空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第62話「開戦」

三つ巴編 第15話「開戦」

 

夜の荒野に、二つの軍勢が向かい合う。

 

憎しみの怪物と、何も望まぬ王。

 

そして、空には蛾を、地には蠍を。

 

一組の対が、二人の王を静かに運んでいた。

 

---

 

 決戦の地は、夜の荒野に定められた。

 

 北から南下する連合と、それを迎え撃つ僭帝・異能解放軍。両者がぶつかる地は、人里から遠く隔たれた、荒れ果てた原野だった。

 

 僭帝の本拠。出立を前に、蔦漆が、全軍に布陣を告げる。

 

 「作戦を確認する。」彼は、盤面を広げた。

 

「敵の本質は、ただ一つ。ヴィラン連合は、死柄木弔、一人で持っている。頭さえ倒せば、脳無は指令を失い、組織は瓦解する。——つまり、やるべきことは、死柄木を討つ。それだけだ」

 

 彼は、一同を見渡した。

 

 「そして、あの怪物を確実に仕留められるのは、ボスをおいて、他にいない。だから、ボスには、死柄木本人を倒してもらう。我々の役目は、そのお膳立てだ」

 

 彼は配置を示していく。

 

 「空にミカ様と、グノスターの蛾。三キロ圏内を維持しボスの力を常時発動させ続ける、動く聖域だ。そして——ボスはもう一体。グノスターの蠍、フォルテスに乗り、前線を切り開きながら、死柄木へと進む」

 

 幹部たちの視線が、盤面に集まる。

 

 「フォルテスの脇を、チェインと赫飛が固める。両翼に、セイレーン。後背の守りに、エディとイズナ。脳無の群れは、アル・カイドが引き受ける。

そして——死柄木への道のその先にリブラを伏せる」

 

 蔦漆は、最後に、異能解放軍を見た。

 

 「残る雑兵と脳無の掃討。それを、異能解放軍。

十一万に、担っていただく。——ボスを、死柄木以外の、何にも、触れさせない。一匹たりとも、あの方の道を乱させない。それが我々全員の仕事だ」

 

 リ・デストロが、重々しく頷いた。

「承知した。我が十一万、死柄木の手駒を、食い止める壁となろう。——あなた方の王が、怪物を討つ

その一瞬のために」

 

 布陣は整った。すべてはたった一人の王を、

怪物の喉元へ届け、たった一人の少女を、空に守り抜くために。

 

 

 夜。荒野。

 

 三つの気配が、同時に動き出した。

 

 北から。崩壊を撒きながら、ヴィラン連合が、南下してくる。覚醒した怪物を中心に、無数の脳無が、地を這うように蠢いていた。

 

 南から。僭帝の構成員と、西から合流した、異能解放軍。十一万の軍勢が、地を埋め尽くして、進む。その要所に、七人の幹部が、それぞれの持ち場についた。

 

 そして、同じ刻。

 

 ヒーローたちも、動いていた。だが、彼らの戦場は、荒野ではなかった。

 

 「——一人でも多く、逃がせ!」。

ホークスが声を枯らして叫ぶ。

 

「怪物どもがぶつかる、その範囲から、市民を、退避させるんだ! それが、今の俺たちにできるたった一つのことだ!」

 

 倒せない。勝てない。止められない。

ヒーローたちに残されたのは、盤の外で、崩れ落ちる灯を、一つでも多く拾い上げることだけ。

彼らは、荒野へは向かわず、人々の手を引き背を押し、出口へと走った。

 

 

 夜の荒野に、二つの軍勢が、向かい合った。

 

 北側を埋め尽くすのは、死柄木の連合。

覚醒した怪物を中心に、脳無とヴィランが低く唸る。

 

 南側。十一万の異能解放軍。その後ろに、僭帝の構成員。さらに要所要所に七人の幹部が立つ。

 

 そして——軍勢の中心。

 

 空に、巨大な白い蛾が月を背に浮かんでいた。

その背に、ミカ。三キロの聖域を司る少女。

 

 その真下、地に。もう一体の式神

——巨大な蠍、フォルティスが鋏を掲げて静かに佇んでいた。その背にシュンカが乗っている。

 

 空に蛾を、地に蠍を。グノスターという一組の対が、二人の王を、それぞれ運んでいた。

離れていても一つの式神で結ばれているように。

 

 荒野を挟んで、二人の視線が交わる。

 

 死柄木の赤い目が、シュンカを捉えた瞬間——その胸の高みが、さらに燃え上がった。

 

 いた。あいつだ。何も望まずにすべてを手に入れた、憎い男。あいつを、あいつの隣を、

あいつの王座を——全部奪い終えた時、俺はようやくあいつを超える。

 

 「……ハハ」乾いた笑いが、荒野に響く。

「来たぞ..シュンカ。——お前の、全部を貰いに来た」

 

 シュンカはその言葉に何の感慨も抱かなかった。

 

 彼にとって、目の前の怪物は憎しみの対象でも

宿敵でもなかった。

——ただ、ミカの安全を脅かす最も大きな障害。

それ以上でも以下でもない。

 

 「君が、誰だろうとどうでもいい」シュンカの声は、氷のように平坦だった。

「君が、ミカの近くで暴れるなら。——僕は君を止める。それだけだ」

 

 その、徹底した無関心こそが——死柄木の憎しみを、最も深く抉る刃だった。あいつは、俺を、憎んでさえいない。眼中にすらない。

 

 蔦漆の声が、全軍に響き渡る。

 

 「——総員、前へ。ボスを、死柄木へ届けろ。

それが、すべてだ」

 

 同時に、死柄木が腕を振り下ろした。

 

 「行け。喰い殺せ」

 

 脳無とヴィランの群れが、雪崩を打って、押し寄せる。十一万の異能解放軍が、雄叫びを上げて、

迎え撃つ。夜の荒野が、一瞬で——音と、光と衝撃の坩堝と化した。

 

 その中央を。

 

 蠍の背に乗ったシュンカが、静かに、進み出す。

 

 脇目も振らず。怒りもなく。憎しみもなく。ただ、空の少女の隣に湧いた、羽虫を払うために。

 

 空の蛾が、それを見守る。地の蠍が、王を運ぶ。

 

 史上最大の戦の幕が——今、確かに、上がった。

 

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