僭帝編・第二十四話「善意」
彼らは正しかった。
誰よりも優しく、誰よりも真剣に。
——ただ、その優しさが向かう先を。
一つだけ、間違えていた。
ヒーロー協会の大会議室。
居並ぶのは、この国の名だたるトップヒーローたち。物々しい空気が、満ちていた。議題は、ただ一つ。——横浜を地獄に変えた、あの惨劇について。
壇上に立ったのは、ホークスだった。
「結論から言います」
彼は、いつもの飄々とした調子を消して、切り出した。
「横浜のファナティカを討伐したのは——我々、ヒーローではありません。ヴィランです。それも——あの、オール・フォー・ワンを葬った、シュンカ君。
あの子供です」
ざわ、と。会議室が、揺れた。
「現場には、これが落ちていました」
ホークスが、一枚の写真を掲げる。禍々しい、注射器のような弾
「個性破壊弾。……ええ、死穢八斎會の代物です。
連中は、壊滅済みですが——どこかで手に入れたんでしょう。あの子はこれで、ファナティカの個性を、強制的に消した」
ホークスは、淡々と続ける。
「殺せば操作された市民が、二度と戻らなくなる。だから——殺さず、個性だけを消した。その上で、無力化した。結果——狂わされた市民は、全員元に戻り。死者は最小限に抑えられた。我々や、
市民への被害を、極限まで減らした討伐だった」
彼は、一拍置いて。
「正直に言います。——あれは。一番模範的な
やり方でした」
沈黙が落ちた。重い沈黙が。
ヴィランが。子供のヴィランが。ヒーローの誰にも、できなかったことを。最も、模範的な形でやってのけた。その事実の重みが。会議室を押し潰していた。
その沈黙を。破ったのは。
「……俺は」
エンデヴァーだった。包帯を巻いた身体で、椅子に座り。俯いて。絞り出すように。
「俺は今——自分が許せん」
拳を、握りしめて。
「あの場に、俺は、いた。No.1として。なのに——手も足も、出なかった。市民が、人質にされた? ……そんなものは、言い訳にすらならん。俺が
ふがいなかった。ただそれだけのことだ」
声が、震えていた。
「そして——その尻拭いを。あの、子供にさせた。俺たちが、できなかったことを。まだ、十かそこらの、子供に。全て背負わせた。……情けない。ヒーローが、聞いて呆れる」
誰も、言い返せなかった。それは——この場の、すべてのヒーローの胸を、抉る言葉だった。
重い空気の中で。ホークスが、再び口を開いた。
「エンデヴァーさんの、気持ちは分かります。でも——俺は、もう一つ引っかかってることが、ある」
彼の目が、細くなる。
「調べました。あの、シュンカ君。……あの子は、今、『僭帝』という、裏社会の組織の——トップ、ということになっている」
再び、ざわめきが、起きる。
「トップ? あの、子供が?」
誰かが、声を上げた。
「まさか。十歳やそこらの子供が。裏社会の巨大組織を、束ねているというのか」
「ええ。表向きは、そうです。……でも」
ホークスの声が、低くなった。
「おかしいと、思いませんか。十歳の子供が。あんな、大組織の本物のトップの、はずがない」
彼は断じた。
「神輿ですよ。あの子は。……担ぎ上げられてるんだ。悪い大人たちに。あの、規格外の力を、利用するために。AFO殺しの看板として祭り上げられている」
ホークスの言葉に。熱が、こもり始めた。いつもの彼らしくない熱が。
「考えてみてください。あの子は、AFOに拾われ兵器にされた。そして今度は——僭帝とかいう、組織の大人たちに、利用されている。ファナティカの尻拭いまでさせられて。……ずっと、大人の都合で。道具のように使われ続けてるんだ」
彼の拳が、震えていた。
「——許せない、でしょう。そういうのが。
子供を、利用する大人ってのが。俺は……反吐が、出る」
ホークスの声には。分析を超えた、何かが、滲んでいた。誰も知らない。この若きNo.2が。かつて、自分自身が。大人たちに才能を見出され。道具として育てられ、感情を殺すよう、仕込まれた——その過去を。
だから彼には。放っておけなかった。あの、無感動な、赤い目の子供が。かつての、自分と。どうしても重なって見えた。
「あの子は——救い出すべきだ。あの組織から。利用される、日々から」
「……ホークスの、言う通りだ」
エンデヴァーが顔を上げた。俯いていた、自責の色が。少しずつ、別の光に変わっていく。
「あの子の倫理は。確かに、壊れているのかもしれん。人を、手にかけることに、ためらいがない
許せない...AFOのやつが。あんな幼い子供に、とんでもない教育を、植え付けたんだろう」
拳を握る。だが、その目には——怒りだけではない何かがあった。
「だが——考えても、みろ。あの子は。あれだけの力を、持ちながら。市民を一人も、巻き込まなかった。手も足も出ない、俺にすらとどめを刺さなかった。……あの子にはあるんだ。善悪の、天秤が。
守るべきものと、そうでないものを、分ける線が。壊れきって、なんかいない」
エンデヴァーの声に。確信が、こもる。
「なら——まだ、間に合う。今から、正しい大人が。適切な教育をしてやれば。あの子は……あの、規格外の力を。正しい方向に、使えるように、なるかもしれん。ヒーローとは、言わないまでも。少なくとも——人を傷つけない生き方を」
それは。かつて、家庭を壊し。今、その償いを、続けている男の。切実な願いだった。壊れたものは。やり直せる。取り返しは、つく。——そう、信じたかった。自分自身のためにも。
その言葉を、聞いて。
オールマイトの胸が。熱くなった。
ああ。そうだ。そうだとも。まだ間に合う。
あの子達は、手遅れなんかじゃない。
——エンデヴァーの言葉は。ずっと、罪悪感を抱え続けてきた、オールマイトにとって。何よりの、救いの言葉だった。
痩せこけた、かつての英雄が。静かに、立ち上がる。
「……私も、同じ意見だ」
その声には、静かな決意が、宿っていた。
「あの子たちを、ヴィランにしたのは。神野で救えなかった、我々だ。私だ。——ずっと、悔いてきた。もう一度会えたら。今度こそ救いたい、と」
彼の落ち窪んだ目に。光が、宿る。
「あの子は、生きていた。そして——あんな状況でも。市民を守ろうとした。エンデヴァーの、言う通りだ。まだ間に合う。あの子の心は、まだ——救える。私はそう信じている」
会議室の空気が。変わり始めていた。自責から。決意へ。
トップヒーローたちの胸に。同じ想いが、灯り始める。それぞれの理由で。ある者は、贖罪から。ある者は、正義から。ある者は、我が身を重ねて。——だが、行き着く先は、一つだった。
「あの子たちを、救出する」
その方針は。満場一致で、決まった。
だが——。
「……問題は、やり方だ」
ベストジーニストが、冷静に、指摘する。
「相手は、あのファナティカを葬った、規格外の子供。そして、その背後には、僭帝という、巨大組織がある。……真正面から、ぶつかって、勝てる相手ではない。下手を、すれば——第二の、横浜に、なりかねん」
沈黙が、落ちる。
救うと決めた。だが——どう、救うのか。相手は、あまりに、強大で。あまりに、規格外だった。具体的な方策は。誰にも、まだ、見えていなかった。
こうして——ヒーローたちの、長い、長い、
そして、報われぬ救済の道が。静かに幕を開けた。
彼らは、知らなかった。
その子にとって。彼らの善意が。
何よりも、いらないものであることを。