空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第74話 蚊帳の外

夜明け編 第4話「蚊帳の外」

 

拒んだ。声を、限りに。

 

——だが拒むことと、止めることは違った。

 

彼らはまだ、それを知らなかった。

 

---

 

 拒絶は、届かなかった。

 

 いや——届いていた。ただ聞き入れられなかった、というだけだ。

 

 対策本部でヒーローたちは、暗殺計画をはねつけた。子供を殺すなど、あってはならぬと。ベストジーニストが理を説き、ホークスが吐き捨て、エンデヴァーが唸り、オールマイトが、賭けた対話を潰すなと、吼えた。——彼らは確かに拒んだ。

 

 だが、会議室を出る、その背に。公安のトップの、冷えた視線が、突き刺さっていた。

 

 あの目をオールマイトは、後になって思い出すことになる。——あれは、説得を諦めた目ではなかった。見限った目だった。

 

 

 数日、何の音沙汰も、なかった。

 

 妙だった。あれほどの計画を、政府がそう易々と、取り下げるはずがない。なのに、公安からは、何の連絡も来ない。追加の協力要請も、方針変更の通達も。——沈黙。

 

 その沈黙の意味に、最初に気づいたのは、ホークスだった。

 

 「……おかしい」彼は、対策本部の廊下で、足を止めた。

「静かすぎる。あいつら、俺たちに何も、言ってこない。——まさか」

 

 まさか。その先を、彼は口にしなかった。だがその場にいた全員が、同じ嫌な予感を、共有した。

 

 政府はヒーローを、説得することをやめたのだ。

 

 説得の代わりに——外したのだ。蚊帳の、外へ。

 

 

 オールマイトは単身、公安へ乗り込んだ。

 

 「計画は、どうなった」彼は、問うた。かつての、平和の象徴の、迫力を

痩せた身に、こめて。「取り下げたのか。それとも——」

 

 「その件について、お話しできることは、ございません」応対した官僚は、慇懃に、頭を下げた。

 

「ご協力を、お断りになったのは、そちらです。であれば——この件は、もう、ヒーローの管轄ではない。政府の、専管事項です」

 

 「子供の命が、かかっているんだぞ」

 

 「ですから」官僚は、微笑んだ。「そちらには、関わりのない、話です」

 

 オールマイトは、言葉を失った。

 

 拒絶したことで——彼らは、当事者ですら、なくなっていた。反対する権利を、行使した瞬間に、口を、挟む資格を、奪われていた。政府は、反対する者を、議論から、排除したのだ。反対されないために。

 

 

 「くそっ——!」

 

 ホークスが、机を、叩いた。羽が、逆立っていた。

 

「俺たちを外して、勝手にやる気だ。あいつらは。俺たちが止めるのを分かってるから。だから隠す。いつ、どこでやるかを」

 

 「探れないのか」エンデヴァーが、低く、問うた。「いつ、決行するかを」

 

 「探ってます、だが——」ホークスは、拳を、握った。

「公安の奥の奥だ。俺の情報網でも、そこまでは届かない。連中、本気で、隠してる。俺たち、ヒーローに知られないように」

 

 室内が、沈黙した。

 

 これが、彼らの置かれた状況だった。子供が殺されようとしている。

それを知っている。止めたいと、思っている。——だが、いつそれが起こるのかを、掴めない。相手は味方であるはずの、自国の政府。その政府が、ヒーローを、欺いている。仲間を出し抜こうとしている。

 

 守る力はある。だが——守るべき瞬間が、いつ来るのかが、分からない。

 

 

 オールマイトは、夜の、屋上にいた。

 

 街の灯りを、見下ろしていた。この、灯りの一つ一つに、人の暮らしがある。

それを守るために、彼は、生涯を捧げてきた。「もう大丈夫」と。その一言で

人々を、安心させるために。

 

 だが、今。彼は、一人の子供すら守れずにいる。

 

 あの、ミカという少女。会ったのは、2度だけ。城の広間でシュンカの隣に、

静かに座っていた、黒髪の少女。——あの子が、今、狙われている。自国の政府に。そして、彼は、それを知りながら、指を咥えて、見ているしかない。

 

 いつ、撃たれるのかも、分からないまま。

 

 ——また、なのか。

 

 オールマイトの胸に、古い痛みが疼いた。神野。あの日、彼は、一人の子供に、世界の重荷を、背負わせた。守るべき子供に、守られる形になった。その罪を、

彼は今も抱えている。

 

 そして今、また。彼は子供を守れずにいる。今度は守ろうとすることすら、政府に、踏みにじられて。

 

 「……オールマイト」背後で、ホークスの声がした。

 

「一つ、確かめておきたいことが、ある」

 

 「なんだ」

 

 「もし——」ホークスは、言い淀んだ。「もし、俺たちが、間に合わなかったら。あの子が、撃たれてしまったら。……あの子は、どうすると思う」

 

 オールマイトは、答えなかった。

 

 答えは分かっていた。あの会談で、シュンカは言った。「何も要らないよ」と。——何も要らない王。ただ一つ、あの少女を、除いては。その、たった一つを

奪われたら。

 

 この国は。いやこの世界は。

 

 「……間に合わせるしか、ない」オールマイトは、絞り出すように、言った。「間に合わせるんだ。何としても」

 

 だが、その声には、力が、なかった。いつどこで、実行されるのか。それを掴む術が、彼らにはなかったのだから。

 

 

 その頃。

 

 彼らの遥か手の届かぬ場所で。計画は、静かに動いていた。

 

 政府はヒーローを、完全に締め出していた。実行の日時も、手筈も、一切を、

伏せて。選ばれた狙撃手が、既に配置につこうとしていた。標的は、僭帝の城の、あの少女。

 

 ヒーローたちが、夜な夜な、情報を探り、政府に食い下がり、必死で、止めようとしている、その一方で。

 

 国家の冷たい機構は、彼らを嘲笑うように、静かに引き金へと、指を、かけていた。

 

 ——誰も、知らなかった。

 

 その最初の一手が、既に、放たれる寸前であることを。そして、それが、

この国の、命運を決する引き金であることを。

 

 夜が、更けていく。

 

 ヒーローたちは、まだ探し続けていた。いつ、来るとも知れぬその瞬間を。

 

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