空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第50話「算盤」

# 第35話「算盤」

 

十一万、対、二千三百。

 

——数だけを見れば、勝負にもならぬ差だった。

 

だが、二つの陣営は、それぞれの算盤を弾いて、同じ結論に辿り着く。

 

——敵対は、愚かだ、と。

 

 

 異能解放軍、本拠。

 

 リ・デストロは、僭帝の城から戻ると、すぐに軍長クラスの幹部を集めた。

 

 卓の上には、二つの勢力の戦力図が広げられている。

 

 「まず、数を確認しよう」リ・デストロは地図を指した。

 

「我が軍、十一万。対して僭帝は、構成員およそ二千三百。幹部を入れても、その程度だ」

 

 軍長の一人が、拍子抜けしたように鼻を鳴らした。

「十一万と、二千三百。話になりませんな。数の上では、一方的に踏み潰せる」

 

 だが、リ・デストロは笑わなかった。落ち窪んだ目で、じっと戦力図を睨んでいる。

 

 「……お前は、あの城を見ていない」

 

 低い声だった。

 

 「思い出せ。僭帝は、この国の英雄を、全戦力を、ただ一度の戦で退けた。エンデヴァーも、他のトップも、国家の切り札が総掛かりで挑んで、指一本届かなかった。その事実の意味を、軽く見るな」

 

 卓を囲む幹部たちの顔から、少しずつ笑みが引いていく。

 

 「あの城の幹部は、7人。その一人一人が、災害だ。名うての強者が、なぜか自ら望んで、あの王の下に集っている。——11万をぶつけても、削り切れるかどうか。そして」

 

 彼は、戦力図の頂点、白く塗られた一点を指した。

 

 「仮に、奇跡的に幹部7人を押し切れたとしても、最後に、あれが残る。世界の英雄が全戦力で挑んで、傷一つ与えられなかった存在だ。——十一万が束になって、一人の子供に届かない。そういうことが、現実にあり得る」

 

 沈黙が、卓に落ちた。数の優位という、唯一の拠り所が、音もなく崩れていく。

 

 「数は、こちらが四十八倍だ」リ・デストロは、ぽつりと言った。

「四十八倍。それでも私は、勝てるとは口が裂けても言えない。——勝てるか負けるか、ではない。勝てる保証がない。それが答えだ」

 

 彼は額を押さえた。

 

 「保証のない戦に、十一万の同志の命を賭けられるか。——賭けられん。ここで僭帝と潰し合って共倒れになれば、大義そのものが潰える。だから、事を構えない。当面、一切の敵対を避ける。不可侵だ」

 

 「向こうから仕掛けてきたら?」

 

 「全力で防ぐ。だが、こちらからは絶対に手を出すな」

リ・デストロの声に、有無を言わさぬ響きがあった。

「特に——あの王の周辺には、指一本、触れさせるな。僭帝を刺激することは、我が軍にとって、自殺と同義だ」

 

 軍長たちが、重々しく頷いた。

 

 彼らは、まだ知らない。リ・デストロの見積もりですら、まだ甘いことを。あの王と、隣の少女。その二人だけで、十一万が消えるということを。首魁でさえ、僭帝の本当の底は、見えていなかった。

 

 

 同じ頃。僭帝の本拠でも、幹部たちが卓を囲んでいた。

 

 蔦漆が、淡々と状況を整理する。

 

 「異能解放軍は、構成員十一万。史上最大の軍勢だ。質では我々が勝るが、数の暴力は侮れない。——リ・デストロは、あくまで『手を組みたい』というスタンスだった。本気で喧嘩を売る気は、なさそうだ」

 

 彼は、指を卓に打ちつけた。

 

 「こちらの版図は、守れている。無理に事を構える理由はない」

 

 イズナが、気だるげに煙を吐いた。

 

 「……ま、要するにだ」だるそうに結論を口にする。

「今、あの軍とやり合うのは、得策じゃねぇな。勝てるだろうが、十一万を相手に暴れりゃ、こっちも面倒だ。向こうがその気ないなら、放っときゃいい」

 

 卓を囲む面々が頷く。

 

 エディが、腕を組んで、低く頷いた。

 

 「妥当だな。うちは、攻めて版図を広げたい組織じゃない。守りたいものが守れれば、それでいい。無駄な戦は避ける。異能解放軍とは、当面、不可侵。それでいこう」

 

 戦力では負けていない。むしろ圧倒している。それでも彼らは、あえて退いた。守るべきものを守るための、一番賢い形を選んだ。

 

 「——ただし」エディが、一拍置いて、声を低くした。

 

 卓の空気が引き締まる。

 

 「この算段は、全部、『向こうがミカ嬢に手を出さない限り』の話だ」

 

 彼は、ゆっくりと一同を見回した。

 

 「もし。異能解放軍の誰か一人でも、あの子に手を伸ばしたら——その瞬間、この計算は全部、紙くずになる。得策も、不可侵も、関係ない。ボスが、あの軍を丸ごと消す。十一万が、一夜で地図から消える。それを、俺たちは止めない。止められない」

 

 誰も、異論はなかった。それが僭帝の、唯一にして絶対の前提だった。

 

 奥の部屋で、シュンカは組織の話になど一切興味を示さず、ミカと静かに過ごしていた。彼にとって重要なのは、ただ、エディが最後に口にした、その一点だけ。

 

 

 二つの陣営が、それぞれの卓で、同じ結論に辿り着いた。敵対は愚かだ、と。

 

 異能解放軍は、恐怖ゆえに退いた。四十八倍の数を抱えてなお、勝てる保証がないと悟ったから。

 

 僭帝は、無関心ゆえに退いた。攻める理由も、奪う欲も、最初からなかったから。

 

 拠って立つものは正反対でも、行き着く先は同じ。——不可侵。睨み合いの、静かな均衡。

 

 完璧な算盤だった。両陣営の頭脳が、それぞれに最も賢明な道を選んだ。

 

 ただ一つ、その計算に組み込めぬ変数があった。

 

 

 

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