[完結]空っぽの王様のひとつだけ   作:カルキよし

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第95話「共に生きる道」

夜明け編 第26話「共に生きる道」

 

力で奪おうとした平和は、決して手に入らなかった。

 

——それを生んだのはたった一つ。愛だった。

 

---

 

 破壊の傷跡が、まだ生々しく残る街の一角。

 

 崩れた瓦礫を片付けた、その空き地で。ヒーローたちと僭帝の面々が向かい合っていた。戦いは終わった。王は救われた。

——けれどその先に待っているものを。誰もまだ知らなかった。

 

 和やかな、けれどどこか張り詰めた空気。

かつての敵同士がこれからどう向き合うのか。その答えを探る場だった。

 

 「これからは共に。誰も君たちを傷つけさせない」

 

オールマイトがそう、口を開きかけたその時だった。

 

 「——待ってくれ」

 

 低い声がそれを遮った。

 

 エディだった。

 

 

 

 「いい話だな、感動的だよ。俺も柄にもなく泣きそうになった」

 

エディはサングラスの奥から鋭い視線を投げた。「だが——現実を見ようぜ」

 

 場の空気が、僅かに緊張する。

 

 「俺たちは僭帝だ。二十万の武力を持つ犯罪組織だ」

 

エディは、淡々と事実を並べた。

 

「国家を脅して街を壊した。総理も、大臣も、公安のトップも差し出せと要求した。……ついさっきまで。この国を丸ごと人質に取ってたんだ」

 

 彼は、ヒーローたちを見据えた。

 

 「そんな俺たちと。ヒーローのあんたたちが本当に共に生きる道なんて——あるのか? 綺麗事じゃなくてな」

 

 それは、この場の誰もが目を背けていた問いだった。

救済の感動のその先にある冷徹な現実。エディは頭が切れるからこそ。それを誤魔化さなかった。

 

 

 

 オールマイトはしばらく沈黙した。そしてゆっくりと口を開いた。

 

 「……正直に言おう。簡単な道じゃない」

 

 彼はエディをまっすぐに見返した。

 

 「世間は君たちを恐れている。政府もすぐには認めないだろう。君たちがしたことは、消えない。街を壊した罪も、脅した罪も。

——それを、なかったことにはできない」

 

 彼は、一度言葉を切った。

 

 「だが。だからと言って、また力で押さえつければ。同じことの繰り返しだ。

今日、それが証明された。——なら、別の道を探すしかない。何年もかけて。少しずつ信頼を積み上げて。世間に君たちがただの犯罪者じゃないと示していく。……気の遠くなるような道だ。だが、やる価値はある。私はそう信じてる」

 

 それは綺麗事ではなかった。困難を認めた上での。それでも諦めないという誠実な答えだった。

 

 エディは、しばしその言葉を噛みしめた。

「……ふん。青臭いな。だが——嫌いじゃない」

 

 

 

 だが。その時。

 

 別の声が、静かに割り込んだ。

 

 「……一つ、いいか」

 

 ホークスだった。彼は腕を組み、難しい顔で宙を睨んでいた。

 

 「共に生きる...理想は分かる...何年もかけて信頼を積む。それもいい。

——だが、それまでの間だ」

 

 彼は、鋭い目を一同に向けた。

 

 「公安は、まだ動くぞ」

 

 その一言に空気が凍りついた。

 

 「あいつらは、一度手を出して失敗した。面子を潰された。子供に国を脅された……あの手の連中は逆恨みするぞ、プライドで動くんだよ、信頼を積むだの

共存だの、悠長なことを言ってる間に。

——また、何か仕掛けてくるぞ。今度はもっと陰湿でもっと巧妙に」

 

 彼は、低く問うた。

 

 「その時どうやって止める? 武力でか? それじゃ、また破壊の連鎖だ。

話し合いでか? ……あの連中が聞く耳を持つと思うか」

 

 

 

 

 

 

 

 沈黙が落ちた。

 

 重い沈黙だった。

 

 誰も答えられなかった。ホークスの言う通りだった。公安がまた動いたら。

それをどう止めるのか。力で潰せば、僭帝がまた暴れる口実になる。

話し合いは、通じない。

 

——手詰まり。せっかく掴みかけた共存の光が。そのたった一つの懸念で脆く崩れそうになる。

 

 オールマイト スター 緑谷は口を噤んだ。僭帝の幹部たちも苦い顔で押し黙る。

シュンカが、微かに不安げにミカを抱く腕に力を込めた。

 

 ——また狙われるのか。ミカが。

 

 その、重い沈黙を。

 

 破ったのは。

 

 「……その心配は必要ない...」

 

 蔦漆だった。

 

 

 

 全員の視線が、僭帝の頭脳に集まった。

 

 蔦漆は顔を上げた。その表情は冷静そのものだった。まるでとっくに答えの出ている問いに、答えるかのように。

 

 「公安が再びミカ様の暗殺を企てる。……その懸念は理解できます。ですが

——それは、もはや不可能なのです。原理的に」

 

 「……不可能?」ホークスが眉を寄せた。「どういう意味だ」

 

 「ボスの個性をご存じですか」蔦漆は問うた。

「不変。あらゆる干渉を拒む、絶対の自己。……そしてもう一つ。

——寄心という力があります」

 

 彼は、淡々と説明を始めた。

 

 「ボス..いや..シュンカ様は、ご自身の予備の心臓を体外に宿すことができる。ただし どこにでもではない。——心から信頼する者の中にだけ。それが寄心です。

この心臓が一つでも無事である限り、シュンカ様は決して死なない。不変のまま在り続ける」

 

 

 

 

 「以前は」蔦漆は続けた。「その心臓はミカ様お一人に宿っていました。

シュンカ様が、心から信じられるのがミカ様だけだったからです。

 

——だからこそ。ミカ様は唯一の弱点だった。ミカ様を害せばシュンカ様も揺らぐ。

政府はそこを突こうとした」

 

 彼の声が、静かに熱を帯びる。

 

 「ですが——今は違います」

 

 彼は、僭帝の幹部たちを見回した。

 

 「シュンカ様の寄心は、今。私たち七人の幹部に、分散して宿っています。

——なぜか。シュンカ様が私たちの事を心から信頼できる家族だと、思ってくださるようになったからです」

 

 シュンカが、はっとした顔で蔦漆を見た。

 

「これが、何を意味するか。……お分かりですか」蔦漆はヒーローたちに告げた。

 

「ミカ様を殺しても。シュンカ様は死にません。他の7人の誰かに心臓が残っているからです。ならば私を殺すか。——無駄です。殺された瞬間、心臓は自動的に別の

信頼する者へと移る。エディを殺しても赫飛を殺しても。同じこと」

 

 

 

 「ではどうすれば、シュンカ様を殺せるか」

 

 蔦漆は冷徹に論理を積み上げていく。

 

 「答えは一つ。——寄心を宿す七人の幹部を。ただ一人残らず。全員同時に。

それも、シュンカ様に気づかれることなく。一瞬で殺し尽くす。それ以外に、方法はありません」

 

 彼は薄く笑った。

 

 「そして、それがどれほど非現実的か。……皆さんが、一番よくご存じでしょう。

私たち幹部は、一人ひとりが最上位級プロヒーロー複数人に匹敵する。その七人を同時に気づかれずに。——不可能ですね、天地がひっくり返っても」

 

 場が静まり返った。

 

 「もし一人でも討ち漏らせば。あるいは、一瞬でもシュンカ様に気づかれれば。

——その瞬間に決壊が起こる。今日以上の破滅が起きる...それを承知の上で、

7人同時殺害という絵空事に賭ける愚か者が。果たしているでしょうか」

 

 彼は、静かに結論づけた。

 

 「ゆえに——ミカ様の暗殺は。いえ、シュンカ様を力で害することは。

もはや原理的に不可能なのです。公安がどれだけ逆恨みで動こうと。

その手段が、この世から消滅した」

 

 

 

 

 ヒーローたちは、言葉を失っていた。

 

 

 

 完璧な論理だ、反論の余地がなかった。公安がまた何を企てようと。それはもう成立しない。ミカは——僭帝はもはや、誰にも手出しできない聖域になっていた。

 

 「……待て」ホークスが掠れた声で言った。

「じゃあお前たちは。その状況を作るために...わざと心臓を分散させたのか?暗殺を防ぐために」

 

 「いいえ」

 

 蔦漆は静かに首を振った。そして——初めて…その声に微かな震えが滲んだ。

 

 「これは、狙って作れるものではありません。寄心は心から信頼する者にしか宿らない。……策略でも、打算でも宿らないのです。本物の信頼にしか」

 

 ——かつて、それを打算で手にしようとした男がいた。

 

 オールフォーワン。シュンカを兵器として作り上げ、その命さえ掌中に収めようとした男。彼にとって、寄心もまた少年を繋ぎとめる鎖のはずだった。

力を与え恩を着せ頼らせれば。ミカ以外の自分の手駒にも宿る....そしていずれ自分にも宿るはずだと。

 

——だが宿らなかった。AFOがどれほど力を注いでも。

 

そこに本物の信頼は生まれなかったからだ。子供は見抜いていた。あの男が自分を

道具としてでしか見ていないことを。

 

 打算では掴めなかった。あの絶大な力を持つ男にすら

 

 なのに——シュンカは。ただ幹部たちを家族として、愛しただけで。

 

それをいくつも手に入れた。

 

 彼はシュンカを見た。泣きそうな目で

 

 「ミカ様が安全になったのは。私たちが暗殺を企てたからでは、ありません。

——シュンカ様が救われたから。私たちを家族だと思ってくださったから。

……愛が増えたその分だけ。ミカ様は安全になったのです」

 

 

 

 その言葉が。

 

 

 その場にいた全員の胸に、静かに落ちていった。

 

 力で奪おうとした安全は。決して手に入らなかった。

 

政府はどれだけ暗殺を企てても。国は守れなかった。むしろ事態は悪化した。

 

 だが——シュンカが救われて、幹部を愛して家族が増えた、

その瞬間に暗殺は無意味になり。ミカは誰にも手の届かない場所へと辿り着いた。

 

 力ではなかった。

 

 この鉄壁の安全を生んだのは。たった一つの愛だった。

 

 そして、それは同時に証明していた。

——僭帝を力で潰すことはできない(不変)。僭帝を暗殺することもできない(寄心の分散)。そして残された道はただ一つしかない。

 

 共に生きること。

 

 それは、感情論ではなかった。綺麗事でもなかった。

あらゆる可能性を消していった果てに残る。ただ一つの論理的な帰結だった。

 

 「……なるほど、な」エディがふっと笑った。

「共存以外に道がねえ。ってわけか..しかもそれを作ったのが力じゃなく

……愛ときた」

 

 彼は、シュンカを見て肩を竦めた。

 

 「まったく...とんでもねえオチだ」

 

 崩れた街には柔らかな風が吹いた、争う理由の消えた風が

共に生きる道の、その最初の一歩を。静かに照らしていた。

 

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