三つ巴編 第22話「戴冠」
望まぬ者の前に、世界が跪く。
——王になど、なりたくなかった。
それでも、十一万の膝が、地に着いた。
そして、その胸に。ほんの僅か何かが灯った。
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戦は終わった。
空を舞っていた白い蛾が、ゆっくりと地へ降りてくる。その背からミカが降り立ち、シュンカの隣へと歩み寄った。
二人は並んで、幹部たちの元へと戻っていく。
「——ボス!」
最初に駆け寄ってきたのは赫飛だった。仮面の奥の声が弾んでいる。
「やったね! いや、やるまでもなかった、か。さすがだよ」
「お見事です、シュンカ様」
チェインが深く頭を垂れた。武人の顔に、確かな誇りが滲む。
「あの怪物を、あそこまで容易く。——あなたの剣であることを、心より誇りに思います」
イズナは、けだるげに煙を吐きながら、口の端を上げた。
「……ま、危なげなかったな。めんどくさい戦になるかと思ったが。——お疲れさん、ボス」
エディが静かに歩み寄る。207センチの巨躯が、微かに笑っていた。
「見事な幕引きだった。——連合は瓦解。脳無も一掃。完勝だな」
蔦漆が頷く。「作戦は完璧に遂行された。
——ボス、ミカ様。ご無事で何よりです」
セイレーンがミカに駆け寄り、その無事を確かめた。アル・カイドは、少し離れた場所で、静かな法悦の吐息を漏らしていた。
幹部たちの、それぞれの祝福。
シュンカはその真ん中で、いつものように、少し所在なさげに立っていた。彼にとって、これはただ、やるべきことを終えた、それだけのこと。
その時。
一人の男が、静かに進み出た。
リ・デストロ。
彼はシュンカの前まで来ると——ゆっくりと、その巨体を折り、片膝を地に着いた。
「……リ・デストロ?」周囲がざわめく。
彼は顔を上げ、まっすぐシュンカを見つめた。
その目に、これまでの恐怖や打算の色はなかった。あるのは——ただ、澄んだ敬慕だった。
「シュンカ殿。——いや、我が王よ」彼の声は震えていた。
「私は生涯をかけて、『解放』を叫んできた。あらゆる鎖から、個性を、人を解き放つ。それが私の大義だった」
彼は続けた。
「だが、あなたを見て悟った。——何にも縛られず、何も望まず、ただ在るだけで、すべてを得る。それこそが、真の解放だ。私が生涯かけて追い求めたものは。——あなたの中に既にあった」
リ・デストロの声が、荒野に響く。
「あなたこそが、真の解放だ。——だから私は。
いや、我々は。心からあなたを王と仰ぎたい。
恐怖でも、打算でもない。——共に戦い、あなたを見て。心の底からそう思ったのです」
その言葉に嘘はなかった。
リ・デストロが跪いた、その瞬間。
まるで、それが合図であったかのように。
異能解放軍の幹部たちが、次々と膝を折った。
さらに——その後ろ。
異能解放軍の、十一万の軍勢が。波が引くように、一斉に、地に膝を着いていった。
荒野を埋め尽くす、無数の膝。かつて、それぞれの誇りを掲げ、それぞれの大義に生きた者たちが。今、たった一人の、白い少年の前に、頭を垂れている。
誰にも強制されていない。命じられてもいない。ただ——自ら、望んで。
求めぬ王のもとに、世界が跪いた。
その光景の中心で。
シュンカは、戸惑っていた。
「……なんで」。彼は、小さく呟いた。
「僕、別に。王になんてなりたくない。ただ
ミカを守っただけなのに」
王になろうとした男は、何も掴めず塵に還った。王になどなりたくもない少年の前に
十一万が跪いている。
この、あまりにも皮肉な光景。求める者は掴めず、求めぬ者に、すべてが集まる。
——その理が、今、荒野に極まっていた。
シュンカは、跪く十一万を、困惑したまま見渡した。
こんなもの要らない。玉座も、忠誠も、跪く軍勢も。僕が欲しいのは、ただ隣にいる、この子だけ。——そのはずだった。
なのに。
その時、彼の胸の奥で。
ほんの僅かに。何かが灯った。
温かい何か。それが何なのか、シュンカには分からなかった。ミカへの想いとは違う。もっと、
小さく、淡い。けれど確かにそこにある、温もり。
跪くリ・デストロ。誇らしげなチェイン。けだるげなイズナ。法悦のアル・カイド。
——共に、あの日々を過ごしてきた、この者たちに向けて。胸の、ほんの片隅がほんの少しだけ温かい。
それが、何なのか。
シュンカはまだ気づかない。気づく術も、持たなかった。ただ、微かな正体の知れぬ温もりを、
胸の奥に感じただけ。
彼はそれをすぐに忘れた。視線を隣のミカへと
戻す。彼の世界は、やはりただ一人を中心に回っていた。
だが——その、ほんの僅かな灯は。消えずに、彼の奥深くで、静かに、息づき始めていた。
いつか、それが何を意味するのか。——それを知る日は、まだ、ずっと先のことだった。
荒野に、勝鬨が上がる。
求めぬ王の、戴冠だった。