夜明け編 第14話「最後通牒」
かつて、誰もこの王を止められなかった。
——ただ一人、眠る少女を除いて。
その少女は今、目を覚まさない。
その夜、全ての放送が乗っ取られた。
テレビもラジオも、街頭の大型ビジョンも。あらゆる画面が、暗転
し——そして、一人の男を映し出した。
覇王エディ。
僭帝の大幹部。純破壊力最強の男。その男がカメラの前に腰を下ろし、静かに、口を開いた。国民の全てがその姿を見ていた。
「——夜分に失礼する」
エディの声は落ち着いていた。恫喝も、激昂も、なかった。ただ事実を告げる口調だった。だからこそ、聞く者の背筋を凍らせた。
「俺は僭帝のエディ。ボスの言葉を、伝えに来た。……だがその前に。あんたら、国民に。聞いてほしいことが、ある」
彼は、静かに続けた。
「うちのボスは。——何も、悪いことはしていない」
その一言に日本中が、耳を疑った。
「ボスは、この国に何も要求しなかった。支配しようとも、しなかった。
ただ、静かに暮らしていた。……それだけだ。それどころか、な。
——AFOを、倒したのは誰だ。ファナティカを、死柄木を止めたのは。
この国が、何度、あの怪物どもに滅ぼされかけた。その度に、あの王が片づけてきた。あんたらの、知らねえところで」
エディの目が。カメラをまっすぐに射抜いた。
「その男が。ただ静かに生きていた。——なのに」
「政府はその男の、大切な者を撃った」
声が、低く響いた。
「子供だ。まだ幼い女の子だ。——三キロの彼方から。個性持ちの狙撃手を、
使って。それも、一度じゃねえ。二度だ。一度詫びると言っておきながら。
裁判を開くと、約束しておきながら。その裏でまた撃った。——何も悪いことをしていない男の、たった一つの大切なものを」
国民が息を呑む音が。日本中で重なった。——政府が。子供を暗殺?
「なぜだと、思う?」エディは問うた。国民に
「あの王が、強すぎたからだ。何も求めねえがゆえに、御せなかったからだ。
——恐いから殺す。手に負えねえから消す。……そのために子供を撃った。それが、あんたらの政府の、正体だ」
彼は、一拍置いた。
「——さて。悪いのはどっちだ?」
「王は、こう言っている」
エディの声が、静かに、戻った。
「この国の、総理大臣。全ての大臣 官僚 そして、公安のトップ。
——あの少女に、手を出す判断を下した者。承認した者。その全員の身柄を。二十四時間以内に。僭帝の城へ差し出せ」
静寂。
「差し出さなければ」
一拍。
「東京から、破壊する」
その言葉に。飾りはなかった。
「これは、脅しじゃ、ねえ」エディは、静かに言った。
「予告だ。二十四時間。身柄を差し出せば。ボスは止まる。……差し出さなければ、動く。——止められる者はいねえ。この国の軍も。ヒーローも。何をしても無駄だ」
彼は、僅かに目を伏せた。
「ボスを止められるものは、この世に、たった一つしかなかった。
……そして、それは今。政府が撃った。——だからこうなってる」
放送はそこで切れた。画面が暗転した。——後には、静寂と二十四時間という砂時計だけが、残された。
政府は、恐慌に陥っていた。
だが、その恐慌の中心にあったのは。意外にも、罪の露見では、なかった。
子供の暗殺が、世界に知られたこと——それも、確かに致命傷だった。だが、それ以上に。彼らを震え上がらせた事実があった。
「……なぜだ」公安の実務を担ってきた官僚が呻いた。蒼白な顔で。
「なぜ、あの子供は。——生きている」
室内の誰もが、同じ問いに、囚われていた。
作戦の大前提。それはこうだった。——あの少女こそ、王の命綱。少女を殺せば、王も死ぬ。あるいは、無力化する。かつて掴んだ、情報。
「王を殺したくば、隣の少女を殺せ」それを信じて、全てを組み立てた。
だからこそ。狙撃手の口封じすら、しなかった。
——どうせ、少女が死ねば王は終わる。ならば、狙撃手が後で捕まろうが、
喋ろうが。もうあの怪物は動けない。そう高を括っていた。
なのに。
「少女は……確かに、撃った」官僚の声が、震えた。
「急所は、逸れたが。……瀕死の、はずだ。命綱は断ったはず。なのに。——なぜ、王はあんなにも。無傷で。動いている——!?」
彼らは、知らなかった。寄心が移されたことを。ミカからエディへ。王の命綱が、既に別の場所にあることを。——彼らの作戦の根幹が、最初から崩れていたことを。
前提が幻だった。その幻の上に国家は、子供を撃ち。
そして今——止められない破壊を、招いていた。
ヒーローたちは。
別の、絶望に沈んでいた。
「……止められなかった」オールマイトが、呟いた。痩せたその身震わせて。
「あの子が、破壊の王になるのを。……私たちは、止められなかった」
彼の脳裏にあの教室が蘇っていた。緑谷と、相澤と語り合った、あの夜。
——あの子に扉を開こう。学校を。子供として生きる、道を。神野で背負わせた重荷を、今度こそ下ろしてやろう。
その計画は、実行される前に砕かれた。国家の凶弾に。そして今、あの子は——扉の向こうの、穏やかな未来ではなく。破壊の王として、この国を滅ぼそうと、している。
「間に合わなかった」オールマイトの声が、掠れた。
「また……また、私は。子供を救えなかった。守れなかった、どころか。……あの子を。あんな場所へ、追いやってしまった」
ホークスが、拳を握った。「……止める、方法は。ないのか。何か。一つでも」
誰も、答えなかった。
答えは、全員が、知っていた。——ない。
あの王の力は絶対だ。不変。あらゆる干渉を拒む。物理も個性も、通じない。
国の全軍をぶつけても、ヒーローの総力を挙げても、あの王を止めることは、できない。——そして、唯一、あの王を止められた少女は。今、生死の境で、眠っている。
止められる者が。この世に、一人もいなかった。
二十四時間の砂時計が、静かに落ちていく。
日本中が。いや世界中が。固唾を呑んで、見守っていた。あの破壊の王が動き出す、その瞬間を。
国家は震えていた。誤算の恐怖に。ヒーローは沈んでいた。無力の絶望に。
国民は、怯えていた。明日、東京が消えるかもしれないという、現実に。
誰も。
あの王を、止められない。
この世界の、どこにも。あの決壊した王の前に、立てる者など——もう、いなかった。
砂時計が、落ちる。
破滅への時が、刻一刻と、近づいていた。