僭帝編・第5話「刃」
玉座は決まった。
ならば次は、それを囲む刃を。
一振り、また一振り。
——まだ誰も、王の顔を知らぬまま。
その夜のうちに、僕とミカは塒を後にした。
連れて行かれたのは街外れの、人目につかないけれどしっかりとした一軒の家だった。窓には隙のない仕掛け。食料も寝床も整っている。逃げ込んだ廃屋でも借り物の片隅でもない。守られることを前提に誂えられた場所だった。
ミカがおそるおそる寝床に腰を下ろした。そして僕を見上げる。
「……ここ。安全なの」
「たぶんね」と僕は答えた。「少なくとも、今夜は」
ミカは少しだけ肩の力を抜いた。神野からこっち片時も気を緩められなかったその小さな身体が、ほんの少しほどけたのが分かった。
それを見られただけで、僕があの取引に乗った意味はもう十分にあった。
その頃、エディとイズナは隠れ家の外で短く言葉を交わしていた。
「手分けするか」とイズナが煙草に火を点ける。
「オレはオレの伝手を当たる。腕利きで面白ぇ連中を知ってんだ。一本ずつ釣ってきてやるよ」
「俺の側にも心当たりはある」とエディが頷く。
「役割の被らん最強の布陣を組む。あの看板がありゃ、釣り餌には困らん」
『AFOを殺した子供』。世界が恐れ欲しがるその名は、最高の撒き餌だった。金で動く者も、退屈に飽いた者も、仕事にあぶれた流れの殺し屋も。その名の前には否応なく集まってくる。
「言っとくがよ」とイズナが煙を吐いた。
「集まる連中はみんな打算で来るぜ。忠義なんざ欠片もねえ。当然だ。オレたち自身がそうなんだからな」
「構わん」。エディが夜の闇へ踏み出す。「駒は駒として使えればいい」
イズナが最初に足を向けたのは、旧い友のもとだった。
蔦漆。表の世界にはほとんど名が出ない。けれど裏では知らぬ者のいない大物のブローカーだ。情報を金に換え金を力に換える。あらゆる取引の裏側にこの男の影がある。腕っぷしではなく頭で裏社会を泳いできた知恵者だった。
「よォ蔦漆。久しぶりだな」とイズナがぶらりと現れる。「儲け話を持ってきた」
蔦漆は組んでいた脚をゆっくりと組み替えた。値踏みするような静かな目でイズナを見る。
「お前が儲け話と言うときはたいてい面倒事と同義だ」。落ち着いた淀みのない声だった。「で、今度はどんな面倒だ」
イズナは笑って語った。空いた裏の玉座。AFOを殺した子供。そいつを頭に据えた組織を作るのだと。
蔦漆の目がわずかに細くなった。頭の中ではもう計算が始まっている。
「……『AFOを殺した子供』」彼は低くその名を転がした。
「とんでもない看板だ。値がつけられない。その名のもとに組織を組めば、裏社会の地図が丸ごと書き換わる。乗らない理由がない」
主体性に乏しいわけでも優柔不断なわけでもない。ただこの男は感情で動かない。利と不利を秤にかけ、釣り合えば動く。今回は釣り合うどころか、傾きすぎていた。
「乗ろう」と蔦漆は立ち上がった。
「ただし私は頭脳として雇われる。前線で拳を振るう趣味はない。それでいいな」
「上等だ」イズナが肩をすくめた。「お前の頭がありゃ百人力さ」
旧い友の誘いだったからというのも、あったのかもしれない。けれどそれは互いに口にはしなかった。
一方、エディが向かったのは陽の当たらぬ地下の闘技場だった。
チェイン・スラッガー。リングネームだ。本名を知る者はもういない。かつて格闘技の頂きに最も近づきながら、強すぎたが故に表舞台から干され消えた武人。
今はこんな薄暗い場所で拳を振るっている。
試合を終えたばかりのチェインは仏頂面のまま、エディを見上げた。小柄な身体からまだ湯気が立つほどの熱が放たれている。
「……あんたか。何の用だ」
「組織を作る」エディは単刀直入だった。「お前の拳が要る。来い」
チェインは長く無言だった。誇り高いこの男は誰かの下につくことを好まない。けれど相手がエディとなれば話は別だった。裏で結ばれた古い縁。無下にはできない。
「……頭は、誰だ」
「AFOを殺した、ガキだ」
その一言に、チェインの仏頂面がほんの僅か動いた。武人としての興味。あの世界最強の化け物を屠った力とは、一体どれほどのものなのか。一度この目で確かめてみたい。
「……義理だ。それと興味。それだけだぞ」。チェインは立ち上がった。
「忠誠を誓ったわけじゃない」
「構わん」。エディは薄く笑った。
イズナは、もう一枚の危険な札を引きに行った。アル・カイド。国際指名手配の
1級テロリスト。
自らの歯や爪を爆弾に変える男。世界中の手配書に顔が載りながら、いまだ誰にも捕えられていない。
イズナがAFOを殺した子供の話を持ち出すと、アル・カイドの目がぎらりと光った。
「……AFOを殺した、力か」。低く噛みしめるように呟く。「興味がある。大いにな。あの怪物を屠った人間が、どんな面構えをしているのか。この目で見たい」
それに、と彼は続けた。
「その力があればこの腐った社会を、根こそぎひっくり返せるかもしれん。退屈な秩序を上から下まで、ぐちゃぐちゃにな」
人物への興味と、世界を覆す力への渇き。その二つが、彼を動かした。金でも玉座でもない。ただ、本物を見極め、それに乗じて社会を壊したかった。
次にイズナが訪ねたのは、伝説だった。赫飛。
全身黒ずくめの、不気味な装い。三十をいくつか過ぎた、若くして引退同然の
暗殺者。だが口を開けば、軽口ばかりが飛び出す。妙に人懐っこい、つかみどころのない男だった。
「組織? いいねェ、面白そう」赫飛は新品のナイフを弄びながら笑った。
「いやァ最近、暇でさァ。仕事がめっきり減っちまって。ナイフのコレクション磨くのにも、飽きてたとこ」
ちょうど手も空いている。話の種にもなる。その程度の軽さで、伝説の殺し屋は頷いた。
ただ、彼はひとつだけ、確かめるように訊いた。
「で、頭ってのは、どんなやつ?」
「ガキだ」とイズナが答える。「AFOを殺した、子供二人さ」
その瞬間、赫飛の軽薄な笑みの奥で、別の何かがちらりと動いた。
「……子供」。彼は呟いた。「へえ。そりゃあ……気になるねェ」
少し違う声だった。けれどそれが何なのか、その場では誰も気に留めなかった。赫飛自身でさえ。
最後にイズナが声をかけたのは、寡黙な女だった。ヴィラン名はセイレーン。
仕事のとき以外めったに口をきかない。その手口は、自殺屋。標的を、自ら死に向かわせる。事故や自殺に見せかけて、誰にも気づかれぬまま、片をつける。
だから表のヒーローには、その存在すら知られていない。殺しがあったことさえ、気づかれない。それほど痕跡を残さない女だった。その心はとうに冷えきっている。
イズナの話を、彼女は最後まで黙って聞いた。そして、ただ一言。
「……暇だ」。それが承諾のすべてだった。仕事がないなら、動く理由はあるかないか。それ以上の感慨は、何もなかった。
こうして、七つの刃が揃った。
退屈しのぎのイズナ。利を見込んだエディと蔦漆。人物と力に惹かれたアル・カイド。義理と興味のチェイン。そして、ただ暇だった赫飛とセイレーン。
誰一人、忠義など抱いてはいなかった。役割の被らない、完璧な布陣。けれどその中身は、寄せ集めの打算の塊に過ぎなかった。
玉座は囲まれた。けれど王と刃の間には、まだ何の絆もない。
隠れ家の広間に、集められた顔ぶれが揃った。
エディはそれをぐるりと見渡し、満足げに目を細めた。
大物ブローカーの蔦漆。テロリストのアル・カイド。武人のチェイン。伝説の殺し屋、赫飛とセイレーン。そしてイズナと、自分。
「……圧巻だな」と彼は低く呟いた。「役割はひとつも被っていない。これだけの面子が一つ屋根の下に揃うことなど、AFOの時代にもなかった。これが、新たな裏社会の頂点だ」
「で、肝心の頭目だが」イズナがにやりと笑って、奥の扉へ顎をしゃくる。
「お出ましだ。よく拝んどけよ」
扉が開く。
刃たちの視線が、一斉にそこへ集まった。AFOを屠った伝説。世界が恐れる看板。一体どんな化け物が現れるのか——
現れたのは。
白い髪に赤い瞳の、人形のように整った小さな男の子。その隣に、不機嫌そうな顔をした小さな黒髪の女の子。
二人の、子供だった。
広間に一瞬の沈黙が落ちる。そして誰もが同じことを思った。
——なんだ。ただの子供じゃねえか。
チェインが、仏頂面をわずかに歪めた。低く、疑念の声が漏れる。
「……この小僧が。あの、AFOを屠っただと」
あの世界最強を屠った力が、この細い子供のどこに。武人の興味が、失望まじりの疑念へと傾いていく。
蔦漆は静かに目を眇め、頭の中で算盤を弾き直していた。中身がどうあれ看板は看板だ。だが、これは……。
アル・カイドでさえ、社会を覆すと見込んだ器がこの小ささかと、目を細めた。
赫飛だけは「……へえ。子供、ねェ」と、表情の奥で少し違う色の声を漏らした。けれどそれも、まだ誰にも気づかれはしなかった。
イズナとエディは、何も言わなかった。ただ黙って、他の五人の見くびった顔を見ていた。
当のシュンカは、値踏みの視線の雨を浴びても、眉ひとつ動かさなかった。彼らにどう思われようと、どうでもよかった。ミカがここで安全であるなら、それでよかったのだから。
ただ、隣のミカが、その無遠慮な視線に苛立ったように、腕を組んで、低く言い放った。
「……すぐわかるよ。あんたたちが、どれだけ馬鹿だったか」
その声の底に滲んだ確信に、何人かがほんの僅か、背筋を冷やしたような気がした。
けれど、それも一瞬のこと。すぐに彼らは、また値踏みの目に戻った。子供の戯言だと。看板は看板、駒は駒だと。
シュンカは何も言わなかった。彼らがどう見ようと、どうでもよかった。ミカがここで安全であるなら。それだけでよかったのだから。
打算で集まった、七つの刃。王と刃の間には、まだ、何の絆もない。
その夜は、ただ、静かに更けていった。
——何かが、始まる前の、静けさのように。
チェイン・スラッガー
〈あとがき解説〉
チェイン・スラッガーはオリジナルキャラです。リングネームで、本名を知る者はもういません。
かつて格闘技の頂点に近づきながら、
強すぎたがゆえに表舞台から干され、消えていった武人です。今は地下の闘技場で拳を振るっています全身が鍛え抜かれた鋼のような肉体の持ち主。
個性は「コンボ」。当てた打撃の威力が、当てるほどに際限なく上がっていきます。連撃を重ねるほど一撃が重くなり、100コンボで人体を容易く砕く領域まで届く、シンプルながら恐るべき個性です。
性格は誇り高く、生真面目な武人肌。誰かの下につくことを好まず、強さと、強さに見合う生き方を何より重んじます。ぶっきらぼうですが筋を通す男です。
セイレーン
〈あとがき解説〉
セイレーンはオリジナルキャラです。
22歳の女性。ヴィラン名で、寡黙で仕事のとき以外はめったに口をききません。
裏の世界での稼業は「自殺屋」。標的を事故や自殺に見せかけて始末するため、痕跡を残さず、殺しがあったことすら気づかれません。冷えきった、感情の見えない女です。
個性は「調律」。笛の音で、人の視神経や方向感覚を狂わせます。音を聞いた者は、自ら誤った方へ足を踏み出し、勝手に破滅していく
――標的が「ひとりでに死んだ」ことになる、彼女の稼業を支える個性です。
見た目は年齢よりどこか老けて見える、静かで硬質な佇まい。長く冷たいものにばかり触れてきた気配を纏っています。
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赫飛(ヘーフェン)
〈あとがき解説〉
赫飛はオリジナルキャラです。読みは「ヘーフェン」。三十一歳。
若くして裏社会で伝説級と謳われた殺し屋で、すでに頂点を極め、今はほぼ引退状態。全身黒ずくめの怪しい風貌ですが、口を開けば軽口ばかりの、妙に人懐っこい、つかみどころのない男です。趣味は世界中のナイフ集め
個性は「影」。自分の影を媒介に、物を収納したり、影に潜んだり、影の中へ引きずり込んだり、影を操って刺突攻撃をしたりできます。
多彩で応用の利く個性ですが、影の中には酸素がない事、意識して発動する必要があるのが弱点です。
アル・カイド
〈あとがき解説〉
アル・カイドはオリジナルキャラです。通り名で、国際指名手配のテロリスト。世界中の手配書に顔が載りながら、いまだ誰にも捕らえられていません。
個性は「爆弾化」。
自らの歯・爪・目といった身体の一部を、切り離して爆弾に変えられます。自分の肉体を消耗品の兵器に変える、苛烈で捨て身の個性です。また副能力として再生がセットでついていて、歯や眼球程度なら10秒で再生できます。しかし再生にはカロリーを消費します
呪術廻戦様のキャラクター櫨の術式を大きく参考にさせていただきました
思想は過激で、この社会そのものを根こそぎ覆したいという破壊衝動を抱えています。
ただの破壊者ではなく、「本物」を見極めようとする、どこか思索的で危うい眼差しの持ち主でもあります。
蔦漆(ツタウルシ)
〈あとがき解説〉
蔦漆はオリジナルキャラです。表の世界にはほとんど名が出ませんが、裏では知らぬ者のいない大物のブローカー。情報を金に換え、金を力に換える、あらゆる取引の裏側にいる知恵者です。
個性は「入れ替え」。自分と、一定範囲内にいる人間の、手の中の物を自由に入れ替えられます。敵の握る武器を小石とすり替えて無力化したり、危険物を押し付けます。口調は簡潔で、落ち着いています。