青白い魔道回路が金属の壁面を這い回る、アガルタの地下都市『シャンバラ』。
ツィリルたちが中央区画への防衛線を粉砕しているその裏側。シャンバラを東西に分かつ二つの巨大な動力ブロックにおいて、死の熱気を帯びた二つの死闘が繰り広げられていた。
東の区画。
重厚な金属の床が、凄まじい衝撃によってクレーターのように陥没した。
「……ルゥゥゥゥッ!!」
獣のような濁った咆哮と共に、赤黒い瘴気を纏った巨漢が宙を跳んだ。
その手に握られた異形の魔道武器が、ディミトリの頭上から脳天を真っ二つに割らんと振り下ろされる。それは、理性を失い、ただ目の前の動くものを破壊するためだけに駆動する死体――かつての十傑の一人、英雄『ブレーダッド』の亡霊であった。
ガギィィィィィンッ!!
「……っ!」
ディミトリは自らの長槍を真横に構え、その常軌を逸した一撃を正面から受け止めた。
金属と金属が噛み合い、鼓膜を破るような轟音と白黄色の火花が散る。強烈な衝撃波がディミトリの腕を伝い、全身の骨が軋む音を立てた。彼のブーツの底が金属の床を滑り、火花を引きずりながら後退する。
ディミトリは奥歯を強く噛み締め、至近距離から亡霊の白濁した眼窩を見据えた。亡霊の分厚い皮膚の下で異常に隆起した筋肉が蠢き、ただ力任せに槍をへし折ろうと圧力をかけ続けている。
「退け、猪!」
ディミトリの背後から鋭い声が飛ぶ。
フェリクスが床を蹴り、ディミトリの横をすり抜けるようにしてブレーダッドの亡霊の懐へと跳躍した。彼の神速の剣撃が、亡霊の巨大な首筋を狙って閃く。
だが、その切っ先が肉に触れる直前。
ガァンッ!!
横から滑り込んできたもう一体の機敏な影が、フェリクスの刃を重厚な丸盾で弾き返した。
フェリクスは剣の軌道を強引に捻じ曲げて体勢を立て直し、後方へと着地する。
彼と対峙して立っていたのは、十傑『フラルダリウス』の亡霊だった。その手には『アイギスの盾』の模造品が握られており、フェリクスのあらゆる剣撃の軌道を読み切ったかのように、完璧な防御体勢をとっている。
「チッ……盾の扱いは厄介極まりないな」
フェリクスが舌打ちをし、剣の構えを低くする。
「フェリクス。すまない」
「口を動かす暇があるなら、目の前の相手をどうにかしろ」
背中合わせに立つフェリクスの冷たい声に、ディミトリは僅かに息を吐いた。
ディミトリの残された左目が、再び咆哮を上げて突っ込んでくるブレーダッドの亡霊の挙動を冷静に捉える。
亡霊の槍が、ディミトリの胴体を両断しようと横薙ぎに振るわれる。
ディミトリはその一撃を力で受け止めることなく、わずかに上体を反らして刃の軌道を躱した。刃が空を切り、亡霊の巨体がその勢いのまま前傾姿勢になる。
ディミトリは、がら空きになった亡霊の懐へと滑り込むように踏み込んだ。
彼の筋肉が限界まで収縮し、長槍の柄を握る革手袋が激しく軋む。
「グァァァァァッ!?」
ディミトリの全身の捻りを乗せた、正確無比な刺突。
長槍の刃が、ブレーダッドの亡霊の胸部を構成する魔道コアを、寸分の狂いもなく貫いた。
バキィッ! という硬質な破断音が響く。赤黒い瘴気が激しく吹き出し、先祖の残骸が活動を停止して金属の床に崩れ落ちた。
「なら、俺も負けてはいられないな」
その光景を横目で見取ったフェリクスが、獰猛な笑みを浮かべる。
フラルダリウスの亡霊が盾の裏から剣を突き出してくる。フェリクスはその剣身を自らの刃で滑らせるように受け流し、亡霊の腕の外側、盾の完全な死角へと身体を潜り込ませた。
「そんな盾に頼りきった剣で、俺を斬れると思うな」
フェリクスの刃が下から上へと閃き、フラルダリウスの亡霊の首を斬り飛ばした。
重い金属音を立てて、亡霊が床に倒れ伏す。
「終わったな」
「ふん。あんな亡霊より、お前の馬鹿力を相手にする方がよっぽど骨が折れる」
剣の血振るいをして鞘に収めるフェリクスに対し、ディミトリは静かに頷き、長槍を下ろした。
ファーガスの若き王と剣鬼は、青白い魔道回路の光の中で、無言のまま次の戦場へと歩みを進めた。
***
西の防衛区画。
激しい爆発音と、空気を引き裂くような高周波の音が乱れ飛んでいた。
シュンッ! シュンッ! シュンッ!
光の矢が三連続で飛来し、クロードの黄色の外套の裾をかすめて背後の金属壁に突き刺さった。壁面が溶解し、青白い火花が散る。
クロードが前転で身をかわし、床を蹴って再び跳躍する。
彼が対峙しているのは、弓の英雄『リーガン』の亡霊。距離を詰めることすら許さない圧倒的な連射速度で、アガルタの光弓を番え続けている。
「ローレンツ! そっちの魔法、どうにかしてくれ!」
クロードが空中で体勢を捻りながら叫ぶ。
通路の反対側では、ローレンツが紫色の髪を振り乱しながら、迫り来る灼熱の火球を魔法の盾で弾き返していた。
彼に魔法の雨を降らせているのは、杖を持った英雄『グロスタール』の亡霊。底なしの魔力で、絶え間なく広範囲の破壊魔法を展開し続けている。
「言われるまでもない!」
ローレンツは杖を構え、火球の雨の隙間を縫うようにして迎撃の魔法を放つ。
火球と氷槍が空中で激突し、大量の水蒸気が通路を満たした。
「気にするなよ、ローレンツ。あんなのはただの骨の寄せ集めだ。偉大なご先祖様を相手に、攻撃を躊躇ってるのか?」
クロードが、水蒸気の幕を利用してリーガンの亡霊の死角へと回り込みながら笑いかける。
「愚問だな! 僕を誰だと思っている!」
ローレンツは、飛来する火球の熱風を顔に受けながらも、杖を握る手に力を込めた。
「我々が為すべきは、このフォドラに生きる民を未来へと導くこと! 亡霊など、この僕が塵に還して差し上げよう!!」
「ははっ、いい事言うねぇ!」
クロードが、空中で弓を引き絞る。
「フォドラの新しい盤面は、俺たちがもらうぜ!!」
クロードの放った矢が、放物線を描いてグロスタールの亡霊の足元に着弾した。
矢の先端に仕込まれていた特殊な粉塵が炸裂し、強烈な閃光と煙が空間を埋め尽くす。
強烈な光に、魔法の詠唱を続けていた亡霊の動きが一瞬だけ停止した。
「今だ、ローレンツ!!」
「誇り高き炎よ、灰に帰せッ!!」
ローレンツの杖から放たれた極大の炎の魔法が、目眩ましを受けて無防備になったグロスタールの亡霊を完全に飲み込んだ。魔道コアが爆発し、熱風が通路を吹き抜ける。
同時に、クロードが着地と同時に放った三連矢が、リーガンの亡霊の頭部、胸部、そして弓を握る腕を正確に射抜いた。
バラバラと金属の崩れる音を立てて、二体の亡霊が残骸となって床に散らばる。
「ふう……。どうやら、これで少しは静かになったみたいだね」
「当然の帰結だ」
クロードが弓を下ろし、ローレンツが乱れた襟元を正す。
彼らは倒れ伏した亡霊の残骸を一瞥することなく、合流地点へと向けて駆け出した。
***
東の区画で、ディミトリとフェリクスが亡霊を沈黙させ。
西の区画で、クロードとローレンツが防衛線を突破する。
そして中央の通路では、ツィリルとヒルダたちがタイタニスの残骸を乗り越えていた。
フォドラの歴史の裏側で暗躍し続けてきたアガルタの防衛網は、三国の若者たちの局地戦の連続によって、完全に瓦解した。
すべての障害が取り除かれた、シャンバラの最深部。
いよいよ、すべての因縁の元凶であるタレス、そして復活を果たした解放王ネメシスが待ち構える、巨大なドーム状の空間へと。
ベレト、シェズ、そしてエーデルガルトが、同時にその足を踏み入れようとしていた。