夜明け編 第23話「世界へ」
力では救えなかった。
——だがその敗北を知った者だけが、本当の救いを世界に語れる。
ホークスは崩れたビルに背を預け、静かにその光景を見ていた。
「……止まったか」
彼は低く呟いた。安堵の息を吐きながらもその目は冷静だった。
「だが、これで終わりじゃない。街は壊れちまった。政府と海外は
——あの子供たちをどう扱うつもりだ。俺たちが本当に試されるのはここからだ」
彼は誰よりも早く、あの逆転の真実に気づいた男だった。だからこそ、分かっていた。この救済は、終着点ではなく始まりに過ぎないことを。
あの二人を本当に守れるかどうかは、これから世界が彼らにどう向き合うかに
かかっていることを。
その傍らで僭帝の幹部たちも、同じ光景を見つめていた。
チェイン 赫飛 セイレーン 蔦漆 皆言葉を失って
泣きじゃくる主の姿を見守っていた。世界を壊そうとした王が、今は
ただ一人の子供として泣いている。その姿に彼らの胸もまた締めつけられていた。
敵だった者たち。立場の違う者たち。けれど、今この瞬間だけは。
皆が同じ光景を見て、同じ想いを抱いていた。
——どんな力も為し得なかったことを。たった一つの愛が為した。
スターアンドストライプは、ゆっくりと立ち上がった。
涙を拭い、乱れた呼吸を整える。世界最強のヒーローが、
崩れた街の只中で、抱きしめ合う二人の子供のもとへと、歩み寄った。
攻撃するためではなかった。彼女の瞳には、もう戦意は微塵もなかった。
彼女はミカの前で、膝を折った。傷ついた少女と目線を合わせて。
「……お嬢さん」彼女は、優しくけれど深い敬意を込めて言った。
「お前はすごい子だ。私はね世界最強だなんて呼ばれてる。あらゆる力をあの子に叩きつけた。最強の一撃も放った。
——それでも、あの子を一歩も動かせなかった。なのに、あんたはたった一言で止めた」
彼女は柔らかく微笑んだ。涙ぐみながら。
「私の拳が為せなかったことを、あんたが為したんだ。——ありがとう、お嬢さん。あんたが来てくれなかったら。きっと、誰も救われなかった」
それから、彼女は視線をシュンカへ移した。涙の痕を残した少年へ。
「ボーイ」彼女は、静かに言った。
「あんたは、化け物なんかじゃない。ただたった一人の大切な子を、守りたかっただけの子供だ。それを何度も踏みにじられて、それでも耐えて、耐えて
——最後の最後で、壊れちまっただけだ。あんたは、何も悪くない。悪かったのは、あんたをそこまで追い詰めた、私たち大人の世界のほうだ」
シュンカは、ミカを抱きしめたまま掠れた声で問うた。
「……なんで、あなたはそこまで僕に優しいの。僕は、あなたの街をあなたの世界を、壊そうとしたのに」
「言ったろう。あんたは、子供だ」スターアンドストライプは、哀しげに笑った。「子供を守れなかった大人が、その子を責める資格なんてありゃしないさ」
そして——彼女は、立ち上がり崩れた街を見回した。
逃げ惑った人々。それを救おうと駆け回った、ヒーローたち。遠巻きに、この光景を見つめる、報道の眼。その向こうにいるであろう、日本のそして世界の、
すべての人々へと。彼女は声を張り上げた。世界最強のヒーローとしての重みを込めて。
「聞いてくれ……! 日本の、そして世界のみんな……!」
彼女の声が、崩れた街に響き渡る。
「お前たちは、この子供たちを"災厄"だと、"化け物"だと呼んだ。挙句、この小さな女の子を殺そうとした。それですべてが解決すると信じて……! ——その結果が、これだ……!」
彼女は、崩れ落ちた街を指し示した。
「力でねじ伏せようとした。命を奪おうとした。だが、それは、この子たちをさらに追い詰めただけ。最悪の終末を、招いただけだった……! ——いいか、よく聞け……! この子たちを救えるのは、剣じゃない。銃でも、暗殺でもない……! たった一つ、差し伸べる手だけだ……!」
彼女の瞳から、再び涙が零れた。けれど、その声は鋼のように揺るがなかった。
「私は世界最強だ。その私が断言する……! この子たちを、怯えて殺そうとし続ける限り、同じ悲劇は、何度でも繰り返される……! ——けれど、もしお前たちが、この子たちを一人の子供として守り、傷を癒やし本当の意味で受け止めるなら……!
その時初めて。この終わりなき地獄は終わるんだ……!」
彼女はシュンカとミカを振り返った。抱きしめ合う二人の子供を。
「だから世界よ。今度こそ、間違えるな……! この子たちを化け物にしたのは、
私たちだ。ならこの子たちを救えるのも——私たち、なんだ……!」
世界最強のヒーローの言葉が崩れた街に、報道の電波に乗って世界中へと広がっていく。
力では為し得なかった救済。それをたった一つの愛が、証明した。今世界最強のヒーローが、その証明を胸に世界に向けて問いかけていた。
幼い悪をどう扱うのか。滅ぼすのか。それとも——救うのか、と。
シュンカはミカを抱きしめたまま、その言葉をじっと聞いていた。
生まれて初めて。世界が自分たちを"救うべき子供"として語る声を。
破壊の衝動が去りシュンカの瞳からは、あの凍てついた無も燃え盛る怒りも、消えていた。残されたのは、ただひどく疲れた、十一歳の子供の横顔だった。
彼はミカを抱いたまま、崩れた街をぼんやりと見つめていた。そしてぽつりと呟いた。誰に言うでもなく。けれど確かに声にして。
「……僕たちが」
彼の声は、掠れていた。
「僕たちが、もっと早くあなたたちみたいな人に出会えていたら。
——こんなことには、ならなかったのかもしれない」
それは、怒りでも恨みでもなかった。
「孤児院で僕とミカが、誰にも見てもらえなかった頃。利用されることしか、
知らなかった頃。——あの時あなたたちが来てくれていたら。僕たちを"化け物"じゃなくて、ただの子供だって、見てくれる人がいてくれたら……」
彼は、ミカの髪に頬を寄せた。
「ミカもあんなに苦しまなくて、済んだのかもしれない。僕も、世界なんて壊さなくて済んだのかもしれない。——こんなに、たくさんの人を泣かせなくて済んだの、かもしれない」
それはただ、一人の子供の、あまりにもささやかで、あまりにも哀しい"もしも"だった。誰かを責めるのではなく。ただ、叶わなかった可能性を静かに悼むような、呟き。
——その言葉を聞いた瞬間。
スターアンドストライプと、オールマイトは。深い悲しみに呑まれていった。
誰かを憎むより。誰かを責めるより。その、静かな"もしも"の方が。
何倍も重く。何倍も痛かった。
あの日差し伸べられなかった手。この子は恨むことすらしなかった。ただ静かに悼んでいた。
——その優しさが。その諦めが。世界最強のヒーローとかつての平和の象徴の胸を、容赦なく抉っていた。