擬史風花雪月   作:鰻天ぷら

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第2章①

アビスの居住区からさらに地下深くへと続く、忘れ去られた古代の回廊。

松明の光すら届かない真の暗闇の中を、一行はアルファルドの先導で進んでいた。

 

「……気をつけて進むんだ。この先は、教団の記録にすら残っていない旧時代の施設。何が眠っているか、私にも分からない」

 

アルファルドの法衣が擦れる音だけが、不気味なほど規則正しく石壁に反響している。

ツィリルは最後尾を歩きながら、その足音の『軽さ』から一切の警戒を解いていなかった。未知の危険地帯を歩く人間の足運びではない。まるで、あらかじめ安全なルートを知り尽くしているような、淀みのない歩み。

 

(……やっぱり、おかしい)

 

ツィリルは無意識に、前を歩くメルセデスの背中を庇うように立ち位置を微調整し続けていた。

一方のメルセデスは、暗闇の恐怖よりも、背後から自分にピタリと寄り添い、確かな熱を放ち続けている少年の存在感に、胸の奥を甘く焦がし続けていた。

 

「おい、あれを見な」

 

先頭を歩いていたカトリーヌが、足を止めて顎でしゃくった。

回廊の突き当たり。そこにそびえ立っていたのは、壁面と一体化した巨大な青銅の扉だった。扉の表面には、セイロスの紋章とは異なる、禍々しい古代の呪術文字がびっしりと刻み込まれている。

 

「……ここだ。『宝杯』は、この扉の奥に封じられている」

 

アルファルドが進み出て、どこから取り出したのか、奇妙な形状をした石の鍵を扉のくぼみへと嵌め込んだ。

ゴゴゴゴゴ……という重低音とともに、数百年の埃を撒き散らしながら青銅の扉が重々しく開いていく。

 

「ゲッ……カビ臭ぇ。本当にこんなところに教団のお宝があるのかよ?」

 

バルタザールが鼻をつまむ。

 

その直後、アルファルドはふと足を止め、ひどく不安げに眉をひそめた。

 

「……どうやら、すでに招かれざる客が入り込んでいる気配がする。申し訳ないが、戦う力のない私は足手まといになる。ここで待たせてもらえないだろうか」

「構わないよ。アンタはそこで大人しくしてな」

 

カトリーヌが雷霆を抜き、シャミアが矢をつがえる。

ツィリルは、暗闇に佇むアルファルドを冷たい一瞥だけでやり過ごし、メルセデスの背中を護るようにして扉の奥へと踏み込んだ。

 

扉の奥は、ドーム状の広大な祭壇になっていた。

その中央。かすかに青白く発光する台座の上に、禍々しい装飾が施された古い杯――『宝杯』が静かに安置されていた。

 

「あれが……。よし、アタシが取ってくる」

 

カトリーヌが警戒しながら台座に近づき、宝杯を手に取った。

その瞬間だった。

 

ズズンッ……!!

 

祭壇全体が、巨大な地震に見舞われたかのように激しく揺れた。

 

「ひゃっ!?」

 

バランスを崩したメルセデスが倒れそうになるのを、ツィリルが素早く腰を抱いて支える。

 

「……上だ!!」

 

シャミアの鋭い声が飛ぶと同時。

ドームの暗い天井から、巨大な質量の塊が四つ、凄まじい轟音とともに石畳へと落下してきた。

 

「な、なんだいこりゃあ!?」

 

舞い上がる土煙の中から姿を現したのは、人間ではない。

全身を分厚い岩の装甲と、青白い魔力のラインで覆われた、全高三メートルを超える古代の自律型兵器――『ゴーレム』たちだった。宝杯が台座から外されたことで、教団の防衛装置が作動したのだ。

 

ゴーレムの頭部の赤い結晶が不気味に明滅し、機械的な駆動音とともにその巨大な腕が振り上げられる。

 

「教団の遺物の防衛装置ってわけかい! 上等だよ、まとめてスクラップにしてやる!」

 

カトリーヌが雷霆を抜き放ち、一直線にゴーレムの懐へと飛び込んだ。

眩い雷光とともに放たれた全力の一撃。しかし――

 

ガギィィィィンッ!!

 

「なっ……!?」

 

英雄の遺産の一撃をまともに受けたにも関わらず、ゴーレムの石の表面には浅い亀裂が入っただけで、その巨体は微動だにしなかった。

逆に、振り下ろされた丸太のような腕がカトリーヌを薙ぎ払う。

 

「チッ!」

 

カトリーヌは間一髪で後ろへ飛んで躱すが、その風圧だけで彼女の頬から血が飛んだ。

 

「オーッホッホッホ! 物理が通じないのなら、わたくしの出番ですわね!!」

 

後方から、コンスタンツェが高らかに笑い声を上げた。

彼女の視線の先には、自分を庇うようにして立つツィリルと、その腕の中に抱かれているメルセデスの姿がある。

 

(お姉様に、わたくしの真の力を見せつけてやりますわ……! そして、あの小賢しいガキからお姉様を……!)

 

強烈な劣等感と功名心に突き動かされ、コンスタンツェは陣形を無視して前に飛び出した。

彼女の両手に、極大の魔力が収束していく。

 

「消え去りなさい! ヌーヴェルの秘術の前にーー『サンダーストーム』!!」

 

圧縮された雷の嵐が、一体のゴーレムを完全に飲み込んだ。

凄まじい閃光と爆音。コンスタンツェは勝利を確信し、ふんぞり返る。

 

しかし。

 

「……え?」

 

煙を突き破り、無傷のゴーレムがゆっくりと歩みを出した。

表面の青白い魔力ラインが、コンスタンツェの魔法を完全に中和(無効化)していたのだ。古代の防衛兵器は、高度な魔法障壁すら標準装備していた。

 

「な……うそ、わたくしの魔法が……っ!?」

 

驚愕で足がすくむコンスタンツェの頭上に、ゴーレムの巨大な石の拳が、無慈悲に振り下ろされる。

 

「コンスタンツェ!!」

 

メルセデスが悲鳴を上げ、自らの危険も顧みず前へ飛び出そうとした。

 

それより一瞬早く。ツィリルが神速でコンスタンツェの元へと駆け抜けていた。

 

「ツィリルくん!?」

 

ゴーレムの拳が直撃する数ミリ手前。

ツィリルはコンスタンツェの華奢な身体に横から激しく体当たりし、そのまま強引に泥の地面へと押し倒した。そして自身は沈み込んだ体勢のままシャミアの弓を引き絞り、ゴーレムの関節の隙間――唯一魔法障壁が薄い駆動部へ、至近距離から矢を叩き込んだ。

 

ガキィンッ!!

火花が散り、ゴーレムの挙動が一瞬だけ狂う。その隙に、エミールの剣がもう片方の脚の関節部を正確に抉り、巨体のバランスを崩させた。

 

「……っ、痛っ! な、なにをするんですの野蛮人!!」

 

地面に組み敷かれたコンスタンツェが、土埃に塗れながらツィリルを睨みつける。

 

「……死ぬよ。そんなとこにいたらメーチェも、あなたも。だから、ボクの後ろに隠れてて」

「……っ」

 

不器用ながらも必死で温かい少年の真っ直ぐな瞳に見つめられ、コンスタンツェは想定外の反応に言葉を失った。

 

「ツィリルくん、ありがとう……っ」

 

メルセデスが安堵の声を漏らすが、状況は最悪だった。

 

「……キリがねぇぞ! 倒しても倒しても、奥から沸いてきやがる!」

 

バルタザールがガントレットでゴーレムの腕を粉砕するが、ドームの奥の暗がりから、五体、六体と新たなゴーレムが起動音を響かせて這い出してくる。

圧倒的な物量と、絶望的な堅牢さ。

 

「まずい! ここは崩れるぞ! 宝杯を持って撤退だ!! アルファルドの待つ扉まで走れ!」

 

シャミアが怒鳴る。

ツィリルはメルセデスの手を強く握り、出口の回廊へと走り出す。

 

無尽蔵に湧き出る石の化物たち。崩れ落ちる天井。

命からがら、一行はアルファルドを待たせていたはずの青銅の扉の外へと転がり込んだ。

 

「はぁっ……はぁっ……! アルファルド様、扉を閉めて……!」

 

ユーリスが叫ぶ。

しかし、暗闇の回廊に、その返事はなかった。

 

「……いない」

 

ツィリルが低い声で呟く。

扉の前に、アルファルドの姿はない。代わりに、彼の純白の法衣の切れ端が乱暴に引きちぎられ、床には賊と争ったような無数の乱れた足跡だけが残されていた。

 

「誘拐されたか……ッ!」

 

シャミアが舌打ちをする。

 

(嘘だ)

 

ゴーレムの地鳴りが迫る中、ツィリルだけは、その争いの痕跡すら『腐った演劇の小道具』であることを本能で嗅ぎ取っていた。

だが、それを証明する暇はない。

 

血と泥に塗れたまま、一行は宝杯と「誘拐された枢機卿」という最悪の爆弾を抱え、絶望的な撤退戦へと雪崩れ込んでいくのだった。

 

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