夜明け編 第24話「誓い」
あの日、差し伸べられなかった手はもう届かない。
——ならば、これからの手を誓うしかない。
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オールマイトの膝が崩れそうになった。
痩せた身体が震える。落ち窪んだ目からとめどなく涙が溢れ出す。
「……ああ……」
彼は喉の奥から、声を絞り出した。
「そうだ……そうなんだ、シュンカくん……。我々がもっと早く……君たちのもとへ……」
かつての象徴は、崩れた瓦礫に手をつき嗚咽した。彼は誰よりも子供を守るべきヒーローだった。なのに、最も守られるべきだった二人の子供を、
誰も見つけてやれなかった。利用され、傷つき、世界を憎むまで追い詰められるのをただ見過ごしてしまった。
そして今、その子供は彼らを責めることすらせず、ただ「もっと早く会えていたら」と、哀しげに微笑むのだ。その優しさが、その諦めが。
何よりもオールマイトの胸を抉った。
スターアンドストライプも、再び膝を折り、顔を覆った。世界最強のヒーローの肩が震える。
「……っ。そうだねボーイ……」彼女は涙の狭間から、声を絞り出した。「もっと早く……。たったそれだけのことが……たったそれだけのことが、できていれば……っ」
彼女は考えずにはいられなかった。アメリカで。日本で。世界中で。
今この瞬間にも、誰にも見つけてもらえずに、利用され、傷ついている子供が、どれだけいるだろう、と。シュンカとミカは、たまたま途方もない力を持っていたから、世界を揺るがした。けれど、同じように救われずに消えていった、名もなき子供たちが。きっと、数えきれないほどいたのだ。
「もっと早く、か……」彼女は涙ながらに呟いた。「——その一言が、こんなにも重いなんて」
崩れた街の只中で、子供の哀しい"もしも"が、英雄たちの胸に、深く突き刺さっていた。それは彼らが背負うべき罪であり。
同時にこれから決して同じ過ちを繰り返してはならないという、重い誓いへと変わっていく。
——もっと早く。
そのたった一言が、これからの世界が決して忘れてはならない言葉として、崩れた街の空に、静かに響いていた。
子供の哀しい"もしも"は、誰にも取り戻せない。あの日差し伸べられなかった手は、もう、あの頃には届かない。
けれど——オールマイトが、涙を拭い顔を上げた。
彼は崩れた瓦礫の上を、一歩、また一歩とシュンカとミカのもとへ歩み寄った。そして、二人の前に膝を折った。痩せた身体で。けれど、その瞳にはかつての象徴の光が、戻っていた。
「シュンカくん。ミカくん」彼は静かに、けれど揺るぎなく言った。
「君たちの言う通りだ。我々がもっと早く、君たちのもとへ来ていればこんなことにはならなかった。それは、我々の一生背負うべき罪だ。償いきれない罪だ」
彼は一度、言葉を切りそして続けた。
「だが——過ぎたことは、もう変えられない。ならせめて。我々に、これからを誓わせてくれ」
彼の声が、力を帯びる。
「あの時、そばにいられなかった。だが、今私たちはここにいる。これからは、誰にも君たちを傷つけさせない。誰にも君たちを"化け物"だなんて言わせない。
——君たちを、ただの子供として、守る。今度こそ間違えない。それをここに誓う」
かつて「私が来た」と、人々を安心させた象徴。その男が今たった二人の子供のために新たな誓いを立てていた。遅すぎた。けれど本物の誓いを。
スターアンドストライプも、二人の前に歩み寄った。
「ボーイ。お嬢さん」彼女は膝を折り、二人と目線を合わせた。
「私は世界最強だ。なら、その力はこういう時のために使うべきなんだ。あんたたちを守るために。あんたたちを脅かそうとする、世界そのものからあんたたちを守るために」
彼女は、まっすぐにシュンカを見つめた。
「あんたが世界を敵に回さなきゃいけなかったのは、誰も、あんたの味方にならなかったからだ。——なら私がなる。世界中があんたを狙っても、私があんたとお嬢さんの前に立つ。だから、もう。一人で世界を敵に回さなくていいんだ」
そして、緑谷が、涙を流しながら前に出た。
「シュンカくん……! 僕はずっと、思ってたんだ。君を倒すんじゃなくて、救いたいって……! 君が本当は、優しい子だって、知ってたから……!」
彼は震える声で叫んだ。
「だから、これからは、僕もここにいる……! 君がどんなに世界を憎んでも、何度でも、君のもとへ行く……! 扉はいつだって開けて待ってる……! もう君を一人にはしない……!」
ホークスも、少し離れた場所から静かに頷いた。「……ま、仕方ない。俺も乗るしかないだろ。これからは、お前らの盾の一枚になってやるよ」
そして、彼らの傍らで僭帝の幹部たちも、その光景を見守っていた。かつての敵が、主と姫に守護を誓う。その言葉に、彼らは複雑なけれど確かな安堵を覚えていた。
——シュンカは。
ミカを抱きしめたまま、じっと彼らの言葉を聞いていた。
彼の中で、何かが揺れていた。生まれて初めてだった。世界が自分を恐れるのでも、利用するのでも殺そうとするのでもなく——「守る」と誓ってくれる声を聞いたのは。ミカ以外の誰かが、自分の味方になると言ってくれたのは。
「……信じても、いいのかな」彼は掠れた声で呟いた。警戒と、戸惑いと、
そしてほんの少しの希望が、入り混じった声で。「僕は何度も裏切られてきた。だから、簡単には信じられない。——でも」
彼はミカを見た。ミカが、涙ながらにけれど優しく頷く。
「でも、あなたたちの言葉は、なんだか、本物みたいだ」シュンカは、小さく呟いた。「だから……少しだけ、信じてみても、いいのかもしれない」
それは、世界を拒絶した王が初めて、世界に向けてほんの僅かに心の扉を開いた瞬間だった。
崩れた街の空の下で、遅すぎた、けれど確かな誓いが、交わされていた。過ぎた"もしも"を取り戻すことは、できなくても。これからの"もしも"を守り抜くという、新たな誓いが。
——もっと早く、出会えていたら。
その哀しい言葉は、今、少しずつ。「これから、そばにいる」という希望へと形を変え始めていた。
ほんの少し心の扉を開いたシュンカ。けれど彼はすぐには何も約束しなかった。代わりに、ゆっくりと視線を巡らせた。
——自分たちを守るために、崩れた街の只中まで駆けつけてくれた、僭帝の幹部たちへと。
エディ 赫飛 チェイン セイレーン 蔦漆 イズナ アル・カイド。
そして集まった仲間たち。皆が固唾を呑んで主の言葉を待っていた。
「……あのね」シュンカは、ミカを抱いたまま、静かに口を開いた。その視線は、ヒーローたちにも向けられていた。
「あなたたちがこれから僕たちを守ってくれるって言うのは嬉しい。本当だよ。少しだけ、信じてみたいって思った」
彼は一度言葉を切った。
「でもね。一つだけ、言っておきたいことがあるんだ」
彼は僭帝の幹部たちを見つめた。その瞳に柔らかな光が宿る。
「僕たちはあなたたちヒーローに救われる前に——もう救われてたんだ。
僭帝の、みんなに」
幹部たちの肩が、ぴくりと震えた。
「最初は、きっと違ったと思う」シュンカは続けた。
「AFO殺しの看板が金になるとか、利用できるとか。そういう理由で集まった人も
いたんだよね。——でもみんな。いつの間にか変わってた」
彼は、一人ずつ、見ていく。
「蔦漆は、僕とミカに勉強を教えてくれた。赫飛は子供だからって、最初から気にかけてくれた。チェインはミカが狙われると、誰よりも怒ってくれた。
セイレーンは、ずっと、ミカの傍を離れずに守ってくれた」
彼の声が、少し、震えた。
「イズナは……まあ、めんどくせぇって言いながら。結局いつも、一番動いてくれてた。アル・カイドも……いつだって僕たちの傍で戦ってくれてた」
イズナが気まずそうに視線を逸らす。けれどその口元は震えていた。
「そしてエディ」シュンカは心臓を預けた男を見た。
「お前は、僕の心臓を預かってくれた。……命を預けられるくらい。僕はお前を信じてる」
シュンカの声が、震えた。
「みんな僕たちを道具じゃなくて。守るべき子供として見てくれた。ミカが傷つけられたら、自分のことみたいに怒ってくれた。
——それって、家族だよね。僕とミカには、ずっとお互いしかいなかった。でも今は。みんながいる」
彼は、まっすぐに告げた。
「僕たちは、僭帝のみんなにも救われたんだ。だから——僕は僭帝と一緒にいたい」
——その瞬間。
幹部たちの間から、嗚咽が漏れた。
真っ先に崩れたのは意外にも蔦漆だった。冷静沈着な組織の頭脳が。子供のように、泣きじゃくっていた。
「……勿体ない、お言葉です……! 」
チェインが仏頂面を歪め拳を握りしめた。誇り高い武人の瞳から涙が零れる。
「……この身は。生涯あなたとミカ様の、ものです。どこへなりとお供します」
赫飛が、仮面の奥で声を詰まらせた。
「やれやれ……お笑いのネタにも、ならないねえ。こんなの。……泣くしか、ないだろ」
セイレーンが静かに涙を流す。「私は、あなたとミカ様を守る、一本の笛です。
それ以上の光栄は、ありません」
イズナでさえ空を見上げ、「……柄にもねえ」と呟きながらその目尻を拭っていた。
そして、エディ。かつてシュンカを兵器のように扱おうとした男が。今その少年に「命を預けられるくらい信じてる」と言われて。声もなく泣いていた。
利のために集まりいつしか、愛のために残った者たち。彼らはようやく報われた。
自分たちが捧げてきた忠義と守護が、確かに、あの二人の子供を救っていたのだと。王自身の口から、家族だと認められたのだ。
ヒーローたちは、その光景を複雑な、けれど温かな眼差しで見つめていた。
「救済」とは彼らヒーローが、子供たちを悪の組織から引き離すことだと。
彼らは、どこかで思っていた。
けれど——違ったのだ。
あの子供たちは、既にあの組織の中で家族を見つけ。救われていた。
オールマイトが、静かに微笑んだ。涙を浮かべながら。
「……そうか。君たちには、もう。守ってくれる家族がいたんだな」
彼は悟っていた。自分たちがこの子を救う、その前から。
この子は、もう救われていた。神野で重荷を背負わせたと悔いてきた。
その罪の意識すら——遅かったのだ。この子はとっくに、別の手に掬い上げられていた。
崩れた街の空の下で、王が自らの家族を選んだ。
ヒーローでもなく、世界でもなく。ただ自分たちを愛してくれた者たちの傍にいることを。
——僕たちは、僭帝のみんなにも救われた。
その言葉はたった一人と、一人だった王と姫の世界が。確かに広がった証だった。