三つ巴編 第9話「変貌」
帰ってきた頭を見て、仲間たちは、言葉を失った。
——それは、もう。
彼らの知る、あの男では、なかった。
死柄木弔が、アジトに戻ってきた。
その気配を感じた瞬間、連合の面々は、一斉に振り返った。そして——動きを、止めた。
立っていたのは、死柄木だった。確かに、死柄木だった。だが、その全身から立ち上る気配は、出ていった時とは、まるで別物だった。
肌の下で、何かが蠢いている。指先から、触れてもいない空気が、じり、と腐っていく。目だけが、底なしの赤を湛えて、ぎらついていた。
人の形をした、何か別のもの。
沈黙が、アジトに落ちた。
「……うわ」最初に、掠れた声を漏らしたのは、トガヒミコだった。
彼女は、両手で口を覆い、後ずさる。いつもの、無邪気な明るさは、その顔になかった。
「弔くん……なんで、そんなになるまで」声が震える。
「そんな……そんなになってまで、あの子に、追いつきたかったの……?」
愛を、誰より信じる少女には、分かってしまった。ここまで自分を作り変える衝動が、どれほど昏いものか。その哀れさに、彼女の大きな目が、潤んだ。ドン引きの奥に、拭いきれない憐れみがあった。
荼毘は、壁にもたれたまま、冷めた目で死柄木を見ていた。
「……はっ」彼は、鼻で笑った。
「とうとう、完全に人間やめたか。——あのガキに追いつくために、化け物になるとはな。皮肉なもんだ」
その声に、仲間への情は薄い。呆れと突き放し。荼毘にとって、死柄木の変貌は、もはや他人事のように見えていた。
コンプレスは、帽子の鍔を深く下げた。
「……哀しいものですね」低く呟く。
「我らが座長は、舞台の上で、別の生き物に成り果てた。もう、以前の彼は、どこにもいない。——これは、喜劇か、悲劇か」
美学を重んじる男には、変わり果てた頭の姿が、一つの喪失として映っていた。
そして——トゥワイスが、一番、震えていた。
「……死、死柄木...?」彼は、恐る恐る、声をかけた。「死柄木だよな? ……なあ、まだ、オレたちの知ってる、死柄木だよな?」
返事は、なかった。死柄木は、トゥワイスの方を、見向きもしない。
その無反応が、トゥワイスを、余計に怯えさせた。居場所をくれた、その面影が、目の前の怪物のどこにも見つからない。彼は、言葉を失い、隅で、ただ、身を縮めた。
皆が、遠巻きにする中で。
ただ一人。
「……死柄木」
スピナーだけが、前に出た。
他の誰とも、違う顔をしていた。ドン引きでも、突き放しでもない。——心配、だった。
「お前……本当に、大丈夫、なのかよ」彼の声は、切実だった。
「そんな体になって。そんな、目をして。——それ、まだ、お前の意思で、動いてんのか? それとも、その力に……呑まれちまってんじゃ、ないのか?」
閑話で誓った忠義が、彼を、前に押し出していた。誰にも理解されない死柄木を、俺だけは信じてやる。そう決めた男が、変わり果てた背中を前に、それでもなお、案じずにいられなかった。
だが。
死柄木は、スピナーの方を、ちらりとも見なかった。
「……うるせえ」
低い声が、漏れる。「そんなこと、どうでもいい。俺は、強くなった。それだけだ。——邪魔、すんな」
スピナーの言葉は、届かなかった。
あの日、「今は話しかけんな」と撥ねつけられた時と、同じだった。いや、あの時より、もっと遠い。死柄木の目は、もう、仲間の誰も映していない。ただ一点、西の空だけを、睨んでいた。
スピナーは、伸ばしかけた手を、ゆっくりと下ろした。
……届かねえ。
彼は、唇を噛んだ。信じ続けると、誓った。でも、その信じる相手は、もう、こちらを振り返りもしない。忠義は、行き場を失って、宙に浮いていた。
仲間たちの視線にも、胸中にも、死柄木は、気づかなかった。
ドン引きも、憐れみも、心配も。——彼にとっては、すべて、意味のない雑音でしかない。彼の世界は今、たった一つの憎悪で、埋め尽くされていた。
脆い器だった。
恐怖で、辛うじて繋がっていた連合。その頭が、人ですらなくなった今、その絆は、より一層、いびつに軋んでいた。皆、離れたくても、他に行く場所がない。だから、遠巻きに、残っているだけ。
心酔で結ばれた、西の城とは、あまりにも違う。
——そして。
この、崩れかけた、いびつな寄り合いが。
今や、二つの巨人と、肩を並べる、三つ目の駒だった。
西に、心酔の王朝。東に、大義の軍勢。その二つが、剃刀の刃の上で睨み合う、その狭間に。
誰も数えていなかった、小さな影が。改造を経て、膨れ上がり。ついに、盤上に、三本目の柱として、立ち上がった。
二つでは、なかった。——三つ、だったのだ。
心酔の王朝。大義の軍勢。そして——憎悪の怪物。
拠って立つものの違う、三つの超大国が。今、同じ盤の上に、並び立った。
三つ巴。
その、危うい均衡が。いつ、崩れるのか。
——引き金を握るのは、たった今、西を睨んだ、あの赤い目だった。