夜明け編 第28話「もう一度の約束」
その約束は、忘れられていた。
——忘れられるほど、当たり前に守られ続けていた。
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季節が巡っていた。
あの決戦から幾月か。新宿は少しずつその姿を取り戻していた。真新しいビルが建ち道が舗装され、街路樹が植え直される。破壊の爪痕はまだ残るけれど。
それでも街は、確かに息を吹き返しつつあった。
その復興した街の一角を。シュンカとミカは二人で歩いていた。
もう車椅子は要らなかった。ミカの傷は癒えていた。肩に、小さな痕を残して。
二人はただ並んで歩いていた。手を繋いでかつてのように。いやかつてよりもずっと穏やかに。
ふと、ミカが足を止めた。
真新しい小さな公園。そのベンチの前で。彼女は何かを思い出したように、目を細めた。
「……ねえ、シュンカ」
「ん?」
「覚えてる?」ミカは悪戯っぽく、けれどどこか切なげに微笑んだ。
「七つの時の約束」
シュンカはきょとんとした。
「……約束?」
「もう」ミカは頬を膨らませた。「忘れちゃったの? ひどい」
シュンカは記憶を探った。七つの時。まだ孤児院にいた頃に誰にも必要とされず。二人で身を寄せ合って生きていた、あの頃。
——けれどその"約束"が何だったのか。彼には思い出せなかった。
「……ごめん。忘れちゃった」彼は正直に言った。少ししょんぼりと。
ミカはその顔を見てふっと笑った。怒ってはいなかった。
「あのね」彼女は静かに語り始めた。
「あの頃。私はひとりぼっちだった。個性がこんなだから。
誰も私に近づかなかった。……あなたは、世界の全部に興味がないみたいな顔してた」
シュンカは黙って聞いていた。
「でも私にだけは違った。あなたは私の傍にいてくれた。……シュンカ言ったの」ミカの瞳が潤む。
「『ずっと、一緒にいてあげる』って。独りにならないように。ずっとそばにいるって。——それが七つの時の約束」
ずっと一緒にいてあげる。
その言葉が。シュンカの記憶の奥深くで。静かに蘇った。
「……ああ」彼は呟いた。「そうだった」
思い出したあの日。僕がナメレスを倒した後に手を握って。まっすぐな目で
そう言ったことを。「ずっと一緒にいてあげる」と。
彼が忘れていたのは。約束を軽んじていたからではなかった。むしろ逆だった。
その約束はあまりにも当たり前に。彼の存在の根っこに溶け込んでいた。
息をして心臓が動くように。
——意識すらしないほど。だから言葉としては忘れていた。
けれど彼はずっとそれを守り続けていた。ミカのそばに居続けることを。
ミカを守ることを。世界を敵に回してでも。
忘れていたのに。守り続けていた。
——それは、その約束が彼にとって、どれほど当たり前のものだったかの証だった。
「……僕、忘れてたのに」シュンカは掠れた声で言った。
「ずっと守ってたんだね。その約束」
「うん」ミカが頷いた。「あなたはいつだってそばにいてくれた。
……忘れてたって、いいの。ちゃんと守ってくれてたから」
シュンカはミカの手を握る、その手にぎゅっと力を込めた。
そして——彼はまっすぐにミカを見た。
「ミカ」
「なに?」
「もう一度、約束する」
彼の声は震えていた。けれどその瞳は澄んでいた。
「ずっと一緒にいる。……——今度は忘れない。ちゃんと覚えるよ、ずっと」
それは。
二度目の約束だった。
一度目はあの夜祭から、無意識のうちに守られ続けた幼い日の誓い。
——そして二度目はすべてを経た上で。世界を壊しかけ、救われ、家族を得た、
その果てに。今度は意識してはっきりと選び取った、誓い。
同じ言葉。「ずっと、一緒にいる」けれどその重みはまるで違った。
歩んできた道のりの分だけ。積み重ねた痛みと愛の分だけ。
二度目の約束は、深く確かなものになっていた。
ミカの瞳から涙がこぼれた。
「……うん」彼女は微笑んだ。泣きながら。
「うん。約束。……今度は二人で。忘れないでいようね」
「うん」
二人は繋いだ手をそのままに。真新しい街の中をまた歩き始めた。
かつて、たった二人きりだった王と姫。世界に拒まれ身を寄せ合って生きてきた、二人。——けれど今その手には、七つの日の約束と。そして家族と未来があった。
円環は閉じた。始まりの約束が。すべてを経て再び交わされた。今度は忘れないという誓いと共に。
復興した街に柔らかな陽が差していた。壊れたものが直っていくように。
失われかけた約束もまた、二人の手の中で新しく生まれ直していた。