空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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29話「殺意」

僭帝編・第十五話「殺意」

 

この男は、世界に何も望まない。

憎しみも、怒りも、とうに捨てている。

——ただ一つ。その少女に手を伸ばす者にだけは。

静かな、絶対の殺意を、向ける。

 

 報せが、隠れ家に届いた。

 

 地方の、下部組織の一つが、壊滅した。構成員が全員。——ただし、外敵に

殺されたのではない。互いに殺し合って全滅したのだという。

 

 原因は不明。突然正気を失い、仲間同士で潰し合った。生き残りは、いない。ただ一人、その場にいたという青い髪の女を除いて。

 

 顔に、AFOと刻んだ女。

 

 そして——現場には声明が残されていた。

 

 壊滅した構成員たちの血で。壁一面に、書きつけられていたという。

 

 『恩知らずのシュンカへ。我が君を奪いし、恩知らずよ。貴様たち二人、必ずや、殺し合わせてみせる』

 

 仲間の血で綴られた、狂気の宣戦布告だった。

 

 幹部たちが、広間に集まった。

 

 僕はその報告を、黙って聞いていた。

 

 AFOの狂信者。我が君の仇討ち。

——なるほど、と思った。あの男が死ねば、こういう手合いが湧いてくることくらい、想像はついた。

 

 世界が僕を恨もうと、狙おうと。どうでもよかった。憎しみも、怒りも、僕には、もうない。誰が何を思って向かってこようと、ただの風景に過ぎない。

 

 ——だけど

 

 その女は言った。二人を殺し合わせる、と。

 

 ミカを。

 

 僕の中で、何か冷たいものがすっと輪郭を持った。

 

 「……エディ。どう、見る」僕は訊いた。

 

 葉巻を、咥えた覇王が、煙を吐く。

 

 「罠だな」即答だった。「下部組織を一つ潰して、わざわざ宣戦布告。明らかに、ボスを、おびき出そうとしている。挑発に、まんまと乗るのは下策だ」

 

 「同感だぜ」イズナが、肩をすくめる。

「向こうは、こっちが来るのを待ち構えてる。地の利も、何もかも向こう持ちだ。わざわざ、出向く意味がねえ。罠と分かってる穴に飛び込む趣味はないだろ」

 

 打算の男たち。彼らの言うことは、正しい。合理的で賢明だ。

罠と分かっている場所へ、のこのこ出向くなど愚かなことだ。

 

 僕は、少し考えた。

 

 確かに罠だろう。向こうの思う壺かもしれない。普通なら乗らない。放っておくのが、利口だ。

 

 だが——あの女は、ミカを狙うと言った。

 

 ここで行かなければどうなる。あの女は諦めない。次は、もっと大きな手で来るだろう。ミカのすぐ近くまで。いつか必ず。あの女が生きている限り、ミカへの脅威は消えない。

 

 ならば。

 

 答えは、決まっていた。

 

 「——殺そう」

 

 僕が、そう言うと、広間が、静まった。

 

 「あの女は、ミカを狙うって言った。なら殺す。それだけだよ」

 

 声を荒げたわけではない。いつもの、平坦な声だった。けれど

——その一言には揺らぎがなかった。世界の何にも、心を動かさない僕が、ただ一つ、明確に向けた殺意。

 

 幹部たちが、僕を見た。

 

 最初に、動いたのはチェインだった。

 

 「——御意」。武人は、深く、頭を垂れた。

「あなたが殺すと言うなら、俺の拳はそのために、ある。露払いはお任せを」

 

 「……私も」セイレーンが、静かに、続く。

「ミカ様に、害をなす者は。生かしておけない」

 

 赫飛が、にやりと笑って、ナイフを、弄ぶ。

「子供を狙う悪党は、趣味じゃないねェ。お供するよ」

 

 アル・カイドが、恍惚と目を細めた。

「我が王の御心のままに。あの女塵も残さず

吹き飛ばしてご覧に入れましょう」

 

 心酔した4人。彼らは損得を計らなかった。

僕が殺すと言った。ただそれだけで刃を抜く。

 

 残った、2人が——顔を見合わせた。

 

 「……マジかよ」イズナが頭を掻く。

「罠だっつったのに。本気で行く気か」

 

 「待て」。エディが、葉巻を灰皿に押し付けた。

しばらく黙考し——そして低く唸った。

 

 「……いや。俺たちだけ残るわけには、いかんな」

 

 「あ?」

 

 「考えてもみろ」エディは僕をちらりと見た。

 

「ボスと、こいつらが罠に向かう。もし何かあって

ボスが欠ければ——僭帝は看板を失って、ただの烏合に成り下がる。それは、最も避けたい事態だ」

 

 覇王の目が細くなる。

 

 「組織の最強戦力はボスを除外して、俺とイズナだ。その俺たちが、安全な後方でふんぞり返って

——主力を欠いたままボスを行かせる? 馬鹿げてる。万一の時に組織ごと終わる」

 

 打算だった。情ではない。

だが、その打算は——結局、僕たちと同じ場所へ向かう。

 

 「……ちっ。仕方ねえなァ」イズナが、煙草に

火を点けた。「乗りかかった舟だ。付き合ってやるよ」

 

 こうして——蔦漆を、除く全員が向かうことになった。

 

 その蔦漆は、輪の外で静かに頭を巡らせていた。

 

 「私が、前線へ出ても、足手まといになるだけだ」淡々と、彼は言った。

 

「だが——あの女の能力は、不気味だ。構成員を、

丸ごと殺し合わせた。正面からの力押しで

どうにかなる相手か、分からない。後方で

情報を洗い、作戦を立てる。打てる手はすべて打っておく」

 

 彼の頭の中で、もう計算が始まっている。

あらゆる事態を、想定し、備えを巡らせる。

それが彼の戦い方だった。

 

 僕は頷いた。そしてミカを見た。

 

 ミカは、広間の隅で、僕をじっと見ていた。

不安げに。けれど何も言わなかった。僕が行くと

決めたことを、止めはしない。ただ——その目が、言っていた。無事でいて欲しいと

 

 心配ない、と僕は思った。

 

 君を殺し合わせるなどと、ほざいた女を。

僕が、許すはずがない。——必ず塵にする。

 

 冷たいものが、僕の中で、静かに研ぎ澄まされていった。

 

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