空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第13話「薪」

 

後継者編・第四話「薪」

 

男は、神を繋ぐ鎖を握ったと信じた。

予備が作れぬなら、鎖さえ握ればいい、と。

——その鎖を握った手こそが。 やがて、自らの喉を絞めることになる。

 

 私は、与え続けた。

 甘いものを。美しいものを。楽しいものを。

シュンカに。そして——ミカにも。

 あるとき、私は、講義の前に、ミカにも声をかけた。

 

「体調は大丈夫かい。欲しいものがあったら、何でも言いなさい。——僕は、君のことも、大事に思っているからね」

 

 慈父の声で。少女を気遣う、優しい顔で。

 だが、その内側は冷たく乾いていた。この子はシュンカに必要な唯一の部品だ。

機嫌よくしておかねばならない。安いものだ、少女一人のご機嫌取りなど。それで、心臓と鎖が、同時に手に入るのだから。

 

 ミカは、何も欲しがらなかった。

 

 豪奢なおもちゃも。美しいドレスも。甘い菓子も。私が差し出すすべてを彼女は静かに退けた。

受け取らないどころか、私が近づくたびに

半歩シュンカのほうへ寄った。庇うように。あるいは隠れるように。

そして、彼女が求めたものは、たった一つだった。

 

 シュンカの隣。

 

 物ではなかった。隣にいること。それだけ。私がいくら黄金を積んでも、買えないたった一つの場所だった。

 

 私は、それを見て、満足した。少女がシュンカに執着するほど、鎖は確かなものになる。引き金は、効きを増す。あの少女さえ握っていれば、この最強の器は、永遠に手の中で灯り続ける。

 

 ——だが、同時に、私は一つの不安を抱いた。

 

 あの少女が、唯一のヒューズだ。もし、壊れたら。神の電源が、落ちる。

 予備を、持つべきだ。

 私は、考えた。ミカ以外に、シュンカの心臓を宿せる者を。スペアを。万一あの少女を失っても、別の器に心臓を移せれば、神の電源は保たれる。

 

 そして、試みた。

 

 別の子供を、シュンカに引き合わせた。世話役として、護衛として、話し相手として。日々をともに過ごさせ、信頼できる誰かを、人工的に作らせようとした。心臓を移せる、別の宿主を用意しようとした。

 

 失敗した。

 

 知識は、植えられた。技は植えられた。力も、哲学も、すべて注げた。だが——信頼だけは、どれほど丹精込めても、作れなかった。

 

 シュンカの心臓は、彼が心から信じる者にしか宿らない。そして、シュンカが心から信じるのは、この世でただ一人、ミカだけだった。

 あてがった子供に、シュンカは、最後まで何の関心も示さなかった。優しくされても、尽くされても、「ふうん」と受け流すだけ。彼の心臓はその子供の中で、一度も脈打たなかった。

 

 それは、私が与えたものではなかった。私が引き合わせた、だけ。二人が自力で掴んだ絆。私には複製できぬ、ただ一つのものだった。

 

 私は、しばらく、その事実を持て余した。

 信頼は、注げない。命じて作れない。金で買えない。脅して植えられない。——あらゆるものを奪い、与え、操ってきた私にとって、それは、生涯で数えるほどしか出会わぬ、手の届かぬ領域だった。

 だが、私は、その不気味さに、長く留まらなかった。すぐに、いつもの実利へと、思考を畳んだ。

 

 予備が無理なら、鎖を握ればいい。

 神を繋ぐ、ただ一本の鎖。ミカ。それを、私が握る。少女の安全を人質に取れば、神は永遠に従う。スペアなど要らない。元栓を握っていれば、それでいい。

 単純で、確実な答えだった。私は、それで満足した。複製できぬものに頭を悩ませるより、握れるものを握る。それが、何百年と生き延びてきた、私の流儀だった。

 

 ——その確認のように。ある日、私は、シュンカを呼び出して、探りを入れた。

 

「シュンカ。お前は、少し、あの子に執着しすぎているね」

 

 私は、穏やかに言った。

 

「分かるかい。お前にとって、彼女は——ただの薪に過ぎないんだよ。火を絶やさぬための。燃やすだけのもの。お前ほどの器が、たかが一人の少女に心を縛られるのは、惜しいことだ」

 

 それは、試験だった。鎖がどこまで効くか。少年が、どこまで従順か。あわよくば、あの執着を、もっと御しやすい形に均してやろう、という算段もあった。

 

 シュンカは、少しのあいだ、黙っていた。

 それから、平坦に答えた。

 

「薪に火をつけるのは、僕です」

 

 赤い瞳が、私を見た。何の感情もなく。けれど、その奥に、揺るがぬ一線があった。

 

「だから——手を、出さないでください」

 

 それは、警告だった。この空っぽの少年が、世界でただ一つ引いた、絶対の線。ミカにだけは、誰も触れるな。それを破れば、何が起きるか。

 だが、私は、それを読み違えた。

 

 ——可愛い、独占欲だ。

 

 私は、微笑んだ。少年が少女に執着すればするほど、鎖は強くなる。けっこうなことだと。

「自分のものだから手を出すな」と言うのは、それだけ少女に縛られている証拠。鎖がこちらの想定以上に、深く食い込んでいる証拠。

御しやすさが、また一つ増えた、と私は記録した。

 

 私は、少年の言葉を「警告」とは受け取らなかった。「従順な、独占欲の表明」と解釈した。

 その誤読が、三年後の夜に、私の命を奪うことになる。

「薪に火をつけるのは僕だ」——それは、独占欲ではなかった。ミカは、燃やされる薪ではない。火をくべる者がいるとすれば、それは自分だけだという、

立場の宣言だった。

 

あの少女を“燃料”と呼んだ瞬間、私は、火をつける側の領分に、手を突っ込んだ。だから、引け。——その意味を、私は、最後まで取り違えた。

 

 私は、上機嫌だった。鎖は、確かに自分の手の中にある。神は、永遠に従う。計画は、一片の隙もなく閉じている。

 握った鎖の、その先で。神が、何を「絶対に許さない」と決めているのか。私は、ついぞ、知ろうとしなかった。

 

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