三つ巴編 第15話「開戦」
夜の荒野に、二つの軍勢が向かい合う。
憎しみの怪物と、何も望まぬ王。
そして、空には蛾を、地には蠍を。
一組の対が、二人の王を静かに運んでいた。
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決戦の地は、夜の荒野に定められた。
北から南下する連合と、それを迎え撃つ僭帝・異能解放軍。両者がぶつかる地は、人里から遠く隔たれた、荒れ果てた原野だった。
僭帝の本拠。出立を前に、蔦漆が、全軍に布陣を告げる。
「作戦を確認する。」彼は、盤面を広げた。
「敵の本質は、ただ一つ。ヴィラン連合は、死柄木弔、一人で持っている。頭さえ倒せば、脳無は指令を失い、組織は瓦解する。——つまり、やるべきことは、死柄木を討つ。それだけだ」
彼は、一同を見渡した。
「そして、あの怪物を確実に仕留められるのは、ボスをおいて、他にいない。だから、ボスには、死柄木本人を倒してもらう。我々の役目は、そのお膳立てだ」
彼は配置を示していく。
「空にミカ様と、グノスターの蛾。三キロ圏内を維持しボスの力を常時発動させ続ける、動く聖域だ。そして——ボスはもう一体。グノスターの蠍、フォルテスに乗り、前線を切り開きながら、死柄木へと進む」
幹部たちの視線が、盤面に集まる。
「フォルテスの脇を、チェインと赫飛が固める。両翼に、セイレーン。後背の守りに、エディとイズナ。脳無の群れは、アル・カイドが引き受ける。
そして——死柄木への道のその先にリブラを伏せる」
蔦漆は、最後に、異能解放軍を見た。
「残る雑兵と脳無の掃討。それを、異能解放軍。
十一万に、担っていただく。——ボスを、死柄木以外の、何にも、触れさせない。一匹たりとも、あの方の道を乱させない。それが我々全員の仕事だ」
リ・デストロが、重々しく頷いた。
「承知した。我が十一万、死柄木の手駒を、食い止める壁となろう。——あなた方の王が、怪物を討つ
その一瞬のために」
布陣は整った。すべてはたった一人の王を、
怪物の喉元へ届け、たった一人の少女を、空に守り抜くために。
夜。荒野。
三つの気配が、同時に動き出した。
北から。崩壊を撒きながら、ヴィラン連合が、南下してくる。覚醒した怪物を中心に、無数の脳無が、地を這うように蠢いていた。
南から。僭帝の構成員と、西から合流した、異能解放軍。十一万の軍勢が、地を埋め尽くして、進む。その要所に、七人の幹部が、それぞれの持ち場についた。
そして、同じ刻。
ヒーローたちも、動いていた。だが、彼らの戦場は、荒野ではなかった。
「——一人でも多く、逃がせ!」。
ホークスが声を枯らして叫ぶ。
「怪物どもがぶつかる、その範囲から、市民を、退避させるんだ! それが、今の俺たちにできるたった一つのことだ!」
倒せない。勝てない。止められない。
ヒーローたちに残されたのは、盤の外で、崩れ落ちる灯を、一つでも多く拾い上げることだけ。
彼らは、荒野へは向かわず、人々の手を引き背を押し、出口へと走った。
夜の荒野に、二つの軍勢が、向かい合った。
北側を埋め尽くすのは、死柄木の連合。
覚醒した怪物を中心に、脳無とヴィランが低く唸る。
南側。十一万の異能解放軍。その後ろに、僭帝の構成員。さらに要所要所に七人の幹部が立つ。
そして——軍勢の中心。
空に、巨大な白い蛾が月を背に浮かんでいた。
その背に、ミカ。三キロの聖域を司る少女。
その真下、地に。もう一体の式神
——巨大な蠍、フォルティスが鋏を掲げて静かに佇んでいた。その背にシュンカが乗っている。
空に蛾を、地に蠍を。グノスターという一組の対が、二人の王を、それぞれ運んでいた。
離れていても一つの式神で結ばれているように。
荒野を挟んで、二人の視線が交わる。
死柄木の赤い目が、シュンカを捉えた瞬間——その胸の高みが、さらに燃え上がった。
いた。あいつだ。何も望まずにすべてを手に入れた、憎い男。あいつを、あいつの隣を、
あいつの王座を——全部奪い終えた時、俺はようやくあいつを超える。
「……ハハ」乾いた笑いが、荒野に響く。
「来たぞ..シュンカ。——お前の、全部を貰いに来た」
シュンカはその言葉に何の感慨も抱かなかった。
彼にとって、目の前の怪物は憎しみの対象でも
宿敵でもなかった。
——ただ、ミカの安全を脅かす最も大きな障害。
それ以上でも以下でもない。
「君が、誰だろうとどうでもいい」シュンカの声は、氷のように平坦だった。
「君が、ミカの近くで暴れるなら。——僕は君を止める。それだけだ」
その、徹底した無関心こそが——死柄木の憎しみを、最も深く抉る刃だった。あいつは、俺を、憎んでさえいない。眼中にすらない。
蔦漆の声が、全軍に響き渡る。
「——総員、前へ。ボスを、死柄木へ届けろ。
それが、すべてだ」
同時に、死柄木が腕を振り下ろした。
「行け。喰い殺せ」
脳無とヴィランの群れが、雪崩を打って、押し寄せる。十一万の異能解放軍が、雄叫びを上げて、
迎え撃つ。夜の荒野が、一瞬で——音と、光と衝撃の坩堝と化した。
その中央を。
蠍の背に乗ったシュンカが、静かに、進み出す。
脇目も振らず。怒りもなく。憎しみもなく。ただ、空の少女の隣に湧いた、羽虫を払うために。
空の蛾が、それを見守る。地の蠍が、王を運ぶ。
史上最大の戦の幕が——今、確かに、上がった。