三つ巴編 第13話「二つの道」
求めぬ王のもとには、敵だった者すら、膝を折りに来る。
奪う王のもとには、悲鳴と、瓦礫だけが積み上がる。
——同じ、王への道。
その果ては、あまりにも、違っていた。
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その光景は、誰も予想していなかった。
異能解放軍の首魁、リ・デストロが、自ら幹部を引き連れ、僭帝の城へと足を運んだのだ。
かつて、その配下がミカを襲った組織。「一度だけ」と許された、薄氷の間柄。その頭が今、深々と頭を垂れている。
僭帝の幹部たちは、警戒を隠さなかった。だが、リ・デストロは臆さなかった。
「——単刀直入に、申し上げる」。彼は、まっすぐシュンカを見た。
「死柄木弔。あの男は、近く、この僭帝に牙を剥く。だが、あれは、あなた方だけの敵ではない。奴が世界を手に入れれば、次は我々が。そして人類が、破壊と支配の下に置かれる」
彼は、一拍置いた。
「死柄木は、我々にとって、共通の敵だ。——どうか、我々、異能解放軍と手を組んで、共に、あの怪物を討っていただけないだろうか。先の非礼の詫びも、この剣をもって、必ず」
シュンカは——無言だった。
リ・デストロの熱のこもった言葉も、世界の命運も、共通の敵という理屈も、彼の中の何一つ、動かさなかった。死柄木を倒すのは、最初から決めている。ミカのために。それ以外の理屈は、彼にはどうでもよかった。同盟も、詫びも、大義も——興味の外だった。
その沈黙の意味を、リ・デストロは測りかねて、冷や汗を滲ませた。
代わりに口を開いたのは、蔦漆だった。彼は、少し考え、冷静に算盤を弾いた。
……悪くない。悪くない。十一万の物量。死柄木の連合には、脳無をはじめ、厄介な手駒が多い。それを捌くのに、十一万の軍勢は、居てくれるだけでありがたい。ボスが死柄木本人を相手取る間、周囲の雑兵を、異能解放軍に引き受けさせれば——ボスは、何にも煩わされず、ただ一点、死柄木だけに集中できる。
「……露払いには、最適だ。」蔦漆は、低く呟いた。
リ・デストロは、「共通の敵」「世界の命運」と、大義を説いた。だが、僭帝にとって、その申し出の価値は、もっと即物的だった。——「ボスが死柄木を殺る間の、邪魔を払う手駒が増える」それだけ。
「ボス」蔦漆が問うた。「受けて、損はありません」
シュンカは、興味なさげに、ただ一言。
「……好きに、していいよ。死柄木を倒すのは、僕だけど。——周りを、掃除してくれるなら、それでいい」
こうして、同盟は成った。
かつて牙を剥いた軍勢が、自ら膝を折り、王の剣となることを願い出た。——求めぬ王のもとには、敵だった者すら、味方として集まってくる。それが、僭帝という組織の、底知れぬ本質だった。
同じ頃。北で。
死柄木弔は、進軍していた。
その行く先に、街があった。そして、それを守ろうとする、ヒーローたちがいた。
「——止まれ! これ以上は——」
声は、最後まで続かなかった。
死柄木が、地面に、触れる。それだけで、足元から、崩壊が伝播した。アスファルトが、建物の基礎が、みるみる砂へと変わり、崩れ落ちていく。ヒーローたちが、必死に個性を振るう。炎。氷。鋼。——だが、進化した崩壊は、触れずとも、地を伝って、彼らの足場そのものを喰い崩した。
為す術も、なかった。
改造された肉体は、全盛期のオールマイトに比肩する。その膂力の一振りが、ヒーローの防御ごと、彼らを吹き飛ばす。AFOから受け継いだ、無数のストック個性が、次々と牙を剥く。
街の一角が、崩れ、沈んでいく。逃げ惑う人々。倒れ伏すヒーローたち。
「……これが、AFOを、超えた力か」かろうじて意識を保ったヒーローが、瓦礫の中で呻いた。「化け物、なんてもんじゃ……ない」
死柄木は、その光景に、何の感慨も抱かなかった。
街を壊すことも、ヒーローを退けることも、彼にとっては、通過点に過ぎない。彼の目は、ただ、南を——僭帝の城のある方角だけを、睨んでいた。
「……邪魔だ。どけ」
崩れゆく街を背に、死柄木は、進む。逆らう者は、崩壊で塵に。怯える者は、恐怖で鎖に。——奪い、壊し、ねじ伏せる。それが、何も持たぬまま育った男の、唯一知る、力の形だった。
彼の進む道には、悲鳴と、瓦礫だけが、積み上がっていく。
求めぬ王のもとには、敵だった軍勢が、膝を折りに来た。
奪う王のもとには、悲鳴と、瓦礫だけが、積み上がる。
南で、静かに味方を増やす王朝。北で、荒々しく破壊を撒く怪物。——同じ、AFOの子供。同じ、王への道。けれど、その在り方は、あまりにも、正反対だった。
シュンカは、集まる者を、求めなかった。それでも、集まった。
死柄木は、すべてを求めた。だから、奪うしかなかった。奪えば、恨まれる。壊せば、恐れられる。彼のもとに集まるのは、心ではなく、瓦礫と、悲鳴だけ。
二人の王が、同じ盤上で、向かい合おうとしている。
求めずして、すべてを得た者と。求めて、なお、何も掴めぬ者と。
その激突の日は——もう、すぐそこまで、来ていた。北から崩壊を撒きながら、怪物は、南下を続けている。