空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第58話「祈り」

三つ巴編 第11話「祈り」

 

英雄たちは、盤面を睨んだ。

 

——最も強大な力が、最も安全であるという逆説に。

 

そして、気づいてしまう。

 

自分たちには、祈ること以外、何もできないことに。

 

---

 

 対策本部。

 

 地図の上には、三つの勢力圏が、色分けされていた。西に、愛知の異能解放軍。神奈川に、僭帝。そして、北。関東の上部に、新たに塗り足された、昏い一色。——ヴィラン連合。

 

 「……整理しましょう」ホークスが、三つの領域を見渡した。

 

「死柄木弔が、改造で覚醒した。北の連合が、また、動き始めている。——だが、問題は、そこじゃない」

 

 彼は、これまでの認識を、根本から覆すように、続けた。

 

 「俺たちは、ずっと、僭帝を『最大の脅威』だと思ってきた。世界最強の、化け物の巣窟だと。——でも、本当にそうか?」

 

 彼は、僭帝の領域を指した。

 

 「あいつらは、倒れたヒーローを、追わなかった。自ら版図を広げようともしない。あの襲撃の時ですら、異能解放軍を皆殺しにできたのに、一度だけ、と許した。——気づいたんだ。僭帝は、社会を壊すことに、興味がない。あの王は、何も望んでいない。あの少女さえ無事なら、それでいい。つまり——こっちが、あの子に手を出さない限り、あいつらが動く理由は、一つもない」

 

 会議室が、静まる。

 

 エンデヴァーが、腕を組んだ

 

「……皮肉な話だ。世界で一番、強大な力が。世界にとって、一番、安全だ、というのか」

 

 「ああ」ホークスは頷いた。「三つのうち、社会にとって一番マシなのは、間違いなく、僭帝だ」

 

 「問題は」ベストジーニストが、北の一色を指した。「こっち、です」

 

 ヴィラン連合。死柄木弔。

 

 「あの男は、破壊と支配で、版図を広げてきた。あれは、社会そのものを壊すことが、目的だ。——そして今、AFOを超える怪物に、生まれ変わった。放っておけば、必ず、数え切れない命が失われる」

 

 彼は、声を低めた。

 

 「我々が、本当に立ち向かうべきは、僭帝ではなく——北の、あの災厄です」

 

 ヒーローたちの、脅威の順位が、今、完全に書き換えられた。

 

 最強の僭帝は、眠れる番犬。触れねば、動かない。北の怪物こそが、世界を喰らおうと、牙を剥く、本物の災厄。

 

 

 「……で、だ」。ホークスが、羽根を落ち着きなく繰った。「一番、まずいのは。——この二つが、ぶつかる、ってことだ」

 

 彼は、僭帝と連合の領域の間に、指を這わせた。

 

 「死柄木の狙いは、僭帝です、あいつは、あの白い王を、超えたがってる。全部、奪いたがってる。——近いうちに、必ず、この二つは、激突する」

 

 会議室の空気が、重く沈んだ。

 

 「なら、俺たちは、どうする」エンデヴァーが、低く問う。「死柄木に、挑むか?」

 

 「無理です」。ホークスは、即答した。「AFOを超えた怪物に、今の俺たちが勝てる道理は、ない。——あの城で、思い知っただろう。俺たちの力は、もうあの領域には、届かない」

 

 沈黙。

 

 誰も、反論できなかった。あの日、全戦力で挑んで、完膚なきまでに敗れた。その事実が、骨の髄に刻まれている。

 

 「じゃあ、加勢するか。僭帝に」エンデヴァーが、おずおずと言った。

 

 「それも、無理です」ホークスは、首を振った。「あの王が、俺たちの手なんか、借りるはずもない。そもそも、死柄木と渡り合える戦力が、こっちにはない。——加勢したくても、できないんだ」

 

 止めることも、できない。助けることも、できない。

 

 ヒーローたちに、残された道は、ただ一つ。

 

 「……はっきり、言うぞ」ホークスの声が、掠れた。「俺たちは今、——僭帝に、勝ってもらわないと、本当にまずい」

 

 その言葉に、誰も反論しなかった。皆、同じ結論に、辿り着いていたから。

 

 もし、死柄木が勝てば。破壊と支配を撒き散らす怪物が、最大の歯止めだった僭帝を倒し、世界に野放しになる。社会は、文字通り、終わる。

 

 もし、僭帝が勝てば。あの、何も望まぬ王は、きっとまた、城へ帰り、静かに眠る。世界は、少なくとも、今の形を保てる。

 

 「……俺たちが、倒そうとした、あの子供に」エンデヴァーが、苦々しく呻いた。「世界の命運を、託すしか、ないというのか」

 

 守護者たちは、今、祈るしかなかった。——どうか、あの悪役が、勝ちますように、と。

 

 

 長い沈黙のあと。

 

 緑谷が、俯いたまま、拳を握りしめていた。

 

 「……何か、ないんですか」彼は、絞り出した。「僕たちに、できることが。何か、一つでも」

 

 ホークスが、ふと、顔を上げた。

 

 「……一つ、だけ。あるかもしれない」

 

 皆が、彼を見る。

 

 「戦うこと、じゃない。——あの白い王と、『話す』ことだ」

 

 彼は、慎重に、続けた。

 

 「もし、あいつが、社会の破壊を望んでいないなら。俺たちとあいつは、『死柄木を、野放しにしたくない』っていう、一点で、利害が一致する。——なら、敵として、じゃなく。話せる相手が、いるはずだ」

 

 それは、か細い糸だった。けれど、力を失った英雄たちに残された、唯一の道でもあった。

 

 八木が、痩せた手を、固く握りしめた。

 

 あの日。全戦力で、あの城に挑んだ、あの敗北。——救えると思った子供に、救いを拒まれた。全ての前提が、間違っていた。あの誤読の悲劇を、二度と繰り返してはならない。

 

 「……そうだな」八木は、静かに頷いた。「今度こそ、間違えない。力ではなく——言葉で。あの子の隣に、立てる誰かに、なる」

 

 倒せない。勝てない。止められない。

 

 英雄たちに残されたのは、祈ることと。——そして、届くかも分からぬ、一筋の言葉、だけ。

 

 最も強い者が、最も穏やかであるという逆説。その王に、世界の命運を託して。

 

 拳が届かぬなら——言葉は、届くのか。

 

 戦えぬ英雄たちの、最後の武器は。もはや力では、なく。「対話」、だけだった。

 

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