空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第55話「覚醒」

三つ巴編 第8話「覚醒」

 

手術台の上で、怪物が目を開ける。

 

——恨み。怒り。劣等感。嫉妬。

 

*四つの炎が一つに溶けて、男は生まれて初めて、燃え尽きるほど満ちた。

 

——それが、偽物だとも知らずに。

 

 

 暗い手術室の奥で、培養槽の液が弾けた。

 

 死柄木弔が——目を開けた。

 

 体に流れ込む力は、もはや人のものではなかった。AFOから受け継ぎ、改造で積み増した

無数の個性。進化した崩壊は、今や触れずとも

世界を腐らせる。

 

 「……成功だ...」ドクターの声が、震えていた

「君はもう——AFOを超えた」

 

 だが、その言葉は死柄木の耳をほとんど素通りした。

 

 ——ここまでの道は、地獄だった。

 

 骨を、一本ずつ組み替えられた。

神経を焼いては繋ぎ直された。個性そのものを

幾度も引き剥がされ、増幅されまた埋め込まれた。培養液の中で、悲鳴すら上げられぬまま、彼は人であることを、少しずつ手放していった。

 

 何度、意識が焼き切れかけたか、分からない。

それでも死柄木は耐えた。

 

 なぜ、耐えられたのか。

 

 目を閉じれば、いつでもあの光景が蘇るからだ。

 

 

 ——恨み。

 

 あの日。まだ、AFOの膝下にいた頃。死柄木は、あの白いガキに掴みかかった。崩壊を叩き込んだ。だが、効かなかった。指先が、あの子の体に触れた瞬間、崩壊は何も起こさずに掻き消えた。

 

 何もできなかった。

 

 そして、そこへ先生が来た

「弔、やめなさい。年下になんてことをするんだ」

 

——先生は、あのガキを庇い自分を叱った。

 

 力でも敵わず。庇われ、叱られた。あの二重の屈辱。

 

 その記憶が、培養槽の中で憎悪の薪になった。

 

 ——怒り。

 

 連合は崩れていった。AFOは討たれ、黒霧は消えた。柱を失い、仲間は去り、金も尽きた。

すべてが、指の間から零れ落ちていく。俺は

掴もうとするたびに失い続けた。

 

 その渇きが怒りになった

 

 ——劣等感。

 

 いつからか、誰もが俺をあのガキと並べて語った。

 

 治崎も。ファナティカも。そして先生さえも

——「弔より、シュンカだ」誰も彼もが、二人を秤にかけ、そのたびに俺を下の皿へ置いた。

 

 求めもしないくせに。あいつは、ただそこにいるだけで、力を、居場所を、寵愛を、何もかもを勝手に集めていく。俺が喉を嗄らして欲しがり

足掻いてなお届かないものを。あいつは、指一本伸ばさずに腕いっぱいに抱えている。

 

 俺がどれだけのものを積み上げても。

世界は俺を見なかった。俺の隣には、いつもあの白いガキの影があって。

 

——比べられ、負け、また比べられた。

 

 その、繰り返しが劣等感になった。

 

 日に向かって。

 

——そして、嫉妬。

 

 あのガキの、隣にはいつもあの少女がいた。

 

 何なんだあれは。ただの女だろう。なのに、

あいつは、あの一人を宝物みたいに扱う。世界のすべてを差し出されても見向きもしないくせに、

あの少女のことだけは、何より大事にする。

 

 ……分からない。あんな女のどこがいいのか。

 

 だが、分からないからこそ目が離せなかった。

あいつが、あれほど執着するもの。あいつの、

たった一つの弱点。——あれさえ奪ってやれば。

 

 きっと、あいつは俺と同じになる。何もかもを失って、空っぽになる。そうすればようやく思い知らせてやれる。

 

 あの少女が、あいつにとって何なのか。それを奪うことが、何を意味するのか。

 

——死柄木は、何一つ分かっていなかった。

 

ただ、あいつが大事にするものを、壊してやりたい。その衝動だけが嫉妬の名の下に燃えていた。

 

 四つの黒い炎が、胸の奥で溶け合い、

一つの、白熱した核となる。

 その核が、改造のあらゆる苦痛を耐え抜く燃料になった。

 

 

 そして今。すべてが、終わった。

 死柄木は、槽から這い出し己の手を見下ろした。

 力が漲っている。指先まで鋼のような感覚。

世界のすべてが、手の届く距離にあるように錯覚させる。

 

 その瞬間——死柄木の中で、何かが弾けた。

 

 力と、憎悪が、完全に噛み合う。彼をかつてない高みへと押し上げる。視界が冴え、神経の一本一本まで、電流が通う。

 

 ——ハイ、だった。

 

 生まれて初めて死柄木は「満たされた」

気がした。

 

 「……ハ」。乾いた笑いが漏れる。

 

「ハハ。ハハハ……!!」

 

 それは、歓喜ではない。安らぎでもない。憎しみが極まった果てに咲いた——歪んだ多幸感だった。

 けれど、彼は気づかなかった。

 あのガキは、誰かを愛して何も望まなくなったから、王になった。自分は誰にも愛されず

 

すべてを望んだから怪物になった。

 

 同じ出発点。正反対の終着点。

 

 あのガキの満ち足りた心は、愛でできている。

そして今、自分を満たしているこれは——憎しみでできている。

 

 手術台の上で作り上げられた、満腹感。

それは、本物の充足とは、永遠に違う何かだった。

 

——だが、それを死柄木は知らない。知るすべを、持たなかった。

 

 「待ってろよ、シュンカ」

 

死柄木は、立ち上がり掠れた声で呟いた。

 

「全部、奪ってやる。お前の仲間も。お前の王座も。——お前の隣のあいつも」

 

 あいつを奪えば、きっと分かる。あいつと俺の違いが。なぜ、あいつだけがあの少女を手に入れたのか。

 ——奪っても、永遠に分からないということに

彼はまだ気づかない。

 

 手術室の扉が、開く。

 その気配に、連合の脳無が一斉に蠢いた。

死柄木の覚醒に、呼応するように。

 覚醒した怪物が、己の軍勢を率いて歩き出す。

 

 恨みで。怒りで。劣等感で。嫉妬で。

 

 四つの毒を糧に死柄木は生涯最高の高みに立った。

 その高みが、いかに脆い砂上のものであるかを

 

——彼は、まだ知らない。

 

 二つの巨人が、剃刀の刃の上で睨み合う、その均衡へ。

 三つ目の駒が、今動き出した。

 愛で満ちた王と、憎しみで満ちた怪物が。

ついに、同じ盤の上で相見えるその日に向かって。

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