僭帝編 閑話「神輿」
王とは、担ぐものだ。
——そして、担ぐ者の頂きにこそ。
本当の実権は、宿る
俺とイズナで、この組織を作った。
きっかけは単純だ。AFOを殺した、というガキがいる。シュンカ。
その看板を、使わない手はなかった。裏の世界は力が全てだ。あのAFOを屠った、という一点だけで、逆らう者はいなくなる。人も勝手に集まってくる。
最高の神輿だ。担ぎ上げてその下に、組織を作る。そして——担ぐ者の頂きにこそ、本当の実権は宿る。神輿を掲げながら、実際に動かすのは、俺とイズナだ。この組織を大きくし、いずれ頂点へ。そういう絵図を俺は描いていた。
だから俺は、時折あの神輿の様子を見に行く。ちゃんと看板として鎮座しているか。妙な野心を、起こしていないか。——確認のために。
その日も、俺はあの小僧の部屋を訪ねた。
扉が、わずかに開いていた。俺は中を覗く。
そこにいたのは。白髪のガキだった。
床に座り込んで。その後ろに、あの少女——ミカが膝をつき、櫛で、小僧の髪を梳いている。しゃり、しゃり、と。静かな音だけが響く。
小僧は目を閉じ、されるがままだ。あの、何を見ても眉一つ動かさぬ、無感動な小僧が。この時ばかりは微かに口元を緩めている。猫のように大人しく。少女の手に、頭を預けて。
俺は内心で笑った。
(……これが、俺たちの看板か)
AFOを殺した王。裏の世界を震え上がらせる、シュンカ。その正体が。少女に髪を梳かれて、とろけているガキだと。
だが——俺の口元に浮かんだのは、呆れではなかった。
満足だ。
(結構。むしろ好都合だ)
考えてもみろ。もし、この小僧が。野心に満ちた賢い王だったら。組織を自分の手で仕切りたがる男だったら。——俺たちの絵図は、崩れる。担いでいるつもりが、逆にこき使われる。
だが、見ろ、この様を。この小僧には野心がない。組織にも興味がない。天下を獲ろうなんて、これっぽっちも考えちゃいない。あるのは、ただあの少女への執着だけ。あの少女と静かに髪を梳かれて暮らせれば。それで満足なのだ。
(なら、話は早い)
この小僧は、看板でいてくれればいい。ありがたい、AFO殺しの看板で。そして、実権は——俺とイズナが握る。組織を動かし、大きくし、頂きへと向かう。この無欲な神輿を、掲げながら。
俺は、なお観察を続けた。
少女の手つきは、丁寧だった。普段他の連中には氷のように冷たいあの女が。
この小僧の髪だけは、壊れ物のように、大事そうに梳いている。
(ふん。——なるほど)
俺は、それを打算で勘定した。
あの少女が、この小僧の唯一の拠り所らしい。ということは——だ。あの少女さえ押さえておけば。この神輿は、いくらでも御せる。あの少女が、この小僧の急所だ。覚えておこう。いざという時の手綱になる。
愛だの、絆だの。そんなものは、俺にはどうでもいい。俺の目に映るのは、ただ、「この神輿は、あの少女で動かせる」という情報だけだ。
チェインや、アル・カイドの顔が浮かんだ。
あいつらは、この小僧に、心底入れ込んでいる。武人としての忠誠だの。
神への信仰だの。安い心酔だ。——だが、俺はそれを否定しない。
(勝手にありがたがってろ)
むしろ好都合だ。忠誠心の高い駒は使いやすい。神輿が勝手に崇められている分には。組織は、まとまる。俺はそのまとまった組織を、動かせばいい。
心酔する連中も、ひっくるめて。全部俺とイズナの駒だ。
俺は扉から身を引いた。中の二人は、俺が覗いていたことにも気づいていない。気づく気も、ないのだろう。あの小僧はあの少女の櫛の音の中にいる限り。他の何にも、興味がないのだ。
(ガキだな)
俺は、胸の内でそう呟いた。だが、その響きに、侮蔑はあっても、警戒はなかった。むしろ扱いやすい駒を見つけた、満足があった。
あの無欲なガキを、看板に。心酔する馬鹿どもを、手駒に。俺とイズナで、
この組織を、頂きへ運んでやる。
それが、俺の描いた絵図だ。何一つ、狂う要素はない。
しゃり、しゃり、と。背後で、櫛の音だけが、いつまでも、静かに続いていた。