[完結]空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第57話「盾」

三つ巴編 第10話「盾」

 

頭脳は、北から漂う血の匂いを読んだ

 

——鏡像が、目を覚ます。

 

戦は、もはや避けられぬ。

 

けれど、王が案じたのは勝敗ではなかった。

 

---

 

 蔦漆は、常に風の匂いを嗅いでいる。

 

 その鼻が北から漂う不穏な気配を捉えた。

 

 いくつもの情報網が、同じ噂を運んでくる。

——ヴィラン連合の頭目、死柄木弔が何処かの施設で「改造」を受け、人でない何かへと覚醒しつつある、と。

 

 蔦漆の、背中の触手がぴくりと強張った。

 

 彼は即座に幹部を招集した。

 

 「報告だ。死柄木弔が近く覚醒する。

AFOの技術を用いた改造を受けて、人間の限界を超えた怪物へと、生まれ変わるらしい」

 

 幹部たちの表情が引き締まる。

 

 「で?」。イズナが、気だるげに問う。

「それが、俺たちと、何の関係がある」

 

 「大いに、ある」蔦漆は、きっぱりと言った。

 

「奴の、これまでの動向を洗った。死柄木は、この数ヶ月、執拗に、一つの対象を意識し続けている。——僭帝。いや、正確には。ボスとミカ様だ」

 

 彼は集めた情報を並べていく。

 

 死柄木が占領した版図。配置した戦力。そして、漏れ聞こえる、彼の言葉。「あいつを、超える」。「全部、奪う」——その、すべての矢印が、たった一つの方角を指していた。

 

 南。僭帝の城を。

 

 「奴の改造の目的は、明白だ。ボスを超え、すべてを奪うこと。——そして奴は、理解している。

ボスの唯一の急所が、ミカ様であることを」

 

 蔦漆は声を低めた。

 

「結論を言う。——近いうちほぼ確実に戦争が起きる」

 

 部屋が、静まり返る。

 

 「相手はこれまでの雑魚とは訳が違う。AFOを超える、とも噂される、本物の災厄だ。生半可な備えでは、足を掬われる。——全員、最大級の警戒を怠るな。そして何より」

 

 彼の視線が、鋭くなる。

 

 「狙いは、十中八九、ミカ様だ。奴は正面からボスを倒すのが不可能だと分かれば、必ずミカ様を狙う。——護衛体制を、さらに引き上げる。

一瞬たりとも、あの方から守りを切らすな」

 

 チェインの眼光が、鋭く光った。

「……ミカ様を狙う、というなら、話は早い。来るなら、来い。剣が断つだけだ」

 

 エディが、低く笑った。

「ようやく、退屈しのぎになりそうな相手が来るか。——いいだろう。受けて立つ」

 

 イズナが、煙を吐く。「ダリィ話になってきたなぁ。……ま、ボスの逆鱗に触れる馬鹿は、何人でも同じだ。叩き潰すだけだろ」

 

 幹部たちの間に、緊張と、奇妙な昂揚が満ちた。

 

 

 その、やり取りを。

 

 奥で、シュンカは本を読みながら聞いていた。

 

 死柄木弔。覚醒。改造。AFOを超える怪物。

狙いは、たぶん、ミカ。近いうちにほぼ確実に、

戦争。——そのすべてを。

 

 「……そうか」

 

 彼は、ページから顔も上げず短く応えた。

 

 死柄木がどうとか。AFOを超えるとか。戦争が起きるとか。——正直どうでもいい。彼には、

その男が、どんなに強くなろうが、何の興味も湧かなかった。

 

 ただ、一点。「狙いはミカ」——そこだけが、

彼の中の冷たい針を動かした。

 

 シュンカは、本を閉じて、少しだけ考えた。

 

 強いらしい。AFOを超えるらしい。

——なら、みんなに任せて、もし万が一、取りこぼしたら? その一回がミカに届いたら?

 

 ……それは、駄目だ。

 

 蔦漆が言っていた。ミカが無事だったのは、

運が良かっただけだ、と。——もう運になんか、

預けない。確実じゃないものは、全部要らない。

 

 なら、答えは簡単だ。

 

 「——死柄木は、強いんでしょ」シュンカは、幹部たちを見た。

「みんなが負けるとは、思わないけど。『絶対』じゃない。……それじゃ困るんだ」

 

 彼は、淡々と続けた。

 

 「だから。——その死柄木は僕が相手する。それが、一番確実だから」

 

 幹部たちが、息を呑む。

 

 チェインが、即座に膝をついた

「シュンカ様。それはなりません。我々が、剣としてある限り、あなたが前に出る必要は——」

 

 「ううん」。シュンカは、首を横に振った。

「君たちが強いのは、知ってる。でも、相手がAFOより強いなら、話は別だ。ミカの安全に、『たぶん、大丈夫』なんて、許せない。——一番確実な盾は、僕でしょ」

 

 別に、死柄木と戦いたいわけじゃない。あいつが、僕を超えたい、とか。全部奪いたいとか。

——心底どうでもいい。勝手にすればいい。

 

 ただ、あいつがミカに手を伸ばす。その可能性が、ゼロじゃないなら。——僕が出て、その可能性ごと、消す。それだけの話だ。

 

 僕にとって死柄木は、「ライバル」でも「宿敵」でもなかった。——ただの、ミカに近づく障害物一つ。それ以上でも、以下でもない。

 

 エディが、低く頷いた。

 

「……承知しました。では、我々は、あなたが心置きなく戦えるよう、周りを固めましょう。一匹の雑兵も、あなたの背後に回らせはしない」

 

 幹部たちの目に、覚悟が宿る。王が、自ら前に立つ。——ならば、自分たちは、その剣に、盾に、なるだけ。

 

 

 北で、怪物が目を覚まそうとしている。

 

 奪うために、すべてを捨てた男が。

 

 ——けれど、その男を迎え撃つ王は、何一つ、意気込んでなどいなかった。

 

 憎しみもなく。恐れもなく。武者震いすら、なく。ただ淡々と。「障害を、消す」それだけ。

 

 愛を求めて、狂った男と。愛以外に、何も要らぬ王。

 

 二人のAFOの子供が、ついに、同じ盤の上で、交わる。その日が——来る。

 

 その戦の、一方には、生涯を懸けた憎悪が。

もう一方には——羽虫を払う程度の無関心が。

 

 その、あまりに残酷な温度差を。死柄木は、

まだ知らない。

 

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