空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第36話「居場所」

僭帝編・第二十二話「居場所」

 

理由なんて、なかった。

ただ、気づいたら。

——ここが、帰る場所に、なっていた。

 

 オレは昔から退屈ってやつが、大の苦手だった。

 

 強さも金も、ひと通り手に入れた。

新宿の怪物、なんて大層な二つ名も、もらった。

でも——満たされた? まさか。何をやっても

どっか、白ける。世界がペラッペラの書き割りみたいに見える。だから、面白そうなもんには片っ端から、首を突っ込む。それが、オレの生き方だった。

 

 この、僭帝なんていう、ヘンテコな組織に乗ったのも。ただ面白そうだったから。ほんと、それだけ。

 

 白髪の、無愛想なガキが、ボスで。その隣に、

黒髪のお嬢ちゃん。……最初は、そりゃ、思ったさ。笑える冗談だって、な。

 

 なのに、まあ。人生ってのは分からない。

 

 ファナティカとの戦いの後。オレは、あの女の力で操られた。仲間に牙を剥いた。オレの意思とは関係なく。

 

 気がつけば瓦礫の中に転がっていた。エディに、思いきり吹っ飛ばされたらしい。全身が痛む。

 

 「よお。目、覚めたか」

 

 エディが、見下ろしていた。

 

 「……オレ、何かやらかしたか...?」

 

 「操られて、暴れた。俺が、殴って止めた。——お前が、吸収持ちで助かったぜ。並のやつなら、死んでた」

 

 オレは身を起こした。周りを見る。

皆、無事だった。誰も——オレを、責めなかった。操られたオレを、殺すことも、できたはずなのに。

そうせず、わざわざ殴って、気絶させて。

個性破壊弾とやらで、あの女の力を消して、オレを正気に戻した。

 

 「……助かったのか。オレ」

 

 「ボスが、言ったんだよ」エディが、肩をすくめた。

 

「『殺さずに』ってな。……面倒な、注文だ」

 

 オレは、少し、黙った。

 

 殺さずに。——あの、無感動なガキが。オレのことなんて、道具くらいにしか、思ってないと、思っていた、あのボスが。わざわざそう言った。

 

 なんだか。妙な気分だった。

 

 その夜。ファナティカ戦の打ち上げ、ということになった。

 

 誰が、言い出したのか。アジトの広間に、

酒と、飯が並んで。血の気の多い連中が、勝手に、騒ぎ始めた。

 

 「セイレーンちゃーん、飲も飲もォ!」

 

 「……触るな。斬る」

 

 「つれねェ〜」

 

 赫飛が、いつもの軽口で絡んで。セイレーンに、冷たく、あしらわれている。

チェインは、黙々と、飯を食っている。アル・カイドは、隅で静かに笑っている。蔦漆は、帳簿らしきものを眺めながら、酒を舐めている。

 

 騒がしい。統一感の欠片もない。

 

 その中心で。ボスとミカがいた。

ミカが、何か、ボスに話しかけて。ボスは相変わらず、無表情で頷いている。けれど。

——その隣にいる時の、ボスの空気だけは。ほんの、少し。柔らかい。

 

 オレは、手の中の酒を、ぐるりと、回しながら。ぼんやりと、その光景を、眺めていた。

 

 ……ああ、そうか。

 

 と。ふいに、思った。

 

 なんだよ、これ。この感じ。

 

 騒がしくて。まとまりゼロで。どいつも、こいつも、一癖どころか、五癖くらい、ありそうな、はみ出し者ばっかりで。——なのに、さ。

 

 ……居心地が、いいんだよなァ。これが。

 

 オレは自分の思いつきに、ちょっと笑っちまった。傑作だ。退屈が嫌いで、何やっても白けてた、このオレ様が。こんな雑で、うるさい場所を、居心地いいなんて

ぬかしてる。

 

 飽きねえんだ。こいつらといると。次に何が起こるか、さっぱり読めねえ。ボスも、お嬢ちゃんも、この変てこな連中も。

 

——見てて、まるで、飽きない。

 

 いつからだろうな。オレは、いつのまにか、この場所を。

 

 ——すっかり、気に入っちまってた。

 

 で、まあ。隣で、同じように、ちびちびやってた、エディに。オレはぽろっと、こぼしたわけだ。

 

 「なあ、エディ」

 

 「あん?」

 

 「オレさァ。……シュンカとミカのこと、好きになっちまったよ」

 

 ぶっ、と。エディが、酒を噴いた。

 

 

 

 ……正気か、こいつは。

 

 俺は、噴き出した酒を、手の甲で、拭った。隣で、へらへら笑っている、イズナを、まじまじと、見る。

 

 好きになった、だと?あのイズナが。新宿の怪物と呼ばれ、何にも執着せず、何にも本気にならなかった、この...享楽の塊みたいな男が。

 

 「……お前...飲みすぎだ。寝ろ」

 

 「本気だぜ、オレ」

 

 俺は、それ以上、取り合わなかった。酔っ払いの、戯言だ。そう、片付けた。片付けた、はず、だった。

 

 だが。

 

 その夜から。妙に、その言葉が、頭に、こびりついて、離れなかった。

 

 

 

 俺は——エディ。この僭帝を、イズナと二人で、作った男だ。

 

 断っておくが、俺はあのガキに心酔なんてしていない。するはずがない。

俺にとってシュンカは、看板だ。シュンカという、災害級の規格外の力。それを、旗印に掲げれば

裏社会は面白いように転がせる。

あいつはそのための、神輿。ただの駒だ。

 

 ……そのはず、だった。

 

 なのに。イズナのあの、間抜けな一言のせいで。俺は柄にもなく、考え込んでいた。

 

 あいつを——シュンカを駒だと。本当に、そう言い切れるのか。

 

 思い返す。ファナティカとの戦いを。あの女は化け物だった、俺たち幹部が総出でも、手を焼く、規格外。エンデヴァーですら届かなかった。

 

——それを。あいつは片手間で葬った。

 

空気を固定して、イズナのビームを、こうも簡単にいなし。高速で間合いを詰め

一瞬で。まるで造作もないというように。

 

 あれが。駒?

 

 笑わせるな。

 

 俺は、気づいてしまった。認めたくなかったが。——認めざるを、得なかった。

 

 俺はあいつの器を。見誤っていた。

 

 看板だと。神輿だと。そう値踏みして、拾った。利用してやるつもりだった。この俺の、掌の上で、転がして。——だが、とんだ、思い上がりだ。あいつは、利用できるような、ちゃちな器じゃ、なかった。底が見えない。……いや。

 

 正しくはこうだ。利用してやろうと近づいた、この俺のほうが。いつのまにか——あいつの、途方もない器に。呑まれていた。使うつもりが、呑まれていた。

それが真実だった。

 

 ならば。俺の、結論は。一つ、しかなかった。

 

          

 

 俺はシュンカの前に立った。

 

 あいつはいつものように、無感動な目で、俺を、見上げた。その隣には当然のように、ミカがいる。

 

 「ボス。——一つ、詫びなきゃ、ならん」

 

 俺は、切り出した。

 

 「俺はあんたを勘違いしてた。看板として、神輿として、利用するつもりで拾った。……だが、間違いだった。あんたは——そんな、ちゃちなタマじゃねぇ」

 

 シュンカは何も言わない。ただ、聞いている。

 

 「あんたは、本物だ。この裏社会の、頂点に立つべき、器だ。だから——俺があんたを、そこまで押し上げてやる。俺の頭脳と力のすべてを使ってな。あんたを

正真正銘の王にしてやるよ」

 

 覇王の、宣言だった。俺のこれは、最大限の敬意であり——臣従の証だった。

 

 だが。

 

 シュンカは。少しの間も置かずに答えた。

 

 「いや。別に要らない」

 

 ……は?

 

 「王とか、頂点とか。興味ない。僕は——ミカと、いられればそれでいい」

 

 そのあまりにあっさりとした、

答えに。俺は、一瞬言葉を失い——

 

 そして。笑ってしまった。

 

 ああ。そうか。そうだよな。

 

 頂点を。世界を。差し出してやる、と、言われて。「要らない」と。即答する。

——欲がない。まるで何一つ、望んでいない。ただ、隣の少女といられればそれでいい、と。

 

それを聞いて。俺は最後の最後で。完全に理解した。

 

 求めない。何も。だからこそ

 

——こいつは本物だ。玉座を欲しがる者は、山ほどいる。だが玉座を差し出されて、要らない、と言える者が。どこにいる。求めぬ者こそが。王の器だ。

 

 「……ボス」

 

 俺は片膝をついた。この俺が。

誰にも膝を折らなかったこの覇王が。

 

 「——それでこそ、だ」

 

 心の底からの、笑みが、こぼれた。

 

 俺はずっと、頂点を目指してきた。誰の下にも、つかず。いつかこの手で、すべてを束ねる。

 

それが、俺の生き方だった。——なのに。

 

 今俺は。生まれて初めて。心からこの人の下につきたいと。そう願っている。

 

 おかしな話だ。頂点を、目指していたはずの俺が。「仕えたい」と、思える相手に、出会っちまうとは。

 

 だが——不思議と。悔しさは、なかった。負けた、とも、思わなかった。むしろ。

 

 ……ようやく、見つけた。

 

 俺が、この生涯を賭けて、仕えるに値する本物の王を。それは——頂点に、立つことよりも。ずっと胸の躍る。発見だった。

 

 こうして。僭帝の最後の一人が。王の前に膝を折った。

 

 打算で、集った、七つの刃は。もう、どこにも、いない。——ここにいるのは、ただ一人の王と。その王に、心から仕える、七人の臣下だけ、だった。

 

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