空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第38話「善意」

僭帝編・第二十四話「善意」

 

彼らは正しかった。

誰よりも優しく、誰よりも真剣に。

——ただ、その優しさが向かう先を。

一つだけ、間違えていた。

 

 ヒーロー協会の大会議室。

 

 居並ぶのは、この国の名だたるトップヒーローたち。物々しい空気が、満ちていた。議題は、ただ一つ。——横浜を地獄に変えた、あの惨劇について。

 

 壇上に立ったのは、ホークスだった。

 

 「結論から言います」

 

彼は、いつもの飄々とした調子を消して、切り出した。

 

「横浜のファナティカを討伐したのは——我々、ヒーローではありません。ヴィランです。それも——あの、オール・フォー・ワンを葬った、シュンカ君。

あの子供です」

 

 ざわ、と。会議室が、揺れた。

 

 「現場には、これが落ちていました」

 

ホークスが、一枚の写真を掲げる。禍々しい、注射器のような弾

 

「個性破壊弾。……ええ、死穢八斎會の代物です。

連中は、壊滅済みですが——どこかで手に入れたんでしょう。あの子はこれで、ファナティカの個性を、強制的に消した」

 

 ホークスは、淡々と続ける。

 

 「殺せば操作された市民が、二度と戻らなくなる。だから——殺さず、個性だけを消した。その上で、無力化した。結果——狂わされた市民は、全員元に戻り。死者は最小限に抑えられた。我々や、

市民への被害を、極限まで減らした討伐だった」

 

 彼は、一拍置いて。

 

 「正直に言います。——あれは。一番模範的な

やり方でした」

 

 沈黙が落ちた。重い沈黙が。

 

 ヴィランが。子供のヴィランが。ヒーローの誰にも、できなかったことを。最も、模範的な形でやってのけた。その事実の重みが。会議室を押し潰していた。

 

 その沈黙を。破ったのは。

 

 「……俺は」

 

 エンデヴァーだった。包帯を巻いた身体で、椅子に座り。俯いて。絞り出すように。

 

 「俺は今——自分が許せん」

 

 拳を、握りしめて。

 

 「あの場に、俺は、いた。No.1として。なのに——手も足も、出なかった。市民が、人質にされた? ……そんなものは、言い訳にすらならん。俺が

ふがいなかった。ただそれだけのことだ」

 

 声が、震えていた。

 

 「そして——その尻拭いを。あの、子供にさせた。俺たちが、できなかったことを。まだ、十かそこらの、子供に。全て背負わせた。……情けない。ヒーローが、聞いて呆れる」

 

 誰も、言い返せなかった。それは——この場の、すべてのヒーローの胸を、抉る言葉だった。

 

 重い空気の中で。ホークスが、再び口を開いた。

 

 「エンデヴァーさんの、気持ちは分かります。でも——俺は、もう一つ引っかかってることが、ある」

 

 彼の目が、細くなる。

 

 「調べました。あの、シュンカ君。……あの子は、今、『僭帝』という、裏社会の組織の——トップ、ということになっている」

 

 再び、ざわめきが、起きる。

 

 「トップ? あの、子供が?」

誰かが、声を上げた。

 

「まさか。十歳やそこらの子供が。裏社会の巨大組織を、束ねているというのか」

 

 「ええ。表向きは、そうです。……でも」

 

ホークスの声が、低くなった。

 

「おかしいと、思いませんか。十歳の子供が。あんな、大組織の本物のトップの、はずがない」

 

 彼は断じた。

 

 「神輿ですよ。あの子は。……担ぎ上げられてるんだ。悪い大人たちに。あの、規格外の力を、利用するために。AFO殺しの看板として祭り上げられている」

 

 ホークスの言葉に。熱が、こもり始めた。いつもの彼らしくない熱が。

 

 「考えてみてください。あの子は、AFOに拾われ兵器にされた。そして今度は——僭帝とかいう、組織の大人たちに、利用されている。ファナティカの尻拭いまでさせられて。……ずっと、大人の都合で。道具のように使われ続けてるんだ」

 

 彼の拳が、震えていた。

 

 「——許せない、でしょう。そういうのが。

子供を、利用する大人ってのが。俺は……反吐が、出る」

 

 ホークスの声には。分析を超えた、何かが、滲んでいた。誰も知らない。この若きNo.2が。かつて、自分自身が。大人たちに才能を見出され。道具として育てられ、感情を殺すよう、仕込まれた——その過去を。

 

 だから彼には。放っておけなかった。あの、無感動な、赤い目の子供が。かつての、自分と。どうしても重なって見えた。

 

 「あの子は——救い出すべきだ。あの組織から。利用される、日々から」

 

 「……ホークスの、言う通りだ」

 

エンデヴァーが顔を上げた。俯いていた、自責の色が。少しずつ、別の光に変わっていく。

 

「あの子の倫理は。確かに、壊れているのかもしれん。人を、手にかけることに、ためらいがない

許せない...AFOのやつが。あんな幼い子供に、とんでもない教育を、植え付けたんだろう」

 

 拳を握る。だが、その目には——怒りだけではない何かがあった。

 

 「だが——考えても、みろ。あの子は。あれだけの力を、持ちながら。市民を一人も、巻き込まなかった。手も足も出ない、俺にすらとどめを刺さなかった。……あの子にはあるんだ。善悪の、天秤が。

守るべきものと、そうでないものを、分ける線が。壊れきって、なんかいない」

 

 エンデヴァーの声に。確信が、こもる。

 

 「なら——まだ、間に合う。今から、正しい大人が。適切な教育をしてやれば。あの子は……あの、規格外の力を。正しい方向に、使えるように、なるかもしれん。ヒーローとは、言わないまでも。少なくとも——人を傷つけない生き方を」

 

 それは。かつて、家庭を壊し。今、その償いを、続けている男の。切実な願いだった。壊れたものは。やり直せる。取り返しは、つく。——そう、信じたかった。自分自身のためにも。

 

 その言葉を、聞いて。

 

 オールマイトの胸が。熱くなった。

 

 ああ。そうだ。そうだとも。まだ間に合う。

あの子達は、手遅れなんかじゃない。

 

——エンデヴァーの言葉は。ずっと、罪悪感を抱え続けてきた、オールマイトにとって。何よりの、救いの言葉だった。

 

 痩せこけた、かつての英雄が。静かに、立ち上がる。

 

 「……私も、同じ意見だ」

その声には、静かな決意が、宿っていた。

 

「あの子たちを、ヴィランにしたのは。神野で救えなかった、我々だ。私だ。——ずっと、悔いてきた。もう一度会えたら。今度こそ救いたい、と」

 

 彼の落ち窪んだ目に。光が、宿る。

 

 「あの子は、生きていた。そして——あんな状況でも。市民を守ろうとした。エンデヴァーの、言う通りだ。まだ間に合う。あの子の心は、まだ——救える。私はそう信じている」

 

 会議室の空気が。変わり始めていた。自責から。決意へ。

 

 トップヒーローたちの胸に。同じ想いが、灯り始める。それぞれの理由で。ある者は、贖罪から。ある者は、正義から。ある者は、我が身を重ねて。——だが、行き着く先は、一つだった。

 

 「あの子たちを、救出する」

 

 その方針は。満場一致で、決まった。

 

 だが——。

 

 「……問題は、やり方だ」

 

ベストジーニストが、冷静に、指摘する。

 

「相手は、あのファナティカを葬った、規格外の子供。そして、その背後には、僭帝という、巨大組織がある。……真正面から、ぶつかって、勝てる相手ではない。下手を、すれば——第二の、横浜に、なりかねん」

 

 沈黙が、落ちる。

 

 救うと決めた。だが——どう、救うのか。相手は、あまりに、強大で。あまりに、規格外だった。具体的な方策は。誰にも、まだ、見えていなかった。

 

 こうして——ヒーローたちの、長い、長い、

そして、報われぬ救済の道が。静かに幕を開けた。

 

 彼らは、知らなかった。

 

その子にとって。彼らの善意が。

何よりも、いらないものであることを。

 

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