空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第69話「戴冠」

三つ巴編 第22話「戴冠」

 

望まぬ者の前に、世界が跪く。

 

——王になど、なりたくなかった。

 

それでも、十一万の膝が、地に着いた。

 

そして、その胸に。ほんの僅か何かが灯った。

 

---

 

 戦は終わった。

 

 空を舞っていた白い蛾が、ゆっくりと地へ降りてくる。その背からミカが降り立ち、シュンカの隣へと歩み寄った。

 

 二人は並んで、幹部たちの元へと戻っていく。

 

 「——ボス!」

 

 最初に駆け寄ってきたのは赫飛だった。仮面の奥の声が弾んでいる。

「やったね! いや、やるまでもなかった、か。さすがだよ」

 

 「お見事です、シュンカ様」

チェインが深く頭を垂れた。武人の顔に、確かな誇りが滲む。

 

「あの怪物を、あそこまで容易く。——あなたの剣であることを、心より誇りに思います」

 

 イズナは、けだるげに煙を吐きながら、口の端を上げた。

「……ま、危なげなかったな。めんどくさい戦になるかと思ったが。——お疲れさん、ボス」

 

 エディが静かに歩み寄る。207センチの巨躯が、微かに笑っていた。

「見事な幕引きだった。——連合は瓦解。脳無も一掃。完勝だな」

 

 蔦漆が頷く。「作戦は完璧に遂行された。

——ボス、ミカ様。ご無事で何よりです」

 

 セイレーンがミカに駆け寄り、その無事を確かめた。アル・カイドは、少し離れた場所で、静かな法悦の吐息を漏らしていた。

 

 幹部たちの、それぞれの祝福。

シュンカはその真ん中で、いつものように、少し所在なさげに立っていた。彼にとって、これはただ、やるべきことを終えた、それだけのこと。

 

 

 その時。

 

 一人の男が、静かに進み出た。

 

 リ・デストロ。

 

 彼はシュンカの前まで来ると——ゆっくりと、その巨体を折り、片膝を地に着いた。

 

 「……リ・デストロ?」周囲がざわめく。

 

 彼は顔を上げ、まっすぐシュンカを見つめた。

その目に、これまでの恐怖や打算の色はなかった。あるのは——ただ、澄んだ敬慕だった。

 

 「シュンカ殿。——いや、我が王よ」彼の声は震えていた。

 

「私は生涯をかけて、『解放』を叫んできた。あらゆる鎖から、個性を、人を解き放つ。それが私の大義だった」

 

 彼は続けた。

 

 「だが、あなたを見て悟った。——何にも縛られず、何も望まず、ただ在るだけで、すべてを得る。それこそが、真の解放だ。私が生涯かけて追い求めたものは。——あなたの中に既にあった」

 

 リ・デストロの声が、荒野に響く。

 

 「あなたこそが、真の解放だ。——だから私は。

いや、我々は。心からあなたを王と仰ぎたい。

恐怖でも、打算でもない。——共に戦い、あなたを見て。心の底からそう思ったのです」

 

 その言葉に嘘はなかった。

 

 

 リ・デストロが跪いた、その瞬間。

 

 まるで、それが合図であったかのように。

 

 異能解放軍の幹部たちが、次々と膝を折った。

 

 さらに——その後ろ。

 

 異能解放軍の、十一万の軍勢が。波が引くように、一斉に、地に膝を着いていった。

 

 荒野を埋め尽くす、無数の膝。かつて、それぞれの誇りを掲げ、それぞれの大義に生きた者たちが。今、たった一人の、白い少年の前に、頭を垂れている。

 

 誰にも強制されていない。命じられてもいない。ただ——自ら、望んで。

 

 求めぬ王のもとに、世界が跪いた。

 

 その光景の中心で。

 

 シュンカは、戸惑っていた。

 

 「……なんで」。彼は、小さく呟いた。

「僕、別に。王になんてなりたくない。ただ

ミカを守っただけなのに」

 

 王になろうとした男は、何も掴めず塵に還った。王になどなりたくもない少年の前に

十一万が跪いている。

 

 この、あまりにも皮肉な光景。求める者は掴めず、求めぬ者に、すべてが集まる。

 

——その理が、今、荒野に極まっていた。

 

 

 シュンカは、跪く十一万を、困惑したまま見渡した。

 

 こんなもの要らない。玉座も、忠誠も、跪く軍勢も。僕が欲しいのは、ただ隣にいる、この子だけ。——そのはずだった。

 

 なのに。

 

 その時、彼の胸の奥で。

 

 ほんの僅かに。何かが灯った。

 

 温かい何か。それが何なのか、シュンカには分からなかった。ミカへの想いとは違う。もっと、

小さく、淡い。けれど確かにそこにある、温もり。

 

 跪くリ・デストロ。誇らしげなチェイン。けだるげなイズナ。法悦のアル・カイド。

 

——共に、あの日々を過ごしてきた、この者たちに向けて。胸の、ほんの片隅がほんの少しだけ温かい。

 

 それが、何なのか。

 

 シュンカはまだ気づかない。気づく術も、持たなかった。ただ、微かな正体の知れぬ温もりを、

胸の奥に感じただけ。

 

 彼はそれをすぐに忘れた。視線を隣のミカへと

戻す。彼の世界は、やはりただ一人を中心に回っていた。

 

 だが——その、ほんの僅かな灯は。消えずに、彼の奥深くで、静かに、息づき始めていた。

 

 いつか、それが何を意味するのか。——それを知る日は、まだ、ずっと先のことだった。

 

 荒野に、勝鬨が上がる。

 

 求めぬ王の、戴冠だった。

 

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