擬史風花雪月   作:鰻天ぷら

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第二十九章④

青白い魔道回路が金属の壁面を這い回る、アガルタの地下都市『シャンバラ』。

ツィリルたちが中央区画への防衛線を粉砕しているその裏側。シャンバラを東西に分かつ二つの巨大な動力ブロックにおいて、死の熱気を帯びた二つの死闘が繰り広げられていた。

 

東の区画。

重厚な金属の床が、凄まじい衝撃によってクレーターのように陥没した。

 

「……ルゥゥゥゥッ!!」

 

獣のような濁った咆哮と共に、赤黒い瘴気を纏った巨漢が宙を跳んだ。

その手に握られた異形の魔道武器が、ディミトリの頭上から脳天を真っ二つに割らんと振り下ろされる。それは、理性を失い、ただ目の前の動くものを破壊するためだけに駆動する死体――かつての十傑の一人、英雄『ブレーダッド』の亡霊であった。

 

ガギィィィィィンッ!!

 

「……っ!」

 

ディミトリは自らの長槍を真横に構え、その常軌を逸した一撃を正面から受け止めた。

金属と金属が噛み合い、鼓膜を破るような轟音と白黄色の火花が散る。強烈な衝撃波がディミトリの腕を伝い、全身の骨が軋む音を立てた。彼のブーツの底が金属の床を滑り、火花を引きずりながら後退する。

ディミトリは奥歯を強く噛み締め、至近距離から亡霊の白濁した眼窩を見据えた。亡霊の分厚い皮膚の下で異常に隆起した筋肉が蠢き、ただ力任せに槍をへし折ろうと圧力をかけ続けている。

 

「退け、猪!」

 

ディミトリの背後から鋭い声が飛ぶ。

フェリクスが床を蹴り、ディミトリの横をすり抜けるようにしてブレーダッドの亡霊の懐へと跳躍した。彼の神速の剣撃が、亡霊の巨大な首筋を狙って閃く。

だが、その切っ先が肉に触れる直前。

 

ガァンッ!!

 

横から滑り込んできたもう一体の機敏な影が、フェリクスの刃を重厚な丸盾で弾き返した。

フェリクスは剣の軌道を強引に捻じ曲げて体勢を立て直し、後方へと着地する。

彼と対峙して立っていたのは、十傑『フラルダリウス』の亡霊だった。その手には『アイギスの盾』の模造品が握られており、フェリクスのあらゆる剣撃の軌道を読み切ったかのように、完璧な防御体勢をとっている。

 

「チッ……盾の扱いは厄介極まりないな」

 

フェリクスが舌打ちをし、剣の構えを低くする。

 

「フェリクス。すまない」

「口を動かす暇があるなら、目の前の相手をどうにかしろ」

 

背中合わせに立つフェリクスの冷たい声に、ディミトリは僅かに息を吐いた。

ディミトリの残された左目が、再び咆哮を上げて突っ込んでくるブレーダッドの亡霊の挙動を冷静に捉える。

亡霊の槍が、ディミトリの胴体を両断しようと横薙ぎに振るわれる。

ディミトリはその一撃を力で受け止めることなく、わずかに上体を反らして刃の軌道を躱した。刃が空を切り、亡霊の巨体がその勢いのまま前傾姿勢になる。

 

ディミトリは、がら空きになった亡霊の懐へと滑り込むように踏み込んだ。

彼の筋肉が限界まで収縮し、長槍の柄を握る革手袋が激しく軋む。

 

「グァァァァァッ!?」

 

ディミトリの全身の捻りを乗せた、正確無比な刺突。

長槍の刃が、ブレーダッドの亡霊の胸部を構成する魔道コアを、寸分の狂いもなく貫いた。

バキィッ! という硬質な破断音が響く。赤黒い瘴気が激しく吹き出し、先祖の残骸が活動を停止して金属の床に崩れ落ちた。

 

「なら、俺も負けてはいられないな」

 

その光景を横目で見取ったフェリクスが、獰猛な笑みを浮かべる。

フラルダリウスの亡霊が盾の裏から剣を突き出してくる。フェリクスはその剣身を自らの刃で滑らせるように受け流し、亡霊の腕の外側、盾の完全な死角へと身体を潜り込ませた。

 

「そんな盾に頼りきった剣で、俺を斬れると思うな」

 

フェリクスの刃が下から上へと閃き、フラルダリウスの亡霊の首を斬り飛ばした。

重い金属音を立てて、亡霊が床に倒れ伏す。

 

「終わったな」

「ふん。あんな亡霊より、お前の馬鹿力を相手にする方がよっぽど骨が折れる」

 

剣の血振るいをして鞘に収めるフェリクスに対し、ディミトリは静かに頷き、長槍を下ろした。

ファーガスの若き王と剣鬼は、青白い魔道回路の光の中で、無言のまま次の戦場へと歩みを進めた。

 

***

 

西の防衛区画。

激しい爆発音と、空気を引き裂くような高周波の音が乱れ飛んでいた。

 

シュンッ! シュンッ! シュンッ!

 

光の矢が三連続で飛来し、クロードの黄色の外套の裾をかすめて背後の金属壁に突き刺さった。壁面が溶解し、青白い火花が散る。

クロードが前転で身をかわし、床を蹴って再び跳躍する。

彼が対峙しているのは、弓の英雄『リーガン』の亡霊。距離を詰めることすら許さない圧倒的な連射速度で、アガルタの光弓を番え続けている。

 

「ローレンツ! そっちの魔法、どうにかしてくれ!」

 

クロードが空中で体勢を捻りながら叫ぶ。

通路の反対側では、ローレンツが紫色の髪を振り乱しながら、迫り来る灼熱の火球を魔法の盾で弾き返していた。

彼に魔法の雨を降らせているのは、杖を持った英雄『グロスタール』の亡霊。底なしの魔力で、絶え間なく広範囲の破壊魔法を展開し続けている。

 

「言われるまでもない!」

 

ローレンツは杖を構え、火球の雨の隙間を縫うようにして迎撃の魔法を放つ。

火球と氷槍が空中で激突し、大量の水蒸気が通路を満たした。

 

「気にするなよ、ローレンツ。あんなのはただの骨の寄せ集めだ。偉大なご先祖様を相手に、攻撃を躊躇ってるのか?」

 

クロードが、水蒸気の幕を利用してリーガンの亡霊の死角へと回り込みながら笑いかける。

 

「愚問だな! 僕を誰だと思っている!」

 

ローレンツは、飛来する火球の熱風を顔に受けながらも、杖を握る手に力を込めた。

 

「我々が為すべきは、このフォドラに生きる民を未来へと導くこと! 亡霊など、この僕が塵に還して差し上げよう!!」

「ははっ、いい事言うねぇ!」

 

クロードが、空中で弓を引き絞る。

 

「フォドラの新しい盤面は、俺たちがもらうぜ!!」

 

クロードの放った矢が、放物線を描いてグロスタールの亡霊の足元に着弾した。

矢の先端に仕込まれていた特殊な粉塵が炸裂し、強烈な閃光と煙が空間を埋め尽くす。

強烈な光に、魔法の詠唱を続けていた亡霊の動きが一瞬だけ停止した。

 

「今だ、ローレンツ!!」

「誇り高き炎よ、灰に帰せッ!!」

 

ローレンツの杖から放たれた極大の炎の魔法が、目眩ましを受けて無防備になったグロスタールの亡霊を完全に飲み込んだ。魔道コアが爆発し、熱風が通路を吹き抜ける。

同時に、クロードが着地と同時に放った三連矢が、リーガンの亡霊の頭部、胸部、そして弓を握る腕を正確に射抜いた。

 

バラバラと金属の崩れる音を立てて、二体の亡霊が残骸となって床に散らばる。

 

「ふう……。どうやら、これで少しは静かになったみたいだね」

「当然の帰結だ」

 

クロードが弓を下ろし、ローレンツが乱れた襟元を正す。

彼らは倒れ伏した亡霊の残骸を一瞥することなく、合流地点へと向けて駆け出した。

 

***

 

東の区画で、ディミトリとフェリクスが亡霊を沈黙させ。

西の区画で、クロードとローレンツが防衛線を突破する。

そして中央の通路では、ツィリルとヒルダたちがタイタニスの残骸を乗り越えていた。

 

フォドラの歴史の裏側で暗躍し続けてきたアガルタの防衛網は、三国の若者たちの局地戦の連続によって、完全に瓦解した。

すべての障害が取り除かれた、シャンバラの最深部。

いよいよ、すべての因縁の元凶であるタレス、そして復活を果たした解放王ネメシスが待ち構える、巨大なドーム状の空間へと。

ベレト、シェズ、そしてエーデルガルトが、同時にその足を踏み入れようとしていた。

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