第47話「2つの巨人」
三つ巴編 1話「二つの巨人」
盤上に、二つの巨人が並び立った。
—心酔の王朝。そして、大義を掲げる軍勢。
世界は、その二つの影に覆われていた。
表の平和は、もうとっくに、裏の力の手の中にあった。
西に一つ、東に一つ。二つの巨大な勢力が、今、同じ空の下で静かに睨み合っている。
僭帝。白い王を戴く、心酔の王朝。世界中の英雄をただ一度の戦で退けた、化け物たちの巣窟だ。裏社会の名うての強者が、行き場を失ったはぐれ者が、誰に誘われたわけでもなく、次々とその門を叩く。「あの王の下にいたい」。理由は、それだけだった。
求めぬ者のもとに、世界の方が勝手に集まってくる。それが僭帝という組織の、底知れぬ本質だった。
そして、もう一つ。
異能解放軍。率いるは、リ・デストロ。個性は解き放たれるべきだ、社会のくびきから。人は生まれ持った力を、自由に振るうべきなのだ。その一つの思想のもとに、何万という構成員が集った。史上、最大規模の軍勢である。
僭帝が「一人の王」への心酔で束ねられているなら、異能解放軍は「一つの大義」によって束ねられていた。
心酔の王朝、僭帝。大義の軍勢、異能解放軍。拠って立つものの違う二つの超大国が、今、同じ盤上に並び立っている。
どちらも、容易には他方を呑み込めない。互いに互いを警戒し、牽制し、睨み合う。世界の裏側は今、剃刀の刃の上で、辛うじて均衡を保っていた。
対策本部。
地図の上には、二つの巨大な勢力圏が色分けされて睨み合っていた。東に僭帝、西に異能解放軍。
「……僭帝は論外だ」エンデヴァーが低く吐き捨てる。「全戦力をぶつけて完敗した。あれは倒せない。『倒す』という言葉が、そもそも通用しない相手だ」
誰も反論しなかった。あの白い王の前で味わった無力感は、まだ骨に染みついている。
「異能解放軍も手強い」ホークスが、地図の最大の領域を指で叩いた。「構成員、11万。それを束ねるリ・デストロの思想と求心力。まともにやり合えば泥沼の総力戦だ。今の俺たちに、勝ち目は薄い」
「二つの超大国が睨み合う、その狭間で」ベストジーニストが慎重に続けた。「我々はただ、息を潜めているだけです。何か一つでも引き金が引かれれば、この均衡は一瞬で崩れる。そして——」
彼の声が沈む。
「戦火に呑まれるのは、我々市民だ」
エンデヴァーの拳が震えた。「裏社会の化け物どもが本気でぶつかれば、この国は焼け野原になる」
守るべき市民を守る力が、もう自分たちには残っていない。二つの怪物の匙加減一つで、世界がどう転ぶか決まる。英雄たちは今や、盤上の駒ですらなく、ただの観客に成り下がっていた。
長い沈黙のあと、八木が静かに口を開いた。
「……力で、どうにかなる段階は、とうに過ぎた。なら、残された道は一つだけだ」。彼は顔を上げた。「あの白い王の心に届くこと。あの子が守りたいものを、我々も一緒に守れると信じてもらうこと。それが、この均衡を鎮める、たった一つの希望かもしれない」
けれど、その希望への道筋は、今も霧の中だった。
異能解放軍の本拠。
リ・デストロは、東の新興勢力の報告を聞いていた。
「僭帝……あの、子供の軍勢か」彼の目が熱を帯びる。
「個性を、あれほど自由に、極限まで振るう子供。あれこそ、我々の思想の究極の体現ではないか」
彼は考えていた。あの王を味方にするか、あるいはその力を、我が大義のために組み込むか。
だが、彼はまだ知らなかった。
あの王に「思想」など微塵もないことを。あの子が守っているのは、大義でも世界でもなく、ただ隣にいるたった一人であることを。
リ・デストロは、地図の上の白い領域を、じっと見つめた。あの子供と手を組めれば、古い世界を壊し、個性が真に自由な時代を築ける。彼の胸には、確かな昂揚があった。
近く、あの王のもとを、自ら訪ねよう。彼はそう、心に決めていた。
二つの巨人が、同じ空の下に立っている。
心酔、そして大義。異なる力で膨れ上がった二つの王国。その危うい均衡を、最初に破る者が誰なのか。まだ、誰にも分からない。
いや——
盤上を見渡す者の誰一人、気づいていなかったが。
その二つの巨人の、遥か影の底に、もう一つ小さな影がうずくまっていた。
東の、さらに奥。うらぶれたヴィランの寄り合い、ヴィラン連合。かつてAFOの膝下にあった、その残り火は、今や二つの超大国の狭間で、誰の目にも留まらぬほど小さく縮こまっている。
誰も恐れていなかった。誰も、数えていなかった。
その頭目が今、何処かの暗い場所で、人であることをやめようとしていることを。
まだ、誰も知らない。
二つの巨人が、剃刀の刃の上で睨み合う。その足元で、三つ目の駒が静かに据えられようとしていることに——盤上の誰も、気づいていなかった。