僭王編・第二話「空いた玉座」
王が、死んだ。 玉座が、一つ空いた。
二人の男は、そこに座らせる駒を、選んだ。
歌舞伎町の奥。看板の灯りも届かないビルの一室。煙草と酒の匂いが淀んでいた。
「——色あせた毎日だと、思ってたんだけどさぁ」
ソファに長い身体を投げ出して
イズナは天井に向かって煙を吐いた。薄い銀の髪が淀んだ光にぼんやりと浮かぶ。
「ひさびさに、面白くなってきた」
向かいで、葉巻を燻らせていた巨漢——
エディが、サングラスの奥から、
目を細めた。207センチの体躯が安物のソファを玩具のように見せている。
「AFOが、死んだ」。
イズナは続けた。顔に薄い笑みが貼りついている。
「あの化け物が、だ。しかもやったのは——ガキ、ときた」
「知っている」。エディの声は低く揺るがない。
「で。お前が、わざわざオレを呼んだ理由は、そっちじゃ、ないだろう」
「察しがいいねぇ」。
イズナは起き上がった。気だるげな仕草の奥で大きく見開いた目だけが、妙にぎらついていた。
「あの男が消えて何が起きたと思う? ——空いたんだよ。裏社会の玉座がさぁ!」
部屋にしばしの沈黙。煙だけがゆっくりと立ち上っていく。
「これから、裏社会は荒れる」
エディが、葉巻を、灰皿に押しつけた。
「我も我もと有象無象が空いた席を奪い合う。だが——ただ座っただけの王など、すぐに引きずり降ろされる。玉座には、誰もがひれ伏すしかない『看板』が、要る」
「で、ちょうど良いのが、一枚あるんだよなぁ」
イズナが指を鳴らした。「『AFOを殺したガキ』これ以上の看板がどこにある?」
エディの口の端が、吊り上がった。
「あのガキを頭に据える。名ばかりの王としてな。組織を実際に回すのは、俺たちだ。あれは——いわば最強の核兵器。引き金はこちらが握る」
「で、その核兵器の旗の下に」イズナの声から、ふっと、気だるさが抜けた。代わりに、柔らかく、ぞっとするような熱が、滲む。
「裏の全部を超える組織を作る。連中は、オレが釣ってくるよ。一本ずつ、さ。——ああ、楽しみだなぁ。久々に退屈が死ぬ」
計画は、それだけで、十分だった。空いた玉座。最強の看板。それを利用する、二つの頭脳と、暴力。
エディは、応えなかった。ただ、新しい葉巻に、火を点けた。
かつて。この手は何でも掴めた。
悪も。絶望も。落ちてくる空さえも。
——けれど今この手が掴めるのは。
夜の冷たさだけだった
眠れない夜が、何日続いただろう。
私は薄暗い事務所で、また地図を広げていた。痩せ細った指が赤い印を一つ、
また一つと、打っていく。当たった場所。空振りした場所。あの子たちがいたかもしれない場所。——そのすべてが今はただの無意味な点の集まりにしか、見えなかった。
壁の時計が夜の3時を回っている。
身体はとうに限界を訴えていた。神野で負った傷は癒えていない。立っているだけで古傷が軋む。少し横になればいい。誰もがそう言う。眠らなければ倒れると。
けれど。私は、眠れなかった。
目を閉じればあの夜が蘇る。崩れた瓦礫。消えた世界最強の男。そして——振り返りもせず夜へ消えていった、小さな二つの背中。
私は手を伸ばした。待て、と。あの時確かに伸ばした。
届かなかった。
あの子は何も間違えてなど、いなかった。
考えれば考えるほど、私にはそう思えてならなかった。あの子はただ自分の、
たった一つ大切なものを、守ろうとした。そのために力を振るった。——他にどんな道があったというのか。
あの子があんな男に拾われた、その時。私はどこにいた。あの子が兵器として、
磨かれていくその何年もの間。ヒーローは——私は何をしていた。
誰も気づかなかった。誰も手を差し伸べなかった。世界中にこれだけの
ヒーローが、いながら。たった二人の、子供を。救えなかった。
だからあの子は。誰にも頼れなかった。誰も信じられなかった。
自分の手で自分の世界を守るしか——なかったのだ。
あの子をあんな場所へ、追いやったのは。あの子に人を殺させたのは。
——私たちなのだ。
その思いが夜ごと私の胸を、内側から灼いた。眠ることなどできるはずが、なかった。
翌朝も。私は外に出た
ホークスが止めた。エンデヴァーが顔をしかめた。その身体でこれ以上動くな、と。誰もが私を案じてくれた。——けれど、私は止まれなかった。
歩いた。痩せた脚を引きずって。あの子たちが立ち寄ったかもしれない、
路地を。安宿を。子供が、身を隠せそうなあらゆる隙間を。
道行く人は、もう、私を振り返らない。かつて、誰もが見上げた平和の象徴。
その、見る影もない、痩せた背中を。
構わなかった。私の見栄や誇りなど。あの子たちの無事の前では、塵のように、軽い。
一軒。また一軒。聞き込みを、重ねる。
「白い髪の、男の子と。女の子の二人連れを、見ませんでしたか」
返ってくるのはいつも同じだった。首を振る仕草。怪訝な視線。
——いない。誰も、知らない。あの子たちは、どこにもいない。まるで最初から、この世界の、どこにも居場所などなかったかのように。
夕暮れまで、歩いて。私は、また何も掴めずに、事務所へ帰った。
その夜も。私は、地図の前に、座っていた。
新しい赤い印は増えていない。今日も空振り。糸はまた一本、ぷつりと切れた。
痩せた指で、顔を、覆う。
かつて。この手は何でもできると、思っていた。どんな悪も捻じ伏せ。どんな絶望からも人々を救い出せると。笑いながら。大丈夫だと。私が来た、と。
——なのに。今、私は。たった二人の子供にすら。手を伸ばすことができない。
力は、もうない。かつての輝きも。それでも。
「……まだ、だ」
私は掠れた声で、自分に言い聞かせた。立ち上がる。古傷が悲鳴を上げる。
まだ諦めていない。あの子たちが、どこかで息をしている限り。私は探す。何度、空振りしても。この身体が、動く限りは。
たとえ、もう。あの子たちを、守る力すら私には残されて、いないのだとしても。
せめて。この手を伸ばし続けることだけは。——やめてはならない。
窓の外で。夜がまた深く沈んでいく。
私の伸ばした手は今夜も。その冷たい闇を掴んだだけで。何も得られないまま、力なく、開かれた。
——それでも、私は。明日もまた、歩くのだろう。
キャラ紹介
イズナ
個性:エネルギーの吸収・放出。熱・光・電気・運動エネルギーなどを吸収し、高出力の熱線として放出する。吸収と放出は同時にはできない。吸収でダメージを無効化し、ためた力を攻撃に変える攻防一体型。
見た目:青のアクセントが入った銀髪。長身。
経歴:「新宿の怪物」と呼ばれる、かつてトップヒーローのホークスと互角に渡り合った実力者。一人称は「オレ」退屈を嫌い面白いものに惹かれて動く飄々とした性格。
エディ
個性:リミッター解除。人体に備わった力の制限を、20〜100%の範囲で自在に外す。100%でUSJの時のオールマイト級の出力に達するが、その状態は8分しか持たない。加えて素のフィジカルが圧倒的で、個性を使わずとも中堅ヒーロー程度なら圧殺できる。
見た目:二メートルを超える巨躯。サングラスに葉巻。アロハシャツをよく着ている
経歴:裏で「覇王」と呼ばれる、組織を設計・運営する知将でもある。過去にプロヒーロー五人をまとめて制圧した実績を持つ。冷静沈着で計算高く、物事を一貫して利と打算で判断する。両名とも原作には登場しないオリジナルキャラクター。