空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

67 / 70
第64話「料金」

三つ巴編 第17話「料金」

 

欲しかった力を、確かに手に入れた。

 

——その代わりに。

 

己の中で、何かが砕け散る音を、聞いた。

 

 

 

 死柄木の全身が、光に包まれる。

 

 骨が軋み、筋肉が膨れ上がり、肉体が作り変えられていく。

かつてUSJで、神野で、彼自身が相対した、あの全盛期のオールマイト。その圧倒的なフィジカルが——いや、それすら超える力が、死柄木の体に宿った。

 

 力が漲る。指先まで鋼のような感覚。世界のすべてを握り潰せそうな全能感。

 

 「……これだ」死柄木は、陶酔した。「これで、俺は——」

 

 だが、その言葉は、最後まで続かなかった。

 

 次の瞬間——体の奥で、何かが砕ける音がした。

 

 一つ。二つ。——いや、何十。何百。

 

 己の中に蓄えていた個性。AFOから受け継ぎ、改造で積み増した、無数の力。それが、音を立てて、剥がれ、砕け、霧散していく。

 

 「……っ!? な——なんだ」死柄木が、喉を引き攣らせる。

 

「なんだ、これは。なんだ、なんだ——なんだ、これはァ!!」

 

 自分の内側から、力が抜け落ちていく。あれほど積み上げた、あれほどの苦痛に耐えて得た、怪物の力が。指の間から零れる砂のように、消えていく。

 

 崩壊すら——彼の代名詞、彼のすべてだった、絶対の超常すら。剥がれ、消えていく。

 

 「やめ——やめろ! 何をした!! 俺の——俺の力が!!」

 

 

 リブラは、恭しく頭を垂れた。

 

 「——お客様。ご注文の品を、確かにお納めしました」

商人の声は、どこまでも穏やかだった。

 

「全盛期のオールマイトを超える肉体。ご覧のとおり、間違いなく、お渡ししております」

 

 彼は、両手を広げた。

 

 「ですから、公平に。——その料金として、あなたのお力を、九割、頂戴いたしました。これ以上なく、対等なお取引でしょう?」

 

 死柄木の、震える手を見下ろしながら、リブラは続けた。

 

 「ええ、ええ。約束は守りましたとも。あなたは確かに、オールマイトを超える肉体を、お手に入れた。——その代わりに。怪物ではなくなった。それだけのことです」

 

 超人となった、代わりに。怪物では、なくなった。

 

 死柄木は、自分の体を見下ろした。強靭な腕。鋼の肉体。だが、その内側は——空っぽだった。AFOを超えた、あの力は、もう、一割しか残っていない。

 

 欲しがった。だから、奪われた。

 

 「貴様ぁ……!!」

 

 死柄木の口から、憎悪の咆哮が漏れた。だが、商人は、もう用はないとばかりに、すうっと後ろへ退いていく。

 

 契約は済んだ。獲物は、骨抜きになった。

 

 

 その一部始終を、空から見届けていたミカが——通信機に、鋭く告げた。

 

 「全員、聞いて」

 

 戦場の喧騒の中、その声が、味方に届く。

 

 「リブラが、仕事をした。——死柄木の肉体は、オールマイト以上に強化された。けど、その代わり。あいつの個性、九割が破壊された」

 

 彼女の声が、荒野を駆け抜ける。

 

 「今の死柄木は——ただの、フィジカルお化けよ。AFOを超えた怪物は、もういない。残ったのは、一割。それだけ」

 

 その報せが、戦場を走った。

 

 恐怖の象徴。誰もが心の底で怯えていた、あのAFO超えの怪物が——戦いの前に、九割を失った。

 

 異能解放軍の十一万が、雄叫びを上げる。僭帝の構成員が、声を張る。士気が、天を衝いた。

 

 

 その勢いのままに。

 

 脳無の群れの、最も分厚い一角に、エディが踏み込んだ。

 

 207センチの巨躯。葉巻をくわえたまま、彼は、リミッターを外す。次の瞬間、その一撃が——脳無を数体まとめて、地平の彼方まで吹き飛ばした。

 

 「役者不足だ」冥王は、静かに言った。「——出直して、来い」

 

 その脇で、チェインが、脳無の群れに沈んで——いや、踊っていた。

 

 一呼吸に、十三発。拳が、肘が、膝が、あらゆる距離を制する。当てるたびに、威力が積み上がっていく。十。五十。八十。——百。

 

 「——弾けろ」

 

 最後の一撃で、脳無の一団が、文字通り、爆ぜ飛んだ。

 

 そして、脳無の海の、ただ中に。アル・カイドが、一人、立っていた。

 

 己の歯を一本、口の中でもぎ、ふっと吹く。ダイナマイトの三倍の爆発が、脳無の群れを抉る。傷ついた端から再生し、また己を爆ぜさせる。

 

 「祝福を。——存分に」

 

 痛みを恍惚に変えて、狂信者は、脳無の海を、一人で割り続けた。彼の胸にあるのは、ただ一つ。我が王の征く道を、清めるという、聖なる務め。

 

 単発の破壊力。武の極み。不死の爆弾。——それぞれの流儀で、幹部たちは、連合の軍勢を、圧倒していく。

 

 数で勝る筈の脳無の群れが、一方的に、削られていった。

 

 露払いは、蹂躙の様相を呈していた。

 

 

 そして、その喧騒の、すべての中心を。

 

 蠍の背に乗ったシュンカが、変わらず、静かに進んでいた。

 

 脇目も振らず。士気にも、無双にも、興味を示さず。ただ、骨抜きになった怪物の方へ、一歩、また一歩と、近づいていく。

 

 空の蛾が、それを見守る。地の蠍が、王を運ぶ。

 

 死柄木は、痩せ細った己の手を見下ろし、そして——ゆっくりと近づいてくる、白い影を見た。

 

 欲した果てに、空っぽになった器と。欲さぬがゆえに、満ちた王が。

 

 その距離は、もう——すぐ、そこまで、縮まっていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。