空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第46話「余燼」

僭帝編・第三十二話「余燼」

 

英雄たちが、去った後。

城には、静かな、安堵が、満ちていた。

——そして、遠く。

一人の男が、その報せに、歯を、軋ませていた。

 

 英雄たちの大軍が、退いた後。

 

 僭帝の拠点には。奇妙な静けさが、戻っていた。傷ついた構成員も、幹部も。誰もが、生き延びた。そして——守り抜いた。

 

 「……勝ったな」。イズナが、地面に大の字に寝転がって呟いた。

 

「ヒーローの総力戦を跳ね返した。とんでもねえことだぜ、まったく」

 

 エディは、静かに頷いた。傷だらけの、その顔に、満足げな色があった。

 

 「ボスを守れた。それで十分だ」

 

 その言葉に。他の幹部たちも頷いた。誰も、自分の武功を誇らなかった。誰も、報酬を求めなかった。ただ——王を守れた。その一点にのみ、彼らは満たされていた。

 

 アル・カイドが、恍惚と笑った。

 

 「王が、ここにおられる。それだけで、良いのです。我らは——ただ、それだけの、ために」

 

 シュンカは。その光景を、少し離れた場所から見ていた。

 

 傷ついた幹部たち。血を流し、それでも笑っている。「ボスを守れた」と。——彼らは、シュンカのために、命を賭けた。何度も。今日も。

 

 ……なぜ、だろう。

 

 シュンカは、いつも思う。自分は、ミカを守るために、いる。ミカといられれば、それでいい。他は、どうでもいい。——そのはず、だった。

 

 なのに。この傷だらけの男たちが、自分を守れて良かったと笑うのを見ていると。

 

 胸の奥。どこか、名前のつかない場所が、かすかにざわつく。何か——落ち着かないような。むずがゆいような。——これは、何だろう。喜び、とも違う。戸惑い。ただ、戸惑い。

 

「なぜこの人たちは、僕のためにこんなに」。

 

 分からなかった。シュンカには、その感覚の名前が、まだ、分からなかった。

 

 ただ——そのざわめきは。決して、不快なものではなかった。それだけは、確かだった。

 

 なぜなのかは。分からないまま。

 

 僭帝が、ヒーローの総戦力を退けた。

 

 その報せは。瞬く間に裏社会を駆け巡った。

 

 「聞いたか。僭帝が、ヒーローの総力戦を跳ね返したらしいぞ」

 

 「あの、AFOを殺した子供の組織か……」

 

 「もう、格が違う。国家の総力を退ける組織なんて。今の日本に、他にあるか」

 

 噂は、恐怖と羨望を伴って広がった。ヒーローに勝てる組織。それは——もはや、裏社会の常識を超えた存在だった。

 

 力を持て余していた裏の強者が。「あの組織なら」と、加入を決意する。中堅の犯罪組織が。「敵に回るより」と、傘下に入ることを考え始める。——ヒーローすら退ける力の前で。抗う者より、従う者が増えていく。

 

 僭帝は。誰も望まぬうちに。さらに巨大になっていった。

 

 その報せは。とある隠れ家にも、届いていた。

 

 「ヒーローを……撃退、だと……?」

 

 死柄木弔の喉から。掠れた声が、漏れた。

 

 握りしめた拳が、震えていた。

 

 ヒーロー社会を、壊す。それが、彼の悲願だった。この歪んだ世界を、すべて壊し尽くす。

 

——そのために、力を求め続けてきた。渇望してきた。なのに——届かない。ヒーローに追われ、逃げ、隠れる。それが今の自分だ。

 

 なのに。あいつは。

 

 「あいつは……持ってるって、いうのか……! 俺が、喉から手が出るほど、欲しい……ヒーローを、壊せる、力を……!」

 

 求めもせず。望みもせず。あの無感動な子供は。彼が渇望し続けた、その力を。当たり前のように握っている。使う気すら、ないくせに。

 

 「ふざ、けるな……! なんで、あいつなんだ……! なんで、いつも……あいつばかりが……!」

 

 嫉妬が。腹の底から噴き上がった。黒く、煮えたぎる、嫉妬が。

 

 その傍らに。白衣の影が立っていた。

 

 ドクター。感情の読めない瞳で、荒れ狂う死柄木を、静かに見下ろしている。

 

 「……ファナティカから、話は聞いているよ」

ドクターは淡々と言った。

 

「君を私のもとへ寄越したのは、彼女だ。君を——作り変えるために」

 

 死柄木の荒い息が、わずかに収まる。

 

 「これから始める改造の苦痛は、想像できるものではない」

ドクターは続けた。

 

「君の身体は造り変えられ、その力は飛躍的に増す。だが——その過程は。相当な苦痛を伴う。並の精神では、耐えられん」

 

 彼は、静かに問うた。

 

 「大丈夫か? ——覚悟は、できているのか」

 

 死柄木は。血走った目で、ドクターを睨んだ。そして——笑った。壊れたように。

 

 「苦痛……? そんなもの……いくらでも、くれてやる。この身体が、どうなろうと、構うものか。——力さえ、手に入るなら」

 

 あいつを。あいつが持っている、すべてを。この手で壊せる力さえ、手に入るなら。

 

 「早く……始めろ。俺を——造り変えろ」

 

 静かな狂気が。隠れ家の闇に、満ちていく。

 

 英雄を退けた王の、栄光の影で。もう一つの災厄が。ゆっくりと、目を覚まそうとしていた。

 

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