今口にした「勿論さ」が——三年後、自らの終わりを告げる、最初の一文字であることを。

 

 その約束を破った日。空っぽの器は、恨みも昂りもなく、ただ約束が違うというだけの理由で、私を消す。

 廊下に、子供たちの小さな足音が、二つ続いていた。

 






「不壊」
シュンカの、個性。時間を止め、あらゆる干渉を拒む力。
 この力に包まれたものは、世界から切り離される。劣化も、損傷も、摩擦も、空気抵抗も、外界のすべてが届かなくなる。時間が止まっているのだから、壊れようがない。その絶対不変を、彼は二つの形で使い分けた。

 一つは、静止。己の身を固定すれば、刃も炎も爆発も、触れた瞬間になかったことにされる、何ものにも壊れぬ盾となる。空気を、砂をその一片を不変に固めれば、物理の法則から外れて決して砕けず、投げれば、あらゆるものを貫く矛となる。止めた空気を解き放てば、音すら置き去りにする真空の刃と化す。

 もう一つは、移動。壊れぬ身のまま、空間の干渉からも切り離して動けば、空気抵抗も摩擦も、彼を捉えられない。傷一つ負わぬまま、誰の目にも留まらぬ速さで、夜を貫く。

 止まれば、何ものにも壊れぬ盾。動けば、誰にも追えぬ影。どちらであろうと
彼に触れることは、世界に許されていなかった。
 ただし、己の身に使えば、その不変は、彼自身の心臓にも及ぶ。発動しているあいだ、鼓動も止まる。長く保てば、解除しても、二度と動き出さない。無敵と引き換えに、自らの死を抱える。それが、不壊の、ただ一つの欠点だった。

「寄心」
シュンカの、二つめの能力。心から信頼するただ一人の裡に、もう一つの心臓を宿す力。
 その者が生きているかぎり、シュンカの止まった心臓は、その者の中で、代わりに脈打ち続ける。だから彼は、不壊で己の心臓を止めても、死なない。一つめの能力の致命的な欠点を、二つめの能力が、静かに塞ぐ。

 けれど、この力は、命じても、金を積んでも、脅しても、決して宿らない。ただ「心から信じる」という、たった一つの条件でしか、発動しない。誰も信じられぬ者には、永遠に目を覚まさない。

 そして、その心臓は、彼から半径三キロの内にいるあいだしか、保たない。離れれば、灯は消える。だから二人は、どれだけ世界を敵に回しても、決して三キロより遠くへは、離れられなかった。それは、二人を繋ぐ絆の証であり——同時に、たった一つの、ほどけぬ鎖でもあった。

2話でも記載致しましたが
Re:ゼロから始める異世界生活様のキャラクター 大罪司教レグルス・コルニアスの
「獅子の心臓」「小さな王」を大きく参考にさせていただいております。
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