三つ巴編 第23話「もう一つの国」
怪物を討った王朝は、望まぬまま、さらに膨れ上がった。
——気づけば、それは。
一つの国と、呼ぶべきものになっていた。
三つ巴の戦は、僭帝の完勝で幕を閉じた。
その結末は、瞬く間に、裏社会の隅々まで知れ渡った。AFOを殺し、今度は、AFOを超えた怪物すら、一振りで葬った白い王。——もはや、逆らう者など、どこにもいなかった。
そして、跪いた異能解放軍。十一万の軍勢が、正式に、僭帝の傘下へと入った。
それは、単なる数の合流ではなかった。異能解放軍は、全国に、無数のパイプを持っていた。各地の構成員、協力者、地下の流通網。——神奈川を拠点としていた僭帝が、その網を得て、一夜にして、全国へと広がっていく。
求めぬ王のもとに、世界が集まる。その本質が、決戦を経て、堰を切ったように、加速した。
東西南北。かつて、様々な勢力が割拠していた裏社会が。今や、たった一つの旗の下に、束ねられていく。
膨れ上がる組織を、束ねる者たちは、目が回るほど忙しかった。
「——次から次へと。まったく」リ・デストロが、書類の山を前に、額を押さえた。かつて、十一万を率いた男。その手腕が、今僭帝の全国展開の、要となっていた。
その傍らで、スケプティックが、無数の情報を捌いていた。異能解放軍の情報戦を担っていた男が、今は、僭帝の広がる版図を、データで管理する。
「加入希望また増加。各地の旧勢力からの、恭順の申し出も止まりません」
「捌ききれるか、という規模だな」エディが、葉巻をくわえたまま、低く言った。冥王の知略が、組織の骨格を組み立てていく。
「だが、悪くない。——秩序さえ保てば、これは揺るがぬ土台になる」
蔦漆は、全国の地図を睨んでいた。
「東の流通、西の資金、北の人員。すべてが繋がりつつある。——もはや一つの組織、という規模ではない」
実務者たちは、寝る間も惜しんで、膨張する帝国を形にしていった。
その中心にいる王は——相変わらず何の興味も示さなかった。
シュンカは、奥の間で、ミカと静かに過ごしている。組織が、どれほど大きくなろうと、全国に広がろうと。彼にはどうでもよかった。彼の世界は、やはり、隣にいる、たった一人を、中心に回っていた。
「……なんか、忙しそうね」ミカが、遠くの喧騒に、ぽつりと言う。
「うん」シュンカは、頷いた。
「みんな、大変そう。——僕は、よく分からないけど」
王が望まぬうちに、帝国は、ひとりでに、育っていた。
一方——ヒーローの、対策本部。
その空気は、これまでとは、明らかに、違っていた。
ホークスが地図を前に、報告を始める。その地図は、もはや色分けされていなかった。日本のほぼ全域が——一つの色で塗り潰されていた。
「……報告します」ホークスの声は、重かった。
「三つ巴の戦の後。僭帝は異能解放軍を取り込み、全国へと、勢力を広げた。——現在、その規模は。構成員、およそ二十万人」
会議室が、静まり返る。
「二十万」エンデヴァーが、掠れた声で繰り返した。
「……国家の、軍隊に、匹敵する数だ」
「数だけじゃ、ない」ホークスは、首を振った。
「あの王がいる限り、力では絶対に崩せない。加えて、全国の流通、資金、人員を、掌握しつつある。——これはもう」
彼は、言葉を選ぶように、一拍置いた。
「——一つの、犯罪組織、なんてものじゃない。日本の中に、もう一つ、
『国家』が、できたようなものだ」
その言葉が、会議室に、重く落ちた。
討伐、という発想は、もう通用しない。国家が、国家を、軍事力で、丸ごと制圧できないのと、同じ理屈だ。相手が大きくなりすぎた。そして、その頂点には、何をしても倒せない王がいる。
「……我々は」ベストジーニストが、低く問うた。「一体、どう、向き合えばいいのだ。あれと」
誰も答えられなかった。
倒せない。潰せない。無視もできない。——日本の中に、もう一つ生まれた国と。ヒーローたちは、どう、共に在ればいいのか。その問いに、答えを持つ者は、いなかった。
王は、望まなかった。
支配も、拡大も、玉座も。ただ、隣の一人を守りたかっただけ。
なのに——気づけばその手の中に、一つの国が育っていた。
求めぬ者にすべてが集まる。その理は、もはや、一組織の枠を超え、国家の規模にまで、膨れ上がっていた。
だが——この、あまりに大きくなりすぎた存在は。やがて、新たな火種を、呼び込むことになる。
倒せぬ王を、恐れる者たち。その恐怖が、いつか、最も卑劣な一手へと、繋がっていくことを。
まだ、誰も、知らない。
求めぬ王の帝国に。静かに、次の夜が忍び寄ろうとしていた。