空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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閑話「忠義」

閑話「忠義」

 

その男は、渇望していた。

——誰もが、傅く王の座を

だが、振り返れば。そこにいるのは。

たった一人、信じ続ける男だけだった。

 

---

 

 連合は、どん底にあった。

 

 オール・フォー・ワン。あの絶対的な後ろ盾はもういない。神野で

あの白いガキに討たれた。そして組織の要だった黒霧も——霧を操り、連合の手足を繋いでいたあの男も今はいない。

 

 柱を、二本とも失った。

 

 かつて、この国の裏を震わせた連合は見る影もなかった。資金は細り、組織を維持する金にも事欠く。集まっていたヴィランは、一人、また一人と、連合を見限って去っていく。

 

 残ったのは、うらぶれたアジトと、数えるほどの仲間だけ。かつての栄華は、どこにもなかった。

 

 その、どん底の底で。

 

 その報せを耳にしたとき——死柄木弔の腹の底で、どろりとした何かが煮えた。

 

 僭帝。近頃裏社会で名を上げている、新興の組織。その幹部の顔ぶれが彼の耳にも届いていた。

 

 覇王・エディ。新宿の怪物・イズナ。国際手配のテロリスト。伝説の殺し屋。——一癖も二癖もある、化け物どもが。あの、白いガキの下に揃っているという。

 

 その中に。二つ見知った名があった。

 

 イズナ。そして——チェイン。

 

 死柄木の記憶が、ざらりと逆撫でされた。

 

 ——あれは。まだ連合を大きくしようと動いていた頃だ。

 

 死柄木はあの二人に声をかけた。新宿の怪物と、干された格闘家。どちらも

喉から手が出るほど、欲しい戦力だった。

 

 「連合に、来い」死柄木は言った。当時の自分としては精一杯の勧誘だった。

 

「お前らが、いれば——最強だ」

 

 イズナは。けだるげに、鼻を鳴らした。

 

 「は? ……ガキの、王様ごっこに、付き合えって? ——だるいだろ、そんなの」

 

 チェインは。もっとそっけなかった。一瞥くれただけ。

 

 「——お前に。興味など、ない」

 

 それだけだった。取りつく島もなかった。二人は死柄木になど、見向きもせず。去っていった。

 

 あの時の屈辱を。死柄木は忘れていない。

 

 その二人が。

 

 今——あの、白いガキの下にいる。

 

 「……なんで、だよ」

 

 死柄木の声が、掠れた。

 

 俺が誘ったときは。鼻で笑って。「だるい」と。「興味がない」と。袖にしやがった。なのに——あいつの組織には。のこのこと加わっている。あの化け物どもと、一緒に。

 

 俺のどこが。あのガキに劣っていた。俺はあいつらを最強だと、持ち上げてまで、誘ったんだぞ。なのに——来なかった。あいつは何をした。何を差し出した。

どうやって、あんな連中を集めた。

 

 考えても——分からなかった。分からないことが。余計に腹立たしかった。

 

 「気に入らねえ……気に入らねえ、気に入らねえッ!」

 

 死柄木の指が。手近な壁を、掻きむしる。ぼろり、と。コンクリートが、崩れ落ちた。

 

 あの、白いガキ。シュンカ。何も、てこないくせに。何も望まないくせに。

——なぜ。あいつのもとにばかり、人が、力が、すべてが集まっていく。

俺があれほど、渇望して、届かないものが。あいつにはただ転がり込んでいく。

 

 「……ぶっ殺してやる!ぶっ殺してやるよ..シュンカァ.....!」

 

 低い呪詛が。漏れた。

 

 その様子を。少し離れた場所から。連合の面々が見ていた。

 

 「……うわ」トガヒミコが、頬を引きつらせる。

 

「また、始まったよ。弔くんの、あれ」

 

 「あの、僭帝の話になると……ああ、なるよな」コンプレスが、肩をすくめた。

 

 荼毘は。壁にもたれたまま。冷めた目で、死柄木を見て。何も言わずに、視線を逸らした。関わりたくないとでも、言うように。

 

トゥワイスは、心配そうな目をしていたが、刺激しないように、隅で大人しくしていた。

 

 誰も近寄ろうとは、しなかった。ぶつぶつと呪詛を吐き壁を崩し続ける、

その姿は。——正直、薄気味が、悪かった。触れればこちらにまで、その澱んだ何かが、移りそうで。

 

 皆が遠巻きにする中で。

 

 ただ一人。

 

 「……死柄木」

 

 スピナーだけが。気遣わしげに、声をかけた。

 

 「あんまり、根詰めんなよ。……その、僭帝のことになると、いっつも、そうやって、荒れる。体に、障るぜ」

 

 心配、だった。ただ純粋に。荒れていく、死柄木のことが。この連合の行く末が。派手に慕っている風では、ないが——スピナーは、誰よりも、死柄木という男を信じ、案じていた。

 

 だが。

 

 「……うるせえ」死柄木は、振り向きもしなかった。「今は、話しかけんな」

 

 「……っ。わあった、わあったよ」

 

 スピナーは。ひょい、と、肩をすくめて、引き下がる。それでも——その場を、離れはしなかった。少し離れた場所で。腕を組んで。心配そうに。ただ、死柄木の背中を、見つめていた。

 

 薄暗い、アジトの隅で。スピナーは、一人、思う。

 

 死柄木は——分かって、もらえない。

 

 あいつの抱えてるものを。志を。この連合の誰も。本当には分かっちゃいない。荼毘は冷めてる。トガは自分の恋にしか、興味がない。皆、それぞれの理由でここにいるだけだ。死柄木に、心からついてきてる奴なんて——どれだけ、いるんだか。

 

 でも。俺は、違う。

 

 スピナーは思う。ヴィランになったあの日。何者でも、なかった自分に。居場所をくれたのはあいつだった。ステインへの憧れを。この場所で繋いでくれたのは。

 

 だから——俺だけは。

 

 たとえ、あいつが。どれだけ荒れても。どれだけ、周りに疎まれても。

——俺だけは、そばに、いてやる。あいつを、信じてやる。それが

俺の——たった一つの、譲れねえところだから。

 

 誰にも、理解されない王と。誰よりもそいつを信じ続ける、たった一人の男。

 

 薄暗いアジトの片隅に。その歪で、けれど確かな、忠義だけが。静かに根を張っていた。

 

 ——皮肉なことだった。

 

 あの、白いガキが。求めもせず七人もの化け物を、傅かせているその裏側で。

 

 すべてを渇望した、この男には。たった一人。この、信じ続ける男、だけが。残されていた。

 

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