夜明け編 第27話「直す手」
壊すことしか、できなかった手が。
——今直すことを覚えた。
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決戦から幾日かが過ぎた。
新宿は、まだ傷跡だらけだった。両断された摩天楼。崩れ落ちた鉄骨。裂けたアスファルト。あの夜の破壊の爪痕が、そこかしこに生々しく残っていた。
だが——その傷跡の只中に、人々の姿があった。
瓦礫を運び鉄骨を撤去し道を均していく。数え切れないほどの人手。
それは——僭帝の、二十万だった。
かつて、この国を丸ごと人質に取った武装組織。国家戦力に匹敵する、二十万の兵。その力が今、まったく別のことに使われていた。
破壊ではなく。再建に。
シュンカの号令だった。
「僕たちが壊した。……だから僕たちが直す」
それだけの言葉だった。理屈も演説もなかった。ただ、当たり前のことのように
彼はそう言った。そして二十万は動いた。かつて破壊の道を開いた同じ手で
今度は瓦礫を退け、街を建て直していく。
エディが資材の手配を取り仕切った。蔦漆が復興の工程を緻密に組み上げた。
チェインと赫飛が力仕事の先頭に立った。イズナやアル・カイドすらぶつくさ言いながら、瓦礫を運んでいた。かつてこの街を裂いた者たちが。今汗を流して、それを直している。
それは、償いだった。
政府がミカを傷つけた罪を、これから法の下で償うように。シュンカもまた
自らの破壊の責任を、この手で果たそうとしていた。壊した者が直す。奪った者が返す。——一方が裁かれ、一方が免れるそんな歪な話ではなく。
傷つけた者は皆それぞれのやり方で償う。
そして、それは同時に。一つの証でもあった。
かつてのシュンカは、その力を破壊にしか使えなかった。世界を拒み、断ち切ることしか。——けれど今、彼はその同じ力を。直すことに使っている。守ることに使っている。
力の使い道が変わったのだ。彼の心が変わったように。
瓦礫の山の上で指示を出すシュンカをオールマイトが静かに見つめていた。
「……変わったな」彼は傍らの緑谷に呟いた。
「あの子は。もう、あの何もかもを拒んでいた子じゃない」
緑谷が頷いた。目を潤ませて。「はい。……ちゃんとこっちを向いてくれてます」
*
復興の現場には、ヒーローたちの姿もあった。
オールマイトが。緑谷が。ホークスが。エンデヴァーが。その他大勢のヒーローが
傷が癒えるのを待たずに、瓦礫の撤去に加わっていた。そして僭帝の幹部たちと肩を並べて、働いていた。
つい先日まで殺し合う寸前だった者たちが。今、同じ街を直している。
あの防衛共闘——刃の中を共にミカを守って進んだ、あの共闘が今形を変えていた。共に守るから。共に作るへと。それは共存という気の遠くなる道の、ささやかなけれど確かな第一歩だった。
「おい、そっち持て」ホークスがイズナに、声をかける。「あいよ」
イズナが鉄骨の反対側を掴む。
——かつての敵同士が当たり前のように力を合わせる。そんな光景があちこちで生まれていた。
*
そして——街には少しずつ、市民の姿も戻り始めていた。
避難していた人々が、恐る恐る自分たちの街へと帰ってくる。
そして彼らは見た。自分たちを恐怖させた、あの破壊の王とその一党が。
汗を流して、街を直している姿を。
人々の目の色が変わっていった。
「……あの子たちが、直してくれてるの?」誰かが呟いた。
「壊したのはあの子たちなのに……」別の誰かが。「でも……悪いのは、政府だったって。あの、放送で……」
やがて人々は、口々に言い始めた。かつて「化け物」と叫んだその同じ口で。
「ありがとう」「あんたたち、本当は、いい子だったんだね」「政府に、こんな目に遭わされて。可哀想に」
手のひらを返すように。恐怖は同情へ。憎悪は感謝へと。人々の心はたやすく移ろっていった。
その光景をシュンカは、瓦礫の上からぼんやりと見ていた。
傍らのミカに彼はぽつりと言った。
「……よく分かんない」
ミカが、彼を見上げる。
「あの人たちこの前まで、僕たちのことすごく怖がってた。殺せって、言ってた人も、いた。……なのに、今はありがとうって。可哀想にって」。彼は小首を傾げた。「なんで、そんなにコロコロ変わるんだろう。……よく分かんないや」
そこに怒りはなかった。軽蔑すらなかった。ただ純粋な不思議だけがあった。
世界を拒絶した王は。世間の評価の移ろいやすさを責める気にもならなかった。
そもそも、関心が湧かないのだ。
「どうでもいいんじゃない」ミカが素っ気なく言った。「あんなの」
「うん」シュンカは頷いた、あっさりと「どうでもいい。……僕にはミカとみんながいれば。それでいいから」
人々が何と言おうと。恐れようと感謝しようと。それはシュンカの世界には届かなかった。彼が求めたものは最初から、世間の承認ではなかったからだ。ただミカと。
そして家族になった僭帝の皆と。静かに生きられればそれで良かった。
だからこそ——彼は承認の移ろいに振り回されない。誰に何を言われようと。
彼の世界は、既に満たされていた。
求めなかった者は。世間の評価といううつろいやすいものの外側にいる。
褒められても貶されても揺らがない。なぜならそれを必要としていないから。
崩れた街が少しずつ、形を取り戻していく。壊した手が直していく。
その中心で王と姫は、ただ静かに寄り添っていた。世界の喧騒のずっと外側で。
直す手は確かに動いていた。壊すことしか知らなかった手が。
誰かのために何かを作ることを。ようやく覚えたのだ。