空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第41話「開戦」

僭帝編・第二十七話「開戦」

 

その作戦は。

最初の一手から、狂い始めた。

 

 決行は夜明け前と決まった。

 

 まだ、闇の残る横浜近辺。その一帯に。今史上最大の、ヒーロー部隊が集結していた。

 

 空にはエッジショット。上空からの偵察と遊撃を担う。地にはエンデヴァーを筆頭に。

全国から招集された英雄たちが、ずらりと並ぶ。

その数数百。加えて警察の精鋭部隊。

日本の治安を支えるほぼすべてが。この一点に、注がれていた。

 

 張り詰めた沈黙。誰もが、息を殺しその時を待っていた。

 

 「——作戦開始」

 

 エンデヴァーの低い号令が、朝の冷たい空気を

裂いた。

 

 英雄たちが一斉に動く。計画は明快だった。

まず外郭の構成員から、削っていく。

組織を外側から切り崩し、幹部を孤立させ、

そして、奥にいるという二人の子供を救出する。

——頭を押さえれば、烏合の衆は崩れる。

裏社会を知る者なら、誰もが頷く常道だった。

 

 はず、だった。

 

 だが。

 

 戦端が開かれて。ものの数分で。前線のヒーローたちは、奇妙な違和感に襲われ始めた。

 

 「……おかしい」

 

 構成員が、崩れない。

 

 六百人。本来なら頭さえ押さえれば、

統率を失い散り散りになる、ただの下っ端

——その末端の一人ひとりまでが。恐ろしく、統率が、取れていた。

 

 仲間が、一人、倒される。だが周りは、乱れない。すぐに隊列を組み直し、倒れた者の、位置を

埋め、互いを、庇い合う。誰も逃げない。誰も浮足立たない。まるで——鍛え抜かれた、正規の、軍隊のように。

 

 「指揮系統を、叩いてる、はずなのに」。前線で、構成員を、押さえ込みながら、一人のヒーローが、呻いた。「なんでこんなに、一糸乱れず——」

 

 エンデヴァーは、炎を薙ぎ、道をこじ開けながら。その、異常さに気づいていた。

 

 これは命令で、動いている軍勢ではない。上からの、指示を待って動く、駒ではない。もっと、下から。一人ひとりの、内側から、湧き上がる——意志で、動いている。誰に言われるでもなく。この組織を、この主を、守るのだという、意志で。

 

 そして、それ以上に。彼を、戦慄させたのは、別のことだった。

 

 構成員の、力量が、高すぎる。

 

 「下っ端」の、はずだった。数を揃えるための、

頭数のはずだった。——なのに。その一人ひとりが。並のヴィランを、遥かに凌ぐ。手練れの、ヒーローが、複数がかりでようやく、一人を、押さえ込む。そんな化け物が六百。

 

 こんな軍勢を。あの幹部たちが、鍛え上げたというのか。この規模の精鋭を。

 

 「……話が違うぞ」

 

後方で、戦況を、見ていた、誰かが、掠れた声で、呟いた。「これは。崩れる組織じゃない」

 

 その時。

 

 戦場の一角が。ふいに静まり返った。

 

 喧騒の、渦の中で。そこだけが、ぽっかりと、空白になったように。ヒーローたちの、視線が、吸い寄せられる。立ち込める、煙の、向こうに。二つの、影が、立っていた。

 

 一人は気だるげに両手をポケットに突っ込んで

佇む、痩身の男——イズナ。

もう一人は微動だにせず、拳を構えた仏頂面の武人——チェイン。その全身に。陽炎のような力の、

揺らぎが、まとわりついていた。

 

 イズナが、だるそうに、首を、鳴らし、肩を、回した。

 

 「ふぃ〜。……付き合わされる身にも、なってほしいね。ったく」

 

 その身体には、傷ひとつなかった。——たった今まで。彼はチェインの拳を、延々と受け続けていた、のだというのに。

 

 チェインの個性コンボ。

 

打撃を当てるほどに、次の一撃の威力が増していく。そして、そのカウントは。味方に当てても

進む。

——イズナのあらゆるエネルギーを吸収する個性は。チェインの拳の衝撃を、すべて無効化する。

だからイズナは。彼にとって最高の——「打ち込み台」だった。

 

 幾百もの拳を、イズナの身体に叩き込み。

その一発一発を、イズナが吸収し。

無駄なくカウントだけが積み上がっていく。

 

 五十。八十。——そして。

 

 「……満タンだな、チェイン」。イズナが、にやり、と、笑った。

 

 チェインのコンボは、今、最大値。百。

 

 常人に当たれば、ただ肉体が、弾け飛ぶ。

その一撃を、百発分。余さず、チャージし終えた、最強の、砲弾が。今、静かに戦場に降り立った。

 

 チェインがゆっくりと、構えを深くする。

 

 「——主の、御前を穢す者は。この剣が断つ」

 

 ヒーローたちは、恐怖した

 

 この圧倒的な、武人が。僭帝に七人いる

幹部の——たった一人に過ぎないことを。

 

 崩れるはずだった軍勢は、崩れなかった。頭を、断てば、終わるはずの戦いは——終わるどころか。今、ようやく、始まったばかりだった。

 

 研ぎ澄まされた、一振りの剣が、鞘を、払う。そして、その後ろには。まだ、六つの刃が。静かに、出番を、待っていた。

 

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