空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第19話「王」

 

 

僭帝編 4話 「王」

 

誰にも、見つけられなかったはずの塒だった。

 

 その扉が夜更けに鳴った。

 

 ミカも隣で低く身構えていた。

気の荒いこの子は、誰何より先に噛みつく。

その背後で夜の気配が、ざわりと揺れたのを僕は感じた。

 

 扉が開く。

 

 長身の軽薄そうな浅黒い男と。

その後ろに見上げるような、巨漢。二つの剣呑な影。

 

 「——誰」ミカが低く鋭く誰何した。

僕の前に半歩出ようとさえする。睨みつける、その目には怯えなど欠片もない。

あるのは剥き出しの、警戒と敵意だけ。「変なことしたら、殺すから」

 

 僕が手を上げかけた——その刹那。

 

 「おいおいおいッ、待て待て待て待て!!」。

 

軽薄そうな男が両手をぶんぶん振った。降参の姿勢で。

 

「やめろやめろ。やりあったら、オレら死んじまうよ。マジで。こんなとこでおっ死ぬのはつまんねぇだろ」

 

 飄々と。

 

けれどその目は嘘をついていなかった。

この男は本気で自分たちが勝てないと認めている。媚びでもはったりでもなく。ただの事実として。

 

 巨漢の方が——一歩、前へ出た。葉巻を咥えたまま。値踏みするような視線。

二メートルを超える、その体躯が狭い塒をいっそう狭く見せた。

 

 「お前がAFOを殺した、ガキか」

低く揺るがない声だった。

「単刀直入に言おう。——組織を作りたい。お前を頭に据えてな」

 

 軽薄な男が後を引き取る。

 

「考えてもみろよ。お前らもう逃げ切れねぇぜ?

現にこうしてオレらに見つかった。 八斎會にも

断られたんだろ? 世界中がお前らを欲しがってる。

使うために。怖がって消すために。——このまま二人きりじゃいつか詰む」

 

 「だが組織がありゃ、話は別だ」

巨漢が続けた。

 

「面倒はすべてオレたちが引き受ける。敵も逃走も金も。お前はただ頂点に座っていればいい。裏社会のてっぺんに。誰も手を出せない城の上に」

 

 城。頂点。玉座。——男たちはそれを並べた。

きっと誰もが欲しがる言葉なのだろう。

 

 けれど、僕の心はそのどれにも動かなかった。

 

 権力も金も要らない。あの男に——AFOに言われたのと同じだ。僕が欲しいものは世界にたった一つしか、ない。

 

 「——一つだけ、訊きます」

 

僕は静かに言った。背後のミカをちらりと見て。

「その城の中で。ミカは安全ですか。——あなたたちはミカを守ってくれるんですか」

 

 軽薄な男のへらへらした笑みが、ほんの一瞬

止まった。巨漢の葉巻の煙が揺れる。

 

 二人とも想像していなかったのだろう。

世界最強を屠った「王」が、玉座にも権力にも見向きもせず——ただ隣の少女の無事だけを、訊いてくる、などとは。

 

 短い間。

 答えたのは、巨漢の方だった。

 

 「——できる限り、守る」

低く、彼は、言った。妙な、ごまかしは、なかった。「だが、勘違いするな。情で守るんじゃねえ」

 

 葉巻の煙の向こうで。

その目がまっすぐ僕を捉えた。

 

 「組織の価値は殆どがお前らに依存してる。お前という看板。その看板に傷がつきゃ組織の値も、

地に落ちる。だから——お前の女を守る。それがオレたちの利益だからだ。情じゃねえ。打算だ。徹頭徹尾な」

 

 僕はその言葉を聞いて——少しだけ、安心した。

 

 奇妙な話かもしれない。

守ってやると優しく微笑まれたなら。僕はきっとこの男たちを信用しなかった。

 

 情は、裏切る。

 

 ——あの男も。そう言っていた。大丈夫、僕がいる、と。誰よりも優しい声で。

そうして僕とミカを兵器に磨き上げた。情で近づいてくる手ほど信用ならないものはない。それを僕は骨の髄まで知っている。

 

 けれど打算は裏切らない。利益が続く限りは。

 

 この男たちは自分たちの利益のためにミカを守る。ならば——僕が価値ある看板である限り。ミカは、守られる。それはどんな善意よりも確かな、保証だった。

 

 「——分かりました」。

僕は、言った。「その話、乗りますよ」

 

 軽薄な男が、ぱっと、顔を、輝かせた。

「お、マジか! いやァ、話が早ェな——」

 

 「ただし」

 

 僕はその言葉を遮った。声を、荒げはしない。いつもの凪いだ調子のまま。

けれど——空気が変わったのは二人にも分かったはずだ。

 

 まっすぐ、二人を、見る。

 

 「ミカに何かあったら。——その時は理由も言い訳も聞きません。迷わず、あなたたちを殺します。一人残らず。組織ごと」

 

 ごく当たり前のことを、伝えるように。明日の天気を、告げるように。

 

 「これは脅しじゃありません。条件でもない。——ただの、決まりごとです。それさえ守ってくれるなら。僕はいくらでもあなたたちの王になりましょう」

 

 隣で、ミカは腕を組んでいた。エディとイズナを不機嫌そうに睨んだまま。

 

 「……シュンカがいいって言うなら、いい」。低く、彼女は、言った。「でも、私はあんたたちを信じてないから。一ミリも」

 

 その、容赦のない一言が、すべての、答えだった。僕が決めたことには従う。けれどこいつらに、媚びる気は欠片もない。——それが、ミカだった。

 

 しばしの沈黙。

 

 やがて、軽薄な男が、ぷっ、と噴き出した。

「ははっ。……ヒュー。こえぇガキだ」。

けれどその目は怯えてなどいなかった。むしろ——退屈な日々に、久々の彩りを、見つけた者の、目だった。

 

「いいぜ。気に入った。お前はそれでいい」

 

 巨漢は何も言わなかった。ただ葉巻を深く吸い込んで。値踏みの視線の、奥に。

ほんの僅か——予定になかった何かを見たような色が過ぎった。人形のはずだった。なのに今玉座の値を決めたのは——この小さな王の方だったのだから。

 

 握手も契約書もなかった。ただ視線が交わされたそれで、十分だった。

 

 ——そうして後に「僭帝」と呼ばれることになる、組織の。最初の礎が。世界の誰も知らない小さな塒で静かに置かれた。

 

 救おうとした者たちが、なお闇を手探りしている。その夜に。

 

 

 

 私はあの日から、ずっとあの子たちを探していた。

 

 神野で姿を消した、二人の子供。白い髪のあの子と、傍らに寄り添っていた小さな女の子。——だが、どれほど手を尽くしても、二人の行方は杳として知れなかった。

 

 情報網を駆使しても。伝手を辿っても。——見つからない。まるで、地の底へ沈んでしまったかのように。

 

 ……いくら探しても、見つからない。

 

 焦りだけが募っていく。あの子たちはまだ幼い。身寄りもない。

——このままでは、裏の悪い大人たちに利用されるか。あるいは——最悪の場合。

 

 考えたくもなかった。だが、その可能性が頭を離れない。あの子たちが、そんな目に遭うかもしれない。——ならば、それは誰の責任だ。

 

 ……私だ。

 

 私が神野で、AFOを追い詰めた。

 

 あそこで私があれを追い詰めたから。——AFOはなりふり構わず、あの女の子に手を出した。人質に取った。だから——あの子は。あの白い髪の子は。愛する者を守るために、AFOを殺すしかなかったのだ。

 

 あんな幼い手で、人を殺める以外に、道がなかった。——私があそこにいたから。私が戦ったから。

 

 全ては、私の責任だ。

 

 あの子から普通の子供時代を奪ったのも。あの子に人殺しをさせたのも。あの子たちをこんな逃亡の果てへ追いやったのも。——何もかも、私が招いたことだ。

 

 だからこそ。

 

 私がこの手で、見つけ出さねばならない。

 

 「……どこに、いるんだ」

 

 誰もいない部屋で、私は一人呟いた。握りしめた拳に、力がこもる。

 

 「どこに行ってしまったんだ……頼む。無事でいてくれ」

 

 まだ間に合う。きっと間に合う。あの子たちが、取り返しのつかない場所へ堕ちてしまう前に。——必ず見つけ出してみせる。そして、今度こそ。

 

 「——今度こそ。私が、君たちを救ってみせる」

 

 それは誓いだった。誰にも届かぬ部屋の中で、ただ一人立てた贖罪の誓い。

 

 私はまだ、諦めてはいなかった。あの子たちを救えると信じていた。——信じて、いたかった。

 

 

 

 

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