空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第31話「盾」

僭帝編・第十七話「盾」

 

絶対の守りとは。

剣を、振るうことではない。

——ただ、そこに在るだけですべてを拒むこと。

 

 エディは状況を即座に把握した。

 

 イズナが操られた。あの女の能力で。仲間意識を、殺意に変えられ——その掌が、味方に向けて、掲げられている。

 

 「——ちっ」

 

 イズナの個性。吸収と放出。溜め込んだエネルギーを、光の奔流として撃ち出す。その極大の一撃が——今ミカとシュンカに向けて放たれた。

 

 まずい。エディの脳が警鐘を鳴らす。あの出力は直撃すれば、並の人間なら消し炭だ。ボスはともかく、ミカ嬢が——

 

 だが。

 

 その心配は、杞憂だった。

 

 シュンカは、動じもしなかった。ただ小さく手をかざす。それだけ。

 

 次の瞬間、イズナの光が——見えない壁に阻まれた。

 

 空気がそこで止まっていた。透明の、しかし絶対の何か。ビームがそれに触れた途端、拡散し掻き消える。まるで世界そのものに拒まれたかのように。

傷一つつかない。揺らぎすらしない。

 

 エディは、目を細めた。

 

 目の前の空気を固定した。そう理解するのに、数瞬かかった。時を止め、不変にした、ただの空気を、盾に変えた。あのイズナの、極大の出力を——手をかざしただけで。表情一つ変えずに。

 

 ……こうも、簡単に。

 

 これがAFOを殺した力。噂は聞いていた。実際に初仕事でも見た。

だが——何度見ても底が知れない。この子供の力には限界という輪郭が見えない。

 

 「エディ」

 

 シュンカの、平坦な声が飛んだ。

 

 「イズナを頼める?殺さずに」

 

 「——応」

 

 言われるまでも、なかった。だが、抑え込んで連れていくには、この男は暴れすぎる。ならば——手っ取り早い方法がある。

 

 エディはリミッターを解除した拳を、イズナの鳩尾へ、容赦なく叩き込んだ。

覇王の一撃。操られたイズナの巨体が、くの字に折れ、遥か後方へ——瓦礫の山へと、吹き飛んでいく。

 

 「悪いな。お前は吸収持ちだ。これくらいじゃ、死なないだろ」

 

 事実、イズナの個性は、衝撃の吸収にも働く。あの程度の一撃では、気絶はしても、死にはしない。乱暴だが確実に距離を取る、合理的な判断だった。操られた味方を、無力化しつつ遠ざける。

 

 その間に。

 

 「ミカ」シュンカが、静かに言った。

「一度退く。あの女の個性が、分からない。……とりあえず、距離を取る」

 

 ミカが頷いた。その小さな手が宙を撫でる。

 

 闇が、盛り上がった。巨大な、獣の形をとる。

夜の王の一体——グラディウス。万能の式神。

その背に、シュンカとミカが乗る。エディも、吹き飛ばしたイズナを担ぎ上げ、続いた。

 

 「あら。もうお帰り?」

 

 半壊ビルの屋上で、ファナティカが、聖母のように微笑んでいる。追う素振りを、見せながら。

 

 だが、シュンカたちを乗せたグラディウスは、既に地を蹴っていた。あの女の

感受性操作。その正体が掴めない以上——まずは、間合いを取る。得体の知れない敵に、無闇に踏み込むのは、下策だ。それはシュンカの、冷徹なまでの合理だった。

 

 赤い獣が、地獄と化した街を駆け抜けていく。ファナティカの姿が、見る間に遠ざかった。

 

 ——こうして、シュンカとミカは、その場を離れた。

 

 あの女の追撃を、断ち切るために。

 

 だから、二人は。知らなかった。

 

 自分たちが去った、その直後。入れ替わるように——一人のヒーローが、その戦場に駆けつけたことを。

 

 

 エンデヴァーが、その惨状にたどり着いたとき。

 

 街は、既に地獄だった。

 

 炎の英雄は、絶句した。そこかしこで、人が狂っている。悲鳴。狂笑。同士討ち。何の脈絡もなく、市民が、互いを傷つけ合っている。彼が、これまで対峙してきた、どんなヴィランの犯行とも——違う。

 

 「なんだ、これは……!」

 

 そして彼は見た。半壊したビルの屋上。そこに佇む青い髪の女を。顔に刻まれた、三つの文字を。

 

 あの女が、元凶だ。No.1ヒーローの直感が、告げた。

 

 「貴様が、やったのか」エンデヴァーの全身から、炎が噴き上がる。「この街を——こんな風にした、元凶か」

 

 女は、屋上から彼を見下ろした。聖母のように微笑んで。

 

 「あら。ヒーロー様。……ふふ。ええ、そうですよ。わたくしが、少々、手を加えました」

 

 悪びれもしない。その、慈悲深い笑みのまま。

 

 「許さん」エンデヴァーの拳に、炎が集束する。「これ以上、好きにはさせん。——ここで、止める!」

 

 業火が、放たれた。ビルの屋上ごと焼き尽くす、灼熱の奔流。現役No.1の、必殺の一撃。

 

 だが——女の姿は、既にそこには、なかった。

 

 「まあ、こわい」

 

 声は——真横から。

 

 エンデヴァーが、目を見開く。いつの間に。あれほどの距離を。青い髪の女が、すぐ傍らに立っていた。その手には——無骨なマチェットナイフ。

 

 速い。エンデヴァーの反応が、わずかに遅れた。炎を纏い直すより早く——女の刃が閃く。

 

 「ぐっ——!」

 

 咄嗟に、身を引いた。それでも、腕を深く斬られた。血が噴く。炎の英雄が、たたらを踏む。

 

 ……近接も化け物か。エンデヴァーは、歯を食いしばった。遠距離のあの街を狂わせる力。そして、この近接の刃の冴え。どちらも——並のヴィランではない。

 

 「ふふ。さすが、No.1。いい反応です」。女はうっとりと刃を撫でた。

 

「でも——あなた、ヒーローでしょう?」

 

 その言葉の意味を。エンデヴァーは、すぐに思い知ることになる。

 

 女の周囲。狂った市民たちが——ゆらり、と立ち上がった。そしてエンデヴァーへと向かってくる。うつろな目で。操られるまま。女を庇うように。エンデヴァーと女の間に、次々と立ちはだかる。

 

 「さあ。どうします?」。女が嗤う。

「わたくしを討ちたければ。——この人たちを、焼き払っていらっしゃいな。できるものなら」

 

 エンデヴァーの炎が——揺らいだ。

 

 撃てない。市民を盾にされて。彼の業火は

あまりに強すぎる。手加減して撃てば、女には届かない。本気で撃てば——間の市民を焼き殺す。

 

 ヒーローが。民間人を、焼けるはずがない。

 

 「く……っ」

 

 炎が、行き場を失って宙で燻る。その、一瞬の逡巡こそが——女の狙いだった。

 

 操られた市民の群れを、盾にして。その隙間を、縫うように。女が踏み込む。マチェットナイフが、白く光る。

 

 エンデヴァーは、市民を傷つけまいと、身をよじり——その不自然な体勢の、脇腹へ。深々と、刃が抉り込んだ。

 

 「がはっ——!」

 

 血が飛ぶ。巨躯が膝をつく。

 

 「ふふ。ごらんなさい」女が、慈悲深く囁いた。「あなたのその優しさが。あなたを殺すのですよ。——ヒーロー様」

 

 エンデヴァーは霞む視界で女を睨みつけた。動けない。市民を盾にされている限り、この女には手が出せない。炎という最強の武器が——民間人を守るという

ヒーローの矜持ゆえに、完全に封じられている。

 

 ……これが。この女の、恐ろしさか。

 

 力ではない。心を——ヒーローの優しさを、突いてくる。強ければ強いほど。優しければ優しいほど。この女の前では無力になる。

 

 薄れゆく意識の中で。エンデヴァーは悟った。

 

 自分は——勝てない。この街を救うことも。この女を止めることも。No.1ヒーローで、ありながら。

 

 「無念、ですか?」女が、とどめを刺そうと刃を振り上げる。

「ご安心を。じきにあなたも——」

 

 その時だった。

 

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