奥の部屋は、ほかの部屋の半分しかない。窓は一つで、天井の隅には、雨漏りの茶色い染みが一つ広がっている。
夕方、白い髪の子供を連れて、職員が戸口に立つ。
そこから先へは、一歩も入らない。手元の紙をもう一度見直してから、リュックを一つ、床の上へ滑らせるように置く。
「今日からここ。シュンカくん。上から、定員の調整だって。……奥の部屋、ってわざわざ書いてあるのよ」
最後のひと言だけ、職員は部屋の奥から目を逸らす。戸が閉まって、廊下の足音が遠のく。
部屋の隅で膝を抱えたまま、ミカは新しい同居人を睨む。
「……出てけ」
低く掠れた声が出る。膝を抱く腕は、軋むほど固い。
「お前、知らないのか。みんな言ってただろ。私は化け物だ」
シュンカの目は、ミカを素通りして天井の染みへ行く。
「近づくと、お前も危ない。私の中から、変なのが出てくる。怪我じゃ済まないかもしれない。だから——出てけ。別の部屋に行け」
言い終えて、顔の下半分を膝に埋め、目だけで相手を追う。
シュンカはリュックを反対側の隅に置き、気だるげにあくびを一つしてから、ひどく平坦な声で言う。
「ふうん。——別にどこでもいいよ、僕は」
ミカの睨みが止まる。
「ここしか空いてないって言われたし。化け物でもなんでも、僕にはどうでもいい。怪我?すればいいんじゃない。別に痛くても困らないし」
言うだけ言って、床にごろりと身を投げ出す。
抱えた膝の上で、ミカの指が止まったまま動かない。睨んでも、その凪いだ顔にはさざ波一つ立たない。
消灯の時間が来ても、ミカは部屋の隅のいつもの場所で、膝を抱えた姿勢を崩さない。
床板を六枚隔てたところに、あの白い髪が当たり前のように寝そべって動かない。出ていけと言ったのに、出ていかなかった。
その背中を睨む。睨んでいるうちに、膝の前で指を何度も組み替えては、また解く。
やがて、低く声を押し出す。
「……なんで、逃げないの」
「ん?」
「みんな逃げるんだ。私から。怖がって馬鹿にして、可哀想がって。親だって私を捨てた」
膝を抱える腕に、爪が食い込む。
「——なのにお前、なんで逃げないんだよ。本当に怖くないの?私が」
語尾が震えているのが、自分の耳にも届く。
シュンカは寝転んだまま、また天井の染みに目をやって、それから口を開く。
「怖いって、——何が」
「だ、だから。私の中から変なものが出て、お前を傷つけるかもしれない」
「ふうん」
染みを見上げたまま、シュンカが続ける。
「傷ついたら困る人にとっては、怖いんだろうね。——僕は別に困らないから、怖くないんじゃない?ミカが化け物でも、そうじゃなくても、どっちでも僕には関係ないから」
関係ないから。
その横顔にミカは目を凝らす。嘘をついている顔ではない。強がっている顔でも、優しくしてやろうという顔でもない。天気の話をしているのと、何も変わらない顔だ。
黙って、膝を抱え直す。
しばらくして、床から規則正しい寝息が届く。シュンカは化け物と同じ部屋で、無防備に、あっさりと眠ってしまったらしい。
暗闇の中で、寝息を数える。十まで行くと、また一から数え直す。三度目の十を過ぎたあたりで、数えるのをやめた。いつもなら膝に埋めている顔を、今夜は上げたままにしている。
それが、二人にとって世界で最初の居場所になる夜だった。