空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第37話「潮」

僭帝編・第二十三話「潮」

 

王は、何も求めなかった。

——それなのに。

潮が満ちるように、すべてが集まってきた。

 

 ファナティカを、単身で葬った。

 

 その一報が、裏社会を駆け巡ってから。潮目が変わった。

 

          

 

 蔦漆のもとには。連日、ひっきりなしに報せが舞い込んでいた。

 

 「……また、傘下入りの申し出か」

 

 彼は、積み上がった書類の束を、指で弾いた。関東一円の、名だたる裏組織。

武闘派の集団。腕利きの個人。——そのことごとくが、僭帝の名を慕って。頭を垂れてくる。

 

 無理もなかった。あのファナティカ。現役ナンバーワンのエンデヴァーすら

退けた、災害級の怪物。それを、僭帝は——正面から迎え撃ち、葬った。裏社会の住人たちにとって、それが意味するところは明白だった。

 

 ——シュンカは、本物だ。

 

 力こそがすべての世界。その頂点に、疑いようのない証明を掲げた者が、現れた。ならば、集うのは、必然だった。強き者に。本物の王に。

 

 「くくっ。笑いが、止まらんな」

 

 蔦漆は算盤を弾く。取り込むべき組織。切り捨てるべき有象無象。情報を精査し、選別し、配置する。彼の頭脳の、独壇場だった。僭帝という、巨大な生き物が、日に日に、膨れ上がっていく。その血管の一本一本を、彼が設計していく。

 

 「ただし——表には、手を出すな」

 

 蔦漆は、傘下の組織に、厳命した。

 

 「堅気には指一本、触れるな。政も、経済も、放っておけ。我々は裏の王だ。

表の玉座など、要らん。——欲張った瞬間、国家が牙を剥く。そうなれば、この、居心地のいい楽園も、終わる」

 

 それは、王の平穏を守るための。彼なりの、計算だった。表を荒らさなければ、国家とて簡単には動けない。裏に徹する限り、この大樹は揺るがない。

 

 

 集まってきた、荒くれ者たちを束ねるのは。エディの役目だった。

 

 「——おい。新入り整列しろ」

 

 覇王の一声で。腕自慢のならず者たちが、びくり、と背筋を伸ばす。一癖も二癖もある、裏社会の猛者たち。放っておけば好き勝手に暴れる、荒馬の群れ。それを——エディはその圧倒的な格で統率していた。

 

 「僭帝の掟は、一つだ」エディが、低く告げる。

「ボスと、ミカ嬢に、仇なす者は——理由も聞かず、消す。それ以外は、好きにしろ。……分かったな」

 

 誰も、逆らわなかった。逆らえる、はずがなかった。この、覇王の放つ圧の前では。

 

 エディは、内心で、独りごちる。……上々だ。数も、質も、揃ってきた。これだけの戦力があれば。たとえ、どんな大きな敵が来ようとも。

 

 彼の脳裏には。ぼんやりと、一つの可能性が、よぎっていた。いずれ——ヒーローどもが、動くかもしれん、という。あの、ファナティカ戦を目撃した、エンデヴァー。あの男が、僭帝を放っておくとは思えない。ならば、備えは、いくらあっても、いい。

 

 組織は、もはや。神奈川一円に留まる規模では、なくなっていた。

 

       

 

 その、すべての中心に。

 

 シュンカは、いた。

 

 膨れ上がる、組織。集う、強者。日に日に、大きくなる、僭帝という王国。——その頂点に、座りながら。彼は、何一つ、興味を示さなかった。

 

 「ボス」。エディが、報告に来る。「関東の主要な組織は、ほぼ、掌握しました。戦力も、盤石です」

 

 「……そう」

 

 シュンカの返事は、それだけだった。

 

 組織が、大きくなろうが。強者が、集まろうが。裏社会の頂点に、立とうが。——彼には、どうでも、よかった。玉座も、権力も、軍勢も。何一つ、望んでなど、いなかった。

 

 彼の隣で。ミカが、退屈そうに、足をぶらぶらさせている。その横顔を、シュンカは、ちらりと見た。

 

 ——ミカが安全で。ミカといられる。

 

 それだけがあれば。良かった。この膨れ上がる王国も。彼にとっては、その、ただ一つの目的のための。副産物に過ぎなかった。

 

 求めなかった。何も。ただ隣にいたかった。それだけの少年のもとに。

 ——潮が満ちるように。すべてが集まってくる。

 

 皮肉な、だった。世界を欲したAFOは、何も遺せず消えた。すべてを渇望した、死柄木は、今も、燻っている。なのに——何も求めないこの少年のもとにだけ。力も、人も、王国も。とめどなく流れ込んでくる。

 

 まるで——求めぬ者こそが。王に選ばれる、とでもいうように。

 

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