夜明け編 第4話「蚊帳の外」
拒んだ。声を、限りに。
——だが拒むことと、止めることは違った。
彼らはまだ、それを知らなかった。
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拒絶は、届かなかった。
いや——届いていた。ただ聞き入れられなかった、というだけだ。
対策本部でヒーローたちは、暗殺計画をはねつけた。子供を殺すなど、あってはならぬと。ベストジーニストが理を説き、ホークスが吐き捨て、エンデヴァーが唸り、オールマイトが、賭けた対話を潰すなと、吼えた。——彼らは確かに拒んだ。
だが、会議室を出る、その背に。公安のトップの、冷えた視線が、突き刺さっていた。
あの目をオールマイトは、後になって思い出すことになる。——あれは、説得を諦めた目ではなかった。見限った目だった。
数日、何の音沙汰も、なかった。
妙だった。あれほどの計画を、政府がそう易々と、取り下げるはずがない。なのに、公安からは、何の連絡も来ない。追加の協力要請も、方針変更の通達も。——沈黙。
その沈黙の意味に、最初に気づいたのは、ホークスだった。
「……おかしい」彼は、対策本部の廊下で、足を止めた。
「静かすぎる。あいつら、俺たちに何も、言ってこない。——まさか」
まさか。その先を、彼は口にしなかった。だがその場にいた全員が、同じ嫌な予感を、共有した。
政府はヒーローを、説得することをやめたのだ。
説得の代わりに——外したのだ。蚊帳の、外へ。
オールマイトは単身、公安へ乗り込んだ。
「計画は、どうなった」彼は、問うた。かつての、平和の象徴の、迫力を
痩せた身に、こめて。「取り下げたのか。それとも——」
「その件について、お話しできることは、ございません」応対した官僚は、慇懃に、頭を下げた。
「ご協力を、お断りになったのは、そちらです。であれば——この件は、もう、ヒーローの管轄ではない。政府の、専管事項です」
「子供の命が、かかっているんだぞ」
「ですから」官僚は、微笑んだ。「そちらには、関わりのない、話です」
オールマイトは、言葉を失った。
拒絶したことで——彼らは、当事者ですら、なくなっていた。反対する権利を、行使した瞬間に、口を、挟む資格を、奪われていた。政府は、反対する者を、議論から、排除したのだ。反対されないために。
「くそっ——!」
ホークスが、机を、叩いた。羽が、逆立っていた。
「俺たちを外して、勝手にやる気だ。あいつらは。俺たちが止めるのを分かってるから。だから隠す。いつ、どこでやるかを」
「探れないのか」エンデヴァーが、低く、問うた。「いつ、決行するかを」
「探ってます、だが——」ホークスは、拳を、握った。
「公安の奥の奥だ。俺の情報網でも、そこまでは届かない。連中、本気で、隠してる。俺たち、ヒーローに知られないように」
室内が、沈黙した。
これが、彼らの置かれた状況だった。子供が殺されようとしている。
それを知っている。止めたいと、思っている。——だが、いつそれが起こるのかを、掴めない。相手は味方であるはずの、自国の政府。その政府が、ヒーローを、欺いている。仲間を出し抜こうとしている。
守る力はある。だが——守るべき瞬間が、いつ来るのかが、分からない。
オールマイトは、夜の、屋上にいた。
街の灯りを、見下ろしていた。この、灯りの一つ一つに、人の暮らしがある。
それを守るために、彼は、生涯を捧げてきた。「もう大丈夫」と。その一言で
人々を、安心させるために。
だが、今。彼は、一人の子供すら守れずにいる。
あの、ミカという少女。会ったのは、2度だけ。城の広間でシュンカの隣に、
静かに座っていた、黒髪の少女。——あの子が、今、狙われている。自国の政府に。そして、彼は、それを知りながら、指を咥えて、見ているしかない。
いつ、撃たれるのかも、分からないまま。
——また、なのか。
オールマイトの胸に、古い痛みが疼いた。神野。あの日、彼は、一人の子供に、世界の重荷を、背負わせた。守るべき子供に、守られる形になった。その罪を、
彼は今も抱えている。
そして今、また。彼は子供を守れずにいる。今度は守ろうとすることすら、政府に、踏みにじられて。
「……オールマイト」背後で、ホークスの声がした。
「一つ、確かめておきたいことが、ある」
「なんだ」
「もし——」ホークスは、言い淀んだ。「もし、俺たちが、間に合わなかったら。あの子が、撃たれてしまったら。……あの子は、どうすると思う」
オールマイトは、答えなかった。
答えは分かっていた。あの会談で、シュンカは言った。「何も要らないよ」と。——何も要らない王。ただ一つ、あの少女を、除いては。その、たった一つを
奪われたら。
この国は。いやこの世界は。
「……間に合わせるしか、ない」オールマイトは、絞り出すように、言った。「間に合わせるんだ。何としても」
だが、その声には、力が、なかった。いつどこで、実行されるのか。それを掴む術が、彼らにはなかったのだから。
その頃。
彼らの遥か手の届かぬ場所で。計画は、静かに動いていた。
政府はヒーローを、完全に締め出していた。実行の日時も、手筈も、一切を、
伏せて。選ばれた狙撃手が、既に配置につこうとしていた。標的は、僭帝の城の、あの少女。
ヒーローたちが、夜な夜な、情報を探り、政府に食い下がり、必死で、止めようとしている、その一方で。
国家の冷たい機構は、彼らを嘲笑うように、静かに引き金へと、指を、かけていた。
——誰も、知らなかった。
その最初の一手が、既に、放たれる寸前であることを。そして、それが、
この国の、命運を決する引き金であることを。
夜が、更けていく。
ヒーローたちは、まだ探し続けていた。いつ、来るとも知れぬその瞬間を。