空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第44話「問い」

僭帝編・第三十話「問い」

 

彼らは、最後まで、善意だった。

最後まで、正しく、あろうとした。

——ただ、一つの問いに。

その、すべてが、崩れ落ちた。

 

 戦場の最奥。

 

 幹部たちの、向こう。崩れかけた建物の、その、さらに奥から。一つの影が、歩み出た。

 

 小さな、影だった。汚れ一つ、ない白い髪。血の色の瞳。——シュンカ。

 

 その姿を認めた瞬間、指揮本部がざわめいた。

 

 「シュンカが……出てきた? まさか」誰かが呻く。「あの子は、奥で、守られているはずじゃ——」

 

 だが、その動揺は、すぐに別の解釈へと塗り替えられた。

 

 「……いや。そうか」ホークスが目を見開いた。「あの子は、気づいたんだ。俺たちが、助けに来たことに。だから——自分から、出てきた」

 

 その言葉に、指揮本部が希望に色めき立つ。そうだ。そうに違いない。あの子は、この地獄のような組織から逃れたくて、救いの手を求めて、自分から姿を現したのだ。——ずっと、待っていた、この瞬間を。

 

 「——今だ」

 

 オールマイトが前へ出た。痩せた身体で。けれど、その顔には慈愛が満ちていた。緑谷も、その隣に並ぶ。

 

 「シュンカ君!」緑谷がまっすぐに手を差し伸べた。「もう、大丈夫だ! 僕たちが来た。君を、こんなところから助けに来たんだ。——こっちへ、おいで!」

 

 「怖かっただろう」オールマイトが優しく続ける。「もう、いいんだ。君も、ミカちゃんも。私たちが守る。安全な場所へ連れて行く。悪い大人たちから離れて——普通の、子供らしい暮らしを、取り戻そう」

 

 差し伸べられた、二つの手。そこには、一片の打算もなかった。ただ、純粋な善意だけがあった。

 

 シュンカは。その手を、静かに見つめた。

 

 そして——首を傾げた。

 

 「……助けに来た?」

 

 その声は、驚くほど静かだった。感情の揺らぎが、ない。

 

 「保護って——何から?」

 

          

 

 その問いに、差し伸べられた手が、わずかに強張った。

 

 「何から、って……」緑谷が戸惑う。「その、悪い組織から。君を利用している、大人たちから——」

 

 「利用?」シュンカはまた首を傾げた。心底分からない、というように。「誰も、僕を利用してない。この人たちは——僕と、ミカのために戦ってくれてる。今も」

 

 彼は静かに、幹部たちを見た。傷つき、それでも退かない、七人を。

 

 「ねえ。今、ミカを守ってるのは——誰?」

 

 ヒーローたちは、答えられなかった。

 

 「貴方達は」シュンカの赤い瞳が、まっすぐに彼らを射た。「ミカが、泣いていた時。来てくれた?」

 

 沈黙。

 

 「僕たちが独りだった時。誰もいなかった。手を差し伸べる人なんて。——どこにも、いなかった」

 

 その声には、恨みも、怒りもなかった。ただ、事実を述べているだけ。だからこそ——重かった。

 

 「なのに。今になって。助けに来た、って言う。守る、って言う」。シュンカは静かに続けた。「貴方達は——今まで。何を、守ってきたの?」

 

          

 

 誰も、言葉を返せなかった。

 

 差し伸べた手が、宙で行き場を失っていた。緑谷の顔が歪む。反論が、できない。だって——その通りだったから。

 

 「……すまなかった」

 

 絞り出したのは、オールマイトだった。

 

 「君が独りだった、あの時。私たちは、そばにいてやれなかった。君を、こんな道へ、進ませてしまった。——それは、私たちの罪だ。本当に……すまなかった」

 

 深く、頭を下げる。かつて、平和の象徴だった男が。一人の子供に。心の底から、詫びていた。

 

 だが。

 

 シュンカは、その謝罪にも、表情を変えなかった。

 

 「……謝って欲しいわけじゃ、ないんだ」

 

 静かな、声だった。

 

 「僕は、貴方を、恨んでない。怒ってもない。だから、謝られても——困る」

 

 彼は、まっすぐに、オールマイトを見た。

 

 「僕が、欲しいのは。謝罪でも、保護でも、ない。——ただ、ほっといて欲しいんだ。それだけ」

 

 オールマイトの、下げた頭が。行き場を、失った。

 

 「僕は、ミカといられれば、それでいい。この人たちと、いられれば、それでいい。誰にも、助けてほしくない。誰にも、救ってほしくない。——だから。ほっといて。それが、僕の、お願い」

 

          

 

 その光景を見ていた、ホークスの中で。何かが、音を立てて崩れた。

 

 ……違った。何もかも。

 

 瓦解作戦。利害で集まった、烏合の衆。要を抜けば崩れる。——そう読んでいた。だが。あの幹部たちは、利害で動いてなど、いなかった。傷つき、血を流し、それでも、あの子のために退かない。——あれは、忠誠ですらない。もっと、深い、何か。

 

 心酔だ。

 

 付け入る隙が、ない。裏切りも、打算も、そこにはない。あるのは——ただ、一人の王への、絶対的な想いだけ。そんなもの、どうやって崩せというのか。崩れる、はずがない。

 

 そして。ホークスは、ようやく悟った。

 

 これは——救出作戦、などではなかった。

 

 自分たちは。世界で一番固い城に、喧嘩を売ったのだ。守るべき、たった二人のために、七人が命を投げ出す。そんな愛の城に。——力ずくで、押し入ろうとした。そして、その中にいる子供は、救いなど、求めてすらいなかった。

 

 「……勝てるわけが、ない」。ホークスの唇から、掠れた声が漏れた。「これは……力じゃ、どうにもならない。俺たちが、どれだけ強くても。——あの城の扉は、力では、決して開かない」

 

 差し伸べた手は、届かない。

 

 善意も、正義も、力も、謝罪も。——何一つ、あの子には届かなかった。

 

 英雄たちは、その日。生まれて初めて思い知った。

 

 守るべきものを守り抜く、絶対的な愛の前では。自分たちの正義など——あまりにも無力だ、ということを。

 

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