「うひゃああああああああっ!?」
すぐ隣で爆風が巻き起こり、ひとりの少女が悲鳴をあげながら吹き飛ばされた。
年の頃は十代半ば。着ているのは赤茶色の軍服。この国では一般的な栗色の髪を、この国では珍しく長めに伸ばしている。
そんな自慢の髪を、黒ずんだ地面の上をゴロゴロと転がってさんざんに汚した後、ようやく身を起こすと、まだあどけなさの残る顔立ちに、ついさっきまで連携を取り合っていた仲間の血と肉片が降りかかった。
「――っ!!」
自分ひとりではこの場を支えきれないと判断した少女は、乱暴に顔を腕で拭い、脱兎の如くその場から逃げ出した。先ほどまで少女がいた場所に再び砲弾が突き刺さり、爆炎が髪を撫でる。続けて幾発もの銃弾が体を掠めていった。
「あああああああああああっ!!」
少女は小柄な体躯には不釣り合いなライフル銃を両手に抱え、悲鳴をあげながら走り続けた。逃げているのに大声をあげるのは悪手ではあったが、今の彼女にそこまで冷静に判断できる余裕はない。声をあげていなければ、恐怖で気を失ってしまいそうだった。
この国の名は『ボルクア』
日本のすぐ隣にある島国で、そこに住む人種もアジア系がほとんど。しかしかの国とは違い平和とは無縁で、今も東西に分かれ、10年以上も紛争が続いていた。
少女は西軍の一兵士で、東西を隔てる境界線付近の基地に配属されていたが、東軍の奇襲を受け基地と彼女の所属していた部隊は壊滅。
こうして絶望的な撤退戦を繰り広げているところであった。
銃声や爆音が少し遠ざかってきたところで、少女は同じ赤茶色の軍服を纏った少年が倒れているのを見つけた。
「大丈夫? まだ生きてる?」
少女は少年を助け起こそうとして――少年の右腕が肘のあたりから千切れて無くなっていることに気が付いた。
「……サラか?」
少年から荒い息と弱々しい声が漏れた。
「放って、おいてくれ。僕ぁ、もう、駄目だ……」
サラと呼ばれた少女は、それを無視して少年の止血を始める。
「僕のことは、いいから……君まで、やられる……」
「うっさい。怪我人は黙ってろ」
なおも呻く少年を低い声音で黙らせ、少女は手当を終えると、少年を肩に担いだ。男性を武器ごと運べるほど腕力に自信は無いので、銃はその場に放棄する。この状況で敵に見つかったら、武器があろうとなかろうと、もう結末は変わらないだろう。
「あ……なんだかいい香りがする」
「人の匂いを嗅ぐなああああっ!」
髪に顔をうずめた少年が呟き、サラが悲鳴をあげる。
少年を放り捨てたい衝動に駆られながらも、むしろしっかりと担ぎ直し、サラはふらつく足取りで歩きだした。
だが1分も歩かないうちに「止まれ!」と鋭く声をかけられ、サラの心臓が大きく跳ねる。
「そこの娘。その男を下ろして、手を挙げろ」
言われるがまま、少年を地面に横たえ、両手を挙げる。次の瞬間、瓦礫の陰から灰色の迷彩服姿の男ふたりが姿を現し、ひとりは乱暴にサラを組み伏せ、もうひとりは無線で連絡を取り始めると、さらに5人の兵隊が駆けつけてきた。
「生き残りです」
髪を掴まれたサラは、顔だけを上に起こされ、隊長格と思しき精悍な顔立ちをした黒髪の青年と目があった。この場にいる中では年長に見えるが、それでもまだ若い。
「あなたが隊長さん? 彼だけは見逃してくれないかな。利き腕を失っているから、もう戦場には出られない」
サラは視線を少年と隊長へと交互に動かし、交渉を試みた。
「ハッ! そいつはなんだ? お前の
小指を立てて兵士達が嘲笑うが、隊長は腕の一振りだけでそれを止めた。統制が取れている。あわよくば捕虜として丁重に扱ってもらえるかも知れない。
「残念だが、捕虜を匿う余裕は無くてな」
そんなサラの希望を先読みしたかのように隊長が冷淡に告げ、再び手振りで合図を送ると、彼の背後からくすんだ金髪の少年が姿を現した。自分よりさらに若い。その緊張した面持ちから、新兵と言ったところか。
隊長は新兵に自らが携えていた銃剣を手渡した。
(ああ、そうか……)
サラは自らの運命を悟った。
自分はこの新兵に殺されるのだ。
はじめての人殺し。その経験を積ませるために。
3年前、自分も同じことをした。
自分と同じ年頃の少女の首筋をナイフで掻っ切った感触は、今も烙印の如く手に焼き付いている。
(因果応報ってやつだね。ま、苦しまずに死ねそうなだけマシかなぁ……)
震える手で銃剣を握る新兵の手元が狂わなければの話だが。
サラは限界まで顔を上に向けさせられ、銃剣の鋭い切っ先が、細い首筋へとゆっくり近づいてくる。
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああっ!!!」
――その瞬間、遥か上空から女の声が落ちてきた。
誰もが咄嗟に上を向くが、強制的に上を向かされていたサラには、それがとてもよく見えた。
彗星のように上空を駆け抜けていくヘリから米粒ほどの何かが投下され、それは見る見るうちに人であることが認識できるほど大きくなり、やがて明らかに遅れたタイミングでパラシュートを開くと、落下の勢いをほとんど殺しきれず、まるで墜落するようにサラと新兵の間へと着地した。
もうもうと土煙が立ち込める中、片膝をついていた小柄な体躯の女がゆっくりと立ちあがる。足が折れるどころか、手足がばらばらに吹き飛んでもおかしくない衝撃が彼女を襲ったはずなのだが。
「何者だ!?」
隊長の青年が誰何の声をあげ、残る東軍の兵士が一斉に銃を女へと向ける。
短めの白い髪をした女は手にしていた金属製のトランクケースを地面に下ろし、両手を挙げ、にへらと笑った。
「撃たないでくださいね。この国にはボランティアで来ました」
両手を挙げたまま、ぺこりと一礼。
「あたしは
「物資の配給にでも来たか? なら場所を間違えたな。ここは戦場だ。貴女のような不審者を見逃すわけにはいかない」
隊長が片手を挙げた。それの振り下ろされる瞬間が、フランと名乗る女の最期となるだろう。
「おおっと! ボランティアと言っても、某国から直々に依頼を受けて来ていますからね! 私を殺しちゃうと国際問題ですよぉ?」
言いながらフランがぴょんぴょんと跳ねる。その胸元でそれっぽいバッジがきらきらと光った。
様々な事情でいがみ合っている西軍と東軍ではあったが、共通の野望がひとつだけあった。それは戦争に勝った後、国の実権は自らの手で握りたいということである。よって、他国の干渉を極端に嫌った(故にパワーバランスが拮抗してしまい、泥沼の争いが続いているのだが)。派遣されたボランティアを殺してしまい、それを口実に他国から介入されるのは最悪のケースであり、部隊長ごときの首で責任を取り切れるほどのものではない。
「ね、だから早くその物騒な物を下ろしてくださいよ」
「……銃を下ろせ」
隊長が苦虫を嚙み潰したような表情で指示を出し、その部下達も納得しかねているのか、緩慢な動作で銃を下ろす。
「ふー、これでようやく落ち着いて話せますね」
誰かひとりでもイラッときて命令を無視すれば彼女はそれまでなのだが、そんなこと知ったこっちゃないとばかりに呑気に柔軟体操をしている。
「あとひとつ訂正させていただきます。私は配給に来たのではありません。この国で起こっている紛争の調停に来ました」
「調停だと?」
「はい! そこで提案です。これからは殺し合いではなく、カードゲームで戦うのはいかがでしょう?」
「……カードゲーム?」
「ヴァンガード。先導者という意味のカードゲームです」
「ゲームの名前を聞いたのではなくてだな……。そんなものは夢物語だ。ゲームが戦いの代わりになるのなら、そも戦争など起きるものか」
「そうでしょうか? それは誰か試してみたんですか? 違いますよね。だったらまずは私達で試してみましょうよ。意外と面白いかも知れませんよ」
「…………」
隊長は絶句した。呆れてものも言えなくなっただけかも知れないが。
「代表者をひとり選んでください。西軍は……そちらの女の子しか残っていませんね」
そう言ってフランは髪を掴まれていたサラを目にも留まらぬ早業で助け出し、傍らに立たせた。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「……サラ」
「サラちゃん! いいお名前ですね!」
こうしてサラはようやくフランを落ち着いて観察することができた。
まず背が低い。自分も背が高い方ではないのだが、それ以下である。だが自分より年下とも思えなかった。その童顔のくりんとした瞳には強すぎる意思が宿っており、さっきから聞いていれば鼻で笑いたくなるような妄言も、その瞳を通して聞けば、すべてが本気なのだと理解させられてしまう。子どもの理想論ではない、長い人生経験を経てその結論に至ったのだと。……だからと言って、彼女に賛同するつもりはないが。
そしてもうひとつ。彼女の顔の右半分。それが火傷痕で赤黒く爛れていた。焼死体など見慣れているサラですら、思わず目を背けたくなるほどに。むしろそこ以外は愛らしいだけに、より惨たらしく見えてしまうのか。
「ああ、この火傷痕は気にしないでください。昔に負った名誉の負傷というやつです」
サラの視線に気づいたのか、フランがこともなげに言ってくる。
そんな話をしている間に、東軍でも代表者が決まったようだ。
「……仕方がない。付き合ってやれ」
東軍の隊長が肩を叩いたのは新兵の少年だった。
「はっ!」
面倒ごとを押し付けられた形だが、新兵は健気に敬礼してフランの前に立った。
「お名前をお伺いしても?」
「リオンであります!」
「リオン君! 覚えました!
それではヴァンガードのルールを説明しましょう。今日は参加しない方も聞いておいた方がいいですよ。いずれこの国で絶対に流行るカードゲームですからね!」
そう言ってフランは足元に下ろしていたトランクケースを拾い上げ、さながらカジノのディーラーのようにそれを開いた。そこにはカードの束が一定の間隔を空けて収納されており、それを覗き込んだ瞬間、サラには強大な獣の低い唸り声が聞こえた気がした。
●~*
一通りのルール説明を終えた後、フランからサラとリオンにひとつずつデッキが手渡された。
「私はその人に合ったデッキを選ぶのが得意なんです。きっと気に入っていただけると思いますよ」
瓦礫を重ねて作り上げた即席のテーブルの上にデッキを置き、さらにライドデッキからファーストヴァンガードを裏向きにして置く。そして山札から5枚を手札に。極端に娯楽の少ないこの国にもトランプくらいはあるので(だいたい暇つぶしのギャンブルに使われる)、カードの扱いはふたりとも慣れているようだった。
ファイトの準備を終えたところで、サラは離れたところで寝かされている少年に視線を向けた。フランの手により清潔な包帯や薬で応急処置が施され、今は呼吸も落ち着き、呑気に眠っている。
「今回はおふたりともルールに不慣れだと思うので、G3のヴァンガードと守護者以外のスキルは使用不可とします。
そして、このファイトは戦争行為の代替です。よって、勝った陣営がこの一帯を領土とすることができます。よろしいですね?」
フランの確認に、首を縦に振る者はいなかった。東軍からすればそんな賭けに乗らずとも得られる領土であり、西軍のサラとしてもそこまで都合よくいくとは考えていない。だが誰もが混乱しているわけのわからないこの状況、うまく立ち回れば自分と少年の命くらいは助かるかも知れない。その交渉を有利に進めるには、まずこのファイトに勝つことだ。
「うーん……ま、とりあえずはじめちゃいましょう!
ボルクアの記念すべき初ファイトです! せーのぉ……」
「「スタンドアップ! ヴァンガード!」」
フランの号令の下、サラとリオンが同時にカードを開くと同時、ふたつの魂が惑星クレイの地へと降り立った。
舞台はブラントゲートの市街地。立ち並ぶビル群――を再現した模擬戦場。
「《幼竜 ガルグレックス》!」
卵から孵った幼い恐竜が、サラのヴァンガードとなり。
「《ブリッツチーフメカニック バートン》!」
小柄な竜のメカニックが、リオンのヴァンガードだ。
「僕の先攻ですね。よろしくお願いします!」
リオンは丁寧に一礼するとカードを引いた。西軍が相手であろうと、これまで叩き込まれた礼儀が抜けないのだろう。
(はあぁ……初々しい男の子ってかわいいなぁ。敵じゃなかったらなでなでしてあげたい……)
などとサラも邪なことを考えていた。その男の子に殺される寸前だったことなど忘却の彼方だ。
「どうしました? あなたのターンですよ」
G1にライドした、そのリオンに促され、ようやく我に返る。
「あっ! ご、ごめんね……スタンド&ドロー!
手札を1枚捨てて……ライド! 《鉄爪竜 ガルグレックス》!」
幼竜がひとつ成長し、その左腕に鉄爪を装着した若き恐竜となる。
「ガルグレックスでヴァンガードにアタック!」
「ノーガードです!」
「ドライブチェック……ゲット!
「ダメージチェック……1枚目は
「おおー! 初めてなのにしっかりルールを把握できていますね! 誰かの教え方がよかったのでしょうか」
「リオンの物覚えがよいからに決まっているだろう」
自画自賛するフランに、隊長から律儀に訂正が入った。意外と
「僕のターンです! スタンド&ドロー!
《ブリッツメガジェット レーヴェリオ》にライドします。
さらに《宝珠合体 ジュエリオン》と《ブリッツチェイサー ラウフェン》をコール。
レーヴォリオでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード」
「ドライブチェック! ……ノートリガーです!」
「ダメージチェック……
「けどまだアタックは通る! ラウフェンでブーストしたジュエリオンでアタック!」
「っ! 《急行竜 スティルディロフォ》でガードだよ!」
息詰まる攻防に、気が付けば東軍の兵士達も固唾を飲んでファイトを見守っており。
その様子を見て、フランは密かにほくそ笑んでいた。
「私のターン! スタンド&ドロー!
ライド! 《鉄腕竜 ガルグレックス》!」
若き竜がさらに成長すると、その左腕の鉄爪から炎が噴き出し、大地を焦がす。
「《強撃竜 スピノアサルター》と《爆砲竜 ブラキオフォース》をコール!
ガルグレックスでヴァンガードにアタック!」
「ノーガードです!」
「ドライブチェック……ノートリガー!」
「ダメージチェック……引トリガー! 1枚引いて、効果はすべてヴァンガードに!」
「ヴァンガードへのアタックはもう届かない……。なら! スピノアサルターでリアガードのジュエリオンにアタック!」
「くっ……ノーガード。ジュエリオンは退却します」
「私はこれでターンエンドだよ」
「僕のターン! スタンド&ドロー!
《ブリッツギガモビル アシュトルム》にライドします!」
一陣の機影が真っ直ぐな飛行機雲を描き蒼空を駆ける。
ターゲットを補足したそれは急制動をかけて飛来すると、傷一つ無い白亜の装甲を喧伝するかの如く敵に晒し、大仰な動作で銃を構えた。
ブリッツ社が送る最新鋭の人型機動兵器、アシュトルム。これよりデモンストレーションを遂行する。
「アシュトルムのスキル発動! 山札からアシュトルムを1枚手札に加え、アシュトルムのパワー+10000!
《ズィンガー・レイザー》、《調合才女 メイビー》、《スマァーク・ワンダー》をコール!
《ズィンガー・レイザー》でスピノアサルターにアタックします!」
「ノーガード! スピノアサルターは退却!」
「アシュトルムでヴァンガードにアタック! その時、アシュトルムのスキルも発動します!
EB4することで、ズィンガーをスタンド! アシュトルムとズィンガーのパワーを+5000します!」
「4回攻撃……!? ノーガード!」
「ツインドライブ!!
1枚目……ノートリガー!
2枚目……ゲット、
背負った4基のブースターユニットをさながら翼の如く広げ、白亜の機体が飛翔する。遥か上空で銃を構えたそれは、ターゲットめがけて熱線の雨を降らせた。
「ダメージチェック……ノートリガー」
残る2回のアタックに対してもサラはノーガードを宣言し、4点目のダメージを受けた。その4点目のダメージで引トリガーを引けたので、手札は6枚。
「ま、まだだよ! 私のターン! スタンド&ドロー!
ライド! 《鉄皇竜 ガルグレックス》!」
降り注ぐ熱線によって火の海と化した地上で、咆哮と共に膨れ上がった炎がすべてを吹き飛ばした。
本物の炎はこういうものだと言わんばかりの、紅蓮の炎。それを支配するのは、灼熱色の甲殻と、鋼鉄の装甲で武装した1匹の恐獣。
それは遥か上空の獲物を捉えると、地の底から響くような低い唸り声をあげた。
(ああ……やっぱり、さっき聞こえた声はキミのものだったんだね)
サラにはその巨躯がはっきりと見えていた。はじめて触れるゲームの、はじめて目にしたカードのはずなのに、太古の昔にそれと出逢っていたかのような、不思議な懐かしさすら感じられる。試しに手を伸ばしてみると、硬い鱗の感触が指に触れ、次の瞬間、彼女の魂はそれと同化していた。
(勝つよ、ガルグレックス! 私達が生き残るために!)
栗色の髪が赤熱したかのように、内側から真紅に染まっていく。もっともほとんどの者は盤面に集中しており、サラ本人を含めてその変化には気づいていなかった。ただひとり、フランだけがそれに気づいて「おや」と軽く目を見開いた。
「ガルグレックスのスキル発動! 手札を1枚捨てて、ドロップから2体のディノドラゴン……《猛進竜 エイニオンラッシュ》と《強撃竜 スピノアサルター》をスペリオルコール! さらに、手札から捨てたカードもディノドラゴンだったので《調合才女 メイビー》を退却させるよ!」
「う……なんて厄介な」
「エネルギージェネレーターのEB7で1枚ドロー!
《翼竜 パスアンプテラ》もコールして、バトルだよ!
ガルグレックスでヴァンガードにアタック! リアガードにディノドラゴンが3種類以上いるので、パワー+10000、ドライブ+1!」
「これは……ノーガードです!」
「トリプルドライブ!!!
1枚目、ノートリガー!
2枚目、ノートリガー!
3枚目、★トリガー! ★はガルグレックス! パワーはエイニオンラッシュに!」
恐獣が跳躍した。その巨体からすれば信じられないほどの跳躍力だったが、それでも遥か上空を飛行する獲物には届かない。だが、恐獣は立ち並ぶビル群、そのうちのひとつを蹴りつけると、そこからさらに飛び上がった。人の住処を躊躇なく足蹴にして加速した恐獣は獲物に肉薄すると、その眼前で身を翻す。丸太の如く太い尾が、鞭の如く鋭くしなり、獲物へと叩きつけられた。
白亜の機影が隕石となって地上へと墜落する。
「ダメージチェック……2枚ともトリガーはありません」
これでリオンのダメージは5点。
「もらったぁっ! バスアンプテラのブースト! スピノアサルターでヴァンガードにアタック!
前列のディノドラゴンはガルグレックスのスキルでパワー+5000されてるよ!」
「《ブリッツセールス クレイヴ》でガード!」
「フィリングレックスのブースト! エイニオンラッシュでヴァンガードにアタック!」
「《巨岩怪獣 ギルグランド》で完全ガード!」
「っ!? ……ターンエンドだよ」
これで勝てると思ったサラが小さく肩を落とす。
「いいぞ、リオン!」
「次で決めちまえ!」
野次が飛んだのは、東軍陣営からだ。それを東軍の隊長だけがありえないものを目撃してしまったかのように目を見開いて、彼らを見ていた。
「僕のターン! スタンド&ドロー!」
野次に背中を押されるようにして、リオンが勢いよくカードを引く。
「《ブリッツギガモビル アシュトルム》にペルソナライド!!」
最新鋭機の意地を見せ、追撃を逃れた白亜の機体が再び空へと舞い上がる。
「ペルソナライドで前列のパワー+10000! 1枚引かせていただきます!
アシュトルムのスキルにより、山札から手札にアシュトルムを加え、アシュトルムのパワー+10000!
G3《剛球竜 ダビード・ドラゴン》をコールして、バトルです!
ラウフェンのブースト! ダビード・ドラゴンでヴァンガードにアタック!」
「ノーガード!」
サラのダメージゾーンにも5枚目のカードが置かれた。トリガーは無し。
「アシュトルムでヴァンガードにアタック! スキルでダビード・ドラゴンをスタンドし、両者のパワーを+5000します!」
白亜の機体が手にした銃にエネルギーが充填されていき、フルパワーで放たれた銃撃が光の柱となって、恐獣の巨体を呑み込まんとする。
「《護衛忍竜 ハヤシカゼ》で完全ガードッ!」
だが恐獣はそれが直撃する瞬間、小柄な忍竜を鷲掴みにし、それを高く掲げた。
盾代わりにされた忍竜が慌てて結界を張り巡らすと同時、光が両者に降り注いだ。
「ツインドライブ!!
1枚目……ノートリガー!
2枚目……ゲット!
熱線の照射が止み、光が薄れていく。その渦中にいた恐獣は無傷だった。力を使い果たして気を失った忍竜を、用済みとばかり地面に投げ捨てる。
「《スマァーク・ワンダー》のブースト! 《ズィンガー・レイザー》でヴァンガードにアタックします!」
「《コンダクトスパーク・ドラゴン》でガード! スピノアサルターでインターセプト!」
「ダビード・ドラゴンでヴァンガードにアタック!」
「コンダクトスパーク! ブラキオフォース! スピノアサルターでガード! エイニオンラッシュでインターセプト!
よしっ! 耐えきった!」
「ああくそっ!」
ここまで礼儀正しくファイトを続けてきたリオンが、はじめて感情を露わにして、片手で頭を抱えた。
そしてその手を自らの左胸に当てると。
「でも、なんだろう、これ……。すごく楽しい」
と年相応の少年のように、顔をほころばせた。
「私もだよ、リオン君」
それにサラも答える。
「……気安く名前を呼ばないでいただけますか?」
「ええっ!? 友達になれたと思ったのにー」
「まったく。僕とあなたは敵同士なんですよ」
そんなやり取りも、もはや敵味方というよりは、不真面目な姉を窘める生真面目な弟のようにしか見えなかったが。
「あなたの手札は1枚。僕の手札は5枚で、ダメージも回復できました。勝つのは僕です」
「そんなのまだわかんないよ! 私はこのドローに賭ける! スタンド&ドロー!!」
威勢よくカードを引き。
「…………」
サラはわかりやすく眉をひそめた。
「どうやら、いいカードは引けなったようですね……」
「…………」
サラは左のこめかみを指で掻いた。そこには髪で隠れてはいるが深い銃創がある。フランの言葉を借りるなら初陣で負った名誉の負傷というやつだが、考え事をする際、そこに触れてしまうのが彼女のクセになっていた。
「……いや! この手札はむしろチャンスかも!
とりあえずペルソナライド! 《鉄皇竜 ガルグレックス》!」
恐獣の両腕に装備された鉄爪から炎が溢れ出し、とりあえずでそれを纏う。
「手札から《炸発竜 クラムステゴ》を捨て、スピノアサルターとエイニオンラッシュをスペリオルコール! 《ズィンガー・レイザー》を退却!
そしてこれが私の切り札……」
サラは残る1枚の手札に指をかける。
「ガルグレックスの後列に《白光竜 パラソラース》をコール!!」
続いて現れたのは、恐獣の巨体からすれば取るに足らない小さな幼竜だった。
「それは……15000ガードの治トリガー……? まさか勝負を捨てたのですか?」
「いーや! 私は勝つことしか……前に進むことしか考えてないよ!」
そう言って、サラは口の端を大きく上げて笑った。その拍子に肉食獣のような
「!?」
「バトルだよ!!
パラソラースのブースト! ガルグレックスでアシュトルムにアタック!
ガルグレックスのスキル発動!
ディノドラゴンが2種類以上いるので、パワー+10000!
さらに、3種類以上いるので、ドライブ+1!
そして、5種類以上いて、ペルソナライドしている場合……★+1!」
「★2!? このアタックだけは防がなきゃ……2枚の《ブリッツパイロット ヤクト》、《ブリッツドクター ゲイズン》でガード! 2枚貫通です!」
「トリプルドライブ!!!
1枚目、ノートリガー!
2枚目、★トリガー! 効果はすべてガルグレックスに!」
「貫通を狙ってきた!?」
恐獣が再びビルを蹴って獲物に迫る。だが、その動きは既に見切られている。最新鋭機のスペックであれば回避できるはずであった。だが、恐獣が空中で獲物と肉薄した瞬間、地上にいた幼竜が額から閃光を放った。それは殺傷力の無いただの光ではあったが、獲物のカメラを一瞬眩ませるには十分であり、その隙が致命となった。
「3枚目、治トリガー! ダメージ回復して、パワーはガルグレックスに! これでガード貫通だっ! いっけえええええええぇぇぇぇっ!!!」
恐獣は鋼鉄の爪で獲物を鷲掴みにすると、落下の勢いそのままに地面へと叩きつける。
「焼き尽くせえええええぇぇぇぇぇぇっ!!!」
サラの雄叫びに応え、獲物を高々と掲げると爪から火山の如く炎が噴き出し、白亜の装甲を赤熱させ爆散させた。
降り注ぐ破片と炎を全身に浴びながら、恐獣は天高く勝利の咆哮をあげた。
●*
「パラソラースの5000ブースト……たった5000ブーストで、僕はガルグレックスのアタックを3枚貫通にすることができなかった。……ヴァンガード、なんて奥深い」
うわごとのように呟きながら、リオンがカードをダメージゾーンに置いていく。
「すばらしい機転でした。僕の完敗ですね」
6枚目のカードをダメージゾーンに置いて、微笑を浮かべたリオンが
その瞬間、東軍からも歓声があがった。
「やるじゃないか、西軍の女ぁ!」
「リオンも頑張ったぞ!」
「ヴァンガードか……俺もやってみたいな……」
「すばらしい! 本当にすんばらしいファイトでしたぁ! ブラボー!」
それに紛れてフランも滂沱の如く涙を流しながら、万雷の拍手を送っていた。
「さて。では、この領土はファイトに勝った西軍のものということで……」
かと思えば急にマジメな顔つきになって話を進めようとする。
「お遊びはここまでだ」
そんな彼女に拳銃を向ける者がいた。東軍の隊長だ。
「この地を明け渡すわけにはいかない。ここは俺達が多大な犠牲を払って手に入れた場所だ」
「戦争が続けば、さらに犠牲は増えますよ。次はあちらの人かもしれない。こちらの人かもしれない。もしかしたら、リオン君かも知れない」
フランはその場にいる東軍の兵士全員を見渡し、最後にリオンへと目を向けた。
「過去の犠牲に報いたい気持ちはお察しします。けど、未来の犠牲を無くしたいとは思わないんですか」
「できるものか……」
「できます。さっきのファイトを見て、あなたは何も感じなかったんですか?」
「……っ、感じたさ! まるでガキのように今も胸が高鳴っていやがる。ああ! だからこそお前は危険だ。世界を変えてしまえる人間がいるとしたら、きっとお前のような大馬鹿者なのだろう。いい方にも、悪い方にも」
「これ以上ない誉め言葉ですね。ありがとうございます」
「お前をここで生かしておくのはリスクがありすぎる。だからお前はここで殺す。これは東軍としてではない。俺個人の意思だ」
「ちょっと待ってよ!」
両手を広げ、フランの前に庇い出たのはサラだ。その髪の色は、いつしか元の栗色へと戻っている。
「この人を殺すのだけはダメだよ! きっとこれが私達に……ううん、この国に与えられた最後のチャンスだよ!」
「サラちゃん……」
庇われているフランがサラを押し退けようとするが、彼女は頑として動かない。
「それにこの人を殺せば、他の国が干渉してくるかも知れないんでしょ!?」
「君と、そこで寝ている彼。そして彼女を殺せば、この場には味方しかいない。流れ弾にでも当たったことにして、どうにか誤魔化せるさ」
「待ってください!」
次に声をあげたのはリオンだった。
「進言します! 僕も彼女を殺すことには反対です! まだ上手く言葉にできないけれど……ヴァンガードには夢想も現実にしてしまえるような何かが感じられました!」
そう言って、彼もサラと並んでフランの前に立つ。
「リオン……お前まで……」
隊長はしばし呆然と新兵を見ていることしかできなかったが。
「……撤収する! やはりこの件は俺の手に余るようだ」
やがて銃をホルスターにしまい、命令を下した。
「だが、フランと言ったな。お前がペテン師だと分かった時には、お前をこの手で八つ裂きにしてやる」
「はい。私があなたの期待を違えた時には、遠慮なく好きなようにしてください」
「その言葉、忘れるなよ。
……何をしている、お前達! 引き揚げだ!」
命令を受けた兵士達の動きは、やはり緩慢だった。隊長と同様に、この戦いの犠牲を思ったのだろう。それでも最終的に全員が従ったのは、大なり小なりヴァンガードに感銘を受けていたか、彼に人望があったからか。
唯一、フランに味方したリオンだけが取り残されそうになっていたが。
「リオン! 何をしている! 置いていくぞ」
と促され、慌ててその後を追った。去り際に、フランとサラに一礼して。
「……勝った、の?」
東軍の気配が消えたところで、サラはその場にへたり込んだ。気付けば、明け方の奇襲から始まった怒涛の一日が暮れようとしている。
「いいえ。誰かがどこかに勝った……それ以上の奇跡が、今日この場で起こりましたよ」
そんなサラにフランが微笑みかけた。
「彼らの心を動かしたのは、ヴァンガードの力だけではありません。サラちゃんの力があったからです。今日で私は確信しました。あなたがいれば、ヴァンガードで戦争を終わらせることは不可能でないと」
沈みゆく夕日を背に、フランが手を差し出してくる。
「その日まで、どうかこの国で先導者になってはくれませんか?」
それは天使のような、悪魔の契約だった。
あの隊長の言うことも理解できるのだ。この女性は在るだけで世界を変えてしまう。彼女がどれだけ平和を望んでも、大いなる人の流れは欲望のままに彼女の意思を捻じ曲げるであろうから、であるから、その、えーと……。
「……あーもー! 小難しいことは、私にはわかんないや」
ぐしゃぐしゃと爪で栗色の髪をかき乱す。
「私はもっとヴァンガードがしたい。それだけ! だから私はあなたを応援するよ」
サラはニッと歯を見せて笑い、フランの手を力強く掴み取った。
燃えるような空が、ふたりを照らし出していた。
たちかぜのたちかぜによるたちかぜのための物語。
小説「戦場のヴァンガード」第1話をお届けさせていただきました。
恐竜。
古今東西ありとあらゆるメディアで主役として抜擢される人気者でありながら、ヴァンガードにおいては何故か影が薄い。
その原因はというと、アニメにおいてメインキャラに使われることがまったく無いことが起因していると思います。
魅せ方が悪いというよりは、もはや魅せる気すらないとすら思えます。
たちかぜの恐竜さんを主人公にしたい。
そんな想いから生まれたのが、この作品となります。
感想などいただければ幸いです。
そして、私の過去作品を見てくださっていた読者様は「おや?」と思われたかも知れません。
この作品には過去作「ヴァンガード・ゴシック」の主人公『淵導フラン』が登場しています。
私個人としては、一度完結した作品を再利用したりするのは好きではないのですが、戦争をヴァンガードで終わらせるなどという突飛すぎるおせっかいを実行してしまうキャラクターなんて、どう書こうとしてもフランに行きついてしまい、それならもうフランを使った方が自然だという流れで起用を決定しました。
ですが、ゴシックを読んでいなければ楽しめない作品にはしません。ゴシックを読んでいる人だけがニヤリとできる描写も一切入れないつもりです。
「戦場のヴァンガード」から読み始めた人が100%楽しめる作品にすることは約束します。
……とはいえ、この作品でフランに興味をもって「ヴァンガード・ゴシック」を読んでくださったら泣いて喜びます。
古い作品ですので、今見ると拙い箇所も多々あるのですが、それでも当時の自分のもてるすべてを捧げた自信作です。
また、これはゴシック読者に向けたメッセージですが、この作品は「ヴァンガード・ゴシック」と地続きの物語ではありません。
ゴシックと似たようなキャラクターがいる、まったく別の世界線くらいに思っていただければ。
「完結した作品の、登場人物の未来は読者に委ねられるべき」というのが、私のスタンスです。
第2話は8月1日の0時に投稿予定です。
その時に、またお会いできれば幸いです。